第10話 交渉開始

 ロナが目的の建物の前で立ち止まる。クレアも僅かに遅れて立ち止まり、顔が周囲から見えないように鍔の端を指でつまみながらも少女人形と共に目的の建物を見上げた。


「ここがそうなんですか?」

「ああ。冒険者達のギルドさね」

「おー……実物を見るのは初めてです」


 ――冒険者。食い詰め者達の雇用先。何でも屋等と揶揄されることもあるが、その立場は公的に認められたものだ。

 正規の騎士や兵士達は訓練や治安の維持等、魔物退治以外にもやることがあって、細かな事例に対応し切れない。そのため散発的な魔物への対応は彼らが行う。

 調査及び討伐。数の多い魔物の普段からの間引き。そういった事例には冒険者達が依頼を受けて対応するのだ。


 魔物を倒して得られる素材を扱う場所も必要だ。だから魔物退治に従事する者達や、その素材を管理する組織も求められた。そこで作られたのが冒険者ギルドである。

 その内薬草採取や輸送の護衛等々、様々な雑事も頼めないかという声が民から上がり始め、大抵のことは依頼料を支払えばギルドが仲介して引き受ける、現在のような形となった――と、ロナからは習っている。


「あんたは割と冒険者や冒険者ギルドが好きみたいだねえ。会った事なんか無かったんだろ?」

「そうですね。物語の中ぐらいでしか触れられない人達でした。だからですかね」

「そういうもんかね」

「そういうもんです」


 誰かに聞かれても問題ないようにぼかした会話を交わしながらも、ロナに促されてクレアは建物の中へと向かう。

 クレアは視線を巡らすと、当たり前のように空いているカウンターへ向かった。


「すみません。少しよろしいでしょうか」


 カウンターの向こうにかけられたクレアの声は――実は腹話術ではあるが子供のものだ。場違いなその声に、近くにいた者の視線が集まった。


「あら……。何かしらお嬢ちゃん。ギルドに何か御用?」


 書類仕事をしていた女性がクレアに尋ねる。


 ギルドには時折に子供がやってくることがある。

 大人の使いで来たのであれば特に問題はない。たまに子供自身が依頼主ということもあるが。


 子供が冒険者になりたいと希望してギルドにやってくるのは……珍しい話ではない。

 冒険者ギルドは社会福祉的な側面もあるので、食い詰めて盗みに手を染めたりするよりは冒険者として登録し、子供にでもできる仕事を割り振った方が結果として治安も良くなるからだ。


 但し、冒険者として登録できるのはある程度成長した子供の話だ。あまりに小さな子供では、仕事を任せるのも難しいので、そういう場合には基本的には冒険者としては登録しないという決まりになっていた。

 しかし例え冒険者登録を断るのだとしても、事情を聞いた上で必要であれば孤児院に連れて行くといった対応をするのもギルドの仕事の一つだ。子供がギルドにやってきたからと、邪険に追い払うような事はしない。


 では、ギルド職員の目の前にいる少女が、登録してきたいと言ってきた場合はどうか?


 背丈はそれほど大きくはない。鍔の広い帽子を被っているから顔は分からないが、声を掛けて来た時の印象では言葉遣い等はしっかりとしているという印象だ。腕に大事そうに人形を抱えているのが目に着く。


 要するに性別以外不詳。総じて、詳しく話を聞いて見なければ判断できない。そもそもまだ用件を聞いていないのだが。


「魔女ロナの弟子で、見習い魔女のクレアと申します。いつもこちらで師の薬を取り扱ってもらっているとのことで、私自身の挨拶を兼ねて直接薬を運んで参りました」


 そう言って、クレアと人形が揃ってお辞儀をした。


「え――。あっ。大樹海の魔女様……!」


 予想外の言葉に、職員は一瞬思考が止まったように見えた。少女の格好は、確かに黒き魔女のそれに近い。さながら、人形が生きているかのように動いていることも、魔女の術だからと言われれば納得だ。

