第11話 ギルド長と仕立て屋と
「で、次はこっちだ。この傷の深さなら……このぐらいか?」
傷口に傷薬を振りかけるグウェイン。その量は加減されていて、傷薬の扱いに手慣れているのが窺えた。
傷がしっかりと塞がるのを見届けて、拳を何度か握ったり開いたりしてから、グウェインは満足そうに頷く。
「確かに……効果は婆さんの薬と変わらねえ。婆さんは――弟子可愛さに自分が作ったものを「弟子が作った」なんて言って売り込むようなタマでもねえ。こういうことでつまんねえ嘘吐くのも許さねえ性質だろうからな。薬によって得手不得手とかはねえんだろ?」
「そうですね。その辺は問題ないです」
「良いだろう。今後も婆さんの薬と同じ価格で引き取って、同じように扱わせてもらう。それで良いな? ギルド長としても品質は保障してやる」
「ありがとうございます」
グウェインの返答にクレアはお辞儀をする。
「……それにしても、随分薬の扱いに慣れてるんですね」
「この薬には、俺が現役の冒険者だった頃大分世話になったからな。金がねえ時分は仲間達とできるだけ節約して使ってたんだよ」
「ああ、それで――」
傷の具合で使用する傷薬の適切な量が分かるというのはそういう理由かと、クレアは納得していた。
一方でグウェインはと言えば感心していた。交渉として望んでいる以上は、効果が劣っていると感じれば子供であろうとロナの弟子であろうと、容赦なく指摘するつもりでいた。
そもそも冒険者達も仕事中にこの薬に命を預けるのだ。そこに余計な気遣いなど差し挟む余地はない。
だからこそ自分を被検体にし、過去の経験と矜持に基づいての試験だ。結果は……薬の品質はロナのものと比べて遜色ないものであった。
グウェインの雑な口調や態度とは裏腹に、判定は自分にできる中で最も厳密な方法だったと自負している。
試験を済ませていない他の薬については緊急性のないところで試供品を試してから問題がなければ冒険者達に販売していけばいい。在庫はまだあるのだから。
「で、どうだった――とは聞くまでもなさそうだね」
クレアとグウェイン、職員が戻ってきたの見てロナが尋ねると少女人形がサムズアップで返し、グウェインは予想よりも気安い様子の師弟に少し驚いていたようであった。
「まあなんだ。真面目な優等生かと思ってたが、最初の印象より随分面白そうな弟子じゃねえか」
「魔法の使い方やその発想が面白いというか、お陰で退屈はしてないよ」
ともあれ、薬やその他冒険者ギルドで必要としている素材等の代金も普段通りの相場で受け取った。これで今回の冒険者ギルド訪問の用件は済んだと言える。
「今後は私一人で領都に来ることが増えると思いますので、その時はよろしくお願いしますね」
「分かった。……そういう判断で大丈夫ってことは心配いらねえってことか?」
一人でと聞いてグウェインはロナに視線を向ける。
「自衛能力や判断力はあるから、これも修行ってことさね。念のための策も講じてある」
「なら口出しすることでもねえな」
クレアの判断力は大人のそれと変わりない。常識に疎い部分はあっても詐欺や誘拐といった犯罪には対応できるだろうとロナは見積もっているのだ。
「さて。じゃ馴染みの店を巡りながら軽く街の案内でもしていくかね」
「では失礼しますね」
「おう。また遊びに来い」
クレアとロナは連れ立ってギルドを出る。
冒険者ギルドでは扱っていない素材を売却し、食料品や衣類等、大樹海で手に入らない品を購入する。普段からロナと付き合いのある商人にクレアを紹介し、顔を繋いでおくという意味もあるが、これらは修行というよりは挨拶の意味合いが強かった。
街のどこに何があり、どこに近付くべきではないか。ロナはかいつまんで大体のところを話しながら街を行く。
「治安が良いと言ってもそれはトーランド辺境伯の武力があるからですかね」
「場所が場所だけにその手の輩も集まるのさ。トーランドの武名に大人しくしてるだけさ」
大樹海を目的とする者が集まる街でもあるのだ。その性質上荒くれ者も多く、そうした者達は同類とつるむ傾向があった。
品の良くない酒場や娼館。そういった夜の店が集まっているような区画だ。逆に言えば、そういう場所を避けていれば一先ずは問題ない。
日常に必要なものは大通り沿いの店を見て回れば大体揃う。
ロナが扱う素材はその限りではないものが多いから、街の解説や日用品の購入をしながらも要所要所で裏通りにある店を巡っていった。
「終わったら大通りの宿に行くよ。あの通り沿いならあんたが買いたいものも大体揃うだろ」
「おお……。自由行動の時間ですね」
単独行動を許すのはクレアを子供扱いする必要がないからだ。街で単独行動する予行演習でもあるだろう。
「――夕食までには戻るんだね。その分の代金ももう払ってる」
「では……そうですね。日が暮れるまでには戻ってきますね。何だか遊びに行ってくるみたいですが」
「一応修行だがこんなのは遊びさね。たまには子供らしく好きに羽を伸ばしてきな」
諸々の街での用事を終えて宿の一室を借り、そこからはクレアの自由時間だ。
「ふふ。それじゃあ、ちょっと遊びに行ってきますね」
「はいよ。あたしはあたしで別行動だ。買いにいくものがあるんでね」
少女人形と共に手を振ってからクレアは宿を出発する。
「さてさて――どこから行きましょうか」
人形作りとなると仕立て屋に……雑貨店。書店もあって、それにも興味があった。
「んー。一応歩いている間に色々と見ておきましたが……ふむ」
少女人形が顎に手をやって思案を巡らす。街並みや目を付けた店の場所ははっきりと記憶している。健康であったり記憶力が良かったりして何かと助かるなあなどと考えながらも、脳裏で宿を中心に地図を描いてから、通りを歩き出した。
まず仕立て屋に顔を出し、衣服ではなく端切れでもいいので生地が買えないかを女店主に尋ねる。
「大丈夫よ。お使いかしら? ほつれたとこに合わせるなら元の服の色と素材に合わせれば目立たないんだけど、そのへんは分かる?」
「ああいえ。ほつれを繕うわけではなく、この通り――操り人形の服を作りたいんです。生地を色々と見せてもらえますか?」
「へえ。それはまた面白そうね」
「ええ。面白いですよ。折角ですので、色々な端切れを見せてもらってもいいでしょうか?」
「それじゃ、奥から持ってくるわね。針と糸は必要?」
「どっちも消耗品ですからここで買えると嬉しいですね。綿も欲しいです」
「糸と針に、綿ね」
店の奥に消えた店主が少ししてから戻ってくる。サンプルということで端切れを色々と重ね合わせて色合いを見ているクレアに「どんな服を作るつもりなのかしら?」と、微笑ましそうに店主が尋ねた。
「そうですねえ。この生地をこれと合わせて……こんな形の衣服を作ろうかと。袖や裾のところには刺繍や立体的な装飾を入れたいので――」
クレアとしては姿形がどうであれ、ビスクドールに近い形式のものが作りたい。前世でも配信やストリートライブでウケが良かった内容の一つはファンタジー要素のある人形を踊らせるというもので、それまで人形繰りに興味がなかった層にも訴求力があった。
その記憶はクレア自身も気に入っているものだ。
色々とファンタジー要素のある衣装をハンドメイドしていたので、端切れで人形の衣服を作った経験は豊富だ。その中でフリルやレース編みやら刺繍やらにも手を出している。
一方で店主はと言えば、クレアから出てくる意外にも細かい知識に「おや?」という表情になった。子供のお遊びかと思っていたら、服飾の知識が多く色彩センスも良い。しかもたまに知らない技法の名が飛び出してくる。
「……あなた、お針子か何かの仕事や手伝いでもしているの?」
「いえ。完全に趣味です」
そう言って人形が手を横にパタパタと振る。そんな少女人形の動きに、仕立て屋は微笑ましそうに表情を綻ばせる。
「趣味……そうね。人形の服が完成したら見せてもらっても良いかしら?」
「分かりました。今度領都に来る時に持ってきますね」
「ええ。楽しみにしているわ」
少女が作る人形の服の出来がどうであれ、知識が豊富ならもしかしたら新しい服のヒントを貰えるかも知れない。必要なら少女に許可を貰えば新しい商品が……と、店主は先々の事に想像を巡らせつつ、生地ではなく服も見せ、クレアと服飾やその技法についての話で盛り上がるのであった。
仕立て屋の店主とは中々楽しい話ができた、と満足感を覚えながらもクレアは店を出る。
雑貨店で人形のアクセサリーに使えそうな品を探したり、その他人形作りに必要になりそうな素材を見て、実際に集めて回っていく。
人形作りのハンドメイドに興味を持っていた前世では、衣服や小道具だけではなく人形本体――特に顔の部分を好きに作れないかと色々と調べたこともあった。
例えばビスクドールならば粘土からの素焼きで作られているし、釉薬を塗って焼成すれば白磁を代表とするような陶器にもできる。だから、陶芸教室にも足を延ばしたりした。
しかし、糸で吊るタイプの操り人形ということを考えると、あまり重量がある素材だと肝心の人形繰りに支障が出るし、脆い素材では破損の可能性だって出てきてしまう。
それらを使う部分が顔や手だけにしてもバランスは考えなければならないし、他の素材の質感がどれほど気に入っても軽量化や耐久性も考慮する必要があった。人形本体だけでなく、仕込むギミックにしても人形に着せる衣服にしてもそうだ。
「だけど、今は違うんですよねえ」
帽子で隠した顔はいつもと変わらないが、内心上機嫌なクレアである。例え金属であろうと、今の魔法糸なら気にせずに操ることができる。木や土塊など、そもそも人形でないものすら操ることができるのだから。粘土作りや立体物の形成も糸で直接操れる以上は手間ではない。
それを考えるとどんなギミックも仕込み放題だ。人形自体の構造や造形、服装自体にいくらでも凝ることができる。ロナから錬金術も習っているため、アイデアも色々温めていた。
だからクレアは普通人形には使わないような材料――金属等も含めて色々素材になるものを買って回るのであった。
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