 職員は視線を巡らせ、戸口の近くで静かに立っている黒き魔女本人――ロナの姿を目にする。魔女は少し鍔を上げて顔を見せ、問題ないというように頷いてみせた。


「わ、分かりました。薬の納品と代金の受け取りですね?」

「はい。ありがとうございます。取り引きの前に、お伝えしておかなければならないことがあります。本日持ってきたものは師が作ったものではなく私が作ったものなのです。但し、品質は同じと師より認めて頂いておりますので、普段通りの値段で取り扱って頂きたいのです」


 人形と共に自分の胸のあたりに手をやって言う。


「それは――私の一存では判断できかねますので、奥でお話を伺えますか?」


 職員は少し落ち着きを取り戻したのか、クレアの言葉を咀嚼するとそう返答をする。


「勿論です」

「魔女様も、どうぞ奥へ」

「弟子には納品の過程も含めて修行の一環と伝えてある。あたしはこのままここで待たせてもらうよ」

「……なるほど。ではクレア様。こちらへ」




 ギルドの奥にある部屋に通されたクレアであったが、不安で落ち着かない気持ちを抱えつつ少し待っているとノックの音と共に先程の職員と、もう一人……男が入ってくる。


 歳の頃は40そこそこ。無精髭を生やした赤毛の男だ。


「ギルド長のグウェインだ」

「クレアです。よろしくお願いしますね」


 クレアは人形に帽子を取らせ、揃ってお辞儀をする。職員はクレアの容姿や年齢に驚いたようだったが、グウェインは興味深そうにクレアを観察していた。

 冒険者ギルドの長については「顔を見せる最低限」の中に入っている。今後も接点があるからだ。ロナの評では「まあ、それなりに信用ができるかね」というものだったというのもあるが。


「おー、ロナ婆さんの弟子か。その内訪ねてくるとは聞いてたが、こんなに小さい子とはな」

「小さいのにしっかりしていらっしゃいますね。驚きました」

「まーな。俺としちゃ、ロナ婆さんが弟子を取ったってこと自体驚きだが」

「そうなんですか?」

「ガキの頃から婆さんのことは知ってるが、そういうのは聞いたことがねえな。俺は歳をとったが、あの婆さんその頃から見た目も暮らしも何も変わっちゃいねえ。だからまあ、その弟子だっていうお前さんと会うのは楽しみにしてたぜ」


 グウェインがにやっとした笑みを見せた。


「なるほど……。よろしくお願いします、グウェインさん」

「ああ。ま、昔話はいつでもできる。まずは持ってきた薬を見せてもらおうか」

「分かりました。では」


 クレアは鞄をテーブルの上に置くと、そこから次々と木箱を取り出して床に置いていく。鞄の体積より明らかに木箱一つ一つの方が大きい。


「何度見ても面白えな、その鞄。この鞄があれば色々便利なんだろうが」

「鞄ではなくかけられている術によるものですし、その術も永続的なものではないですからね」

「らしいな。婆さんにその鞄は複数用意できないのか聞いたら、術が解けたらただの鞄に戻るだけだから意味がないって言われたぜ」


 グウェインの言葉にクレアも頷く。その術というのが少し癖のあるもので、呪いを二つ応用したものなのだ。

 物語の魔女が呪いをかけて約束を破った者をヒキガエルにするように「鞄に収められる」という条件を満たしたものを小さくし、重さも軽くしてしまう。だから外からは容量や重さが普通とは違うように見えるのだ。


 ただ、ロナもクレアも説明を省いているが、しっかり設計することで、魔力さえ供給できるならば、半永久的に維持することは不可能な話ではない。量産というのは求められる素材やコスト等の面から現実的な話ではないだろうが、高級品としてなら需要は間違いなくあるだろう。


 しかしもし紛失した場合や盗難に遭った時に、構造を解析されて術を再現されると悪用される恐れがある。要するに自前で術を使い、必要な分だけその維持をすることができるロナならば、わざわざ他人が扱えるようにすることにメリットはないし、絡繰りを明かす必要もない、というだけの話だ。

 クレアも教えられているが、こういった薄暗いことにも使える魔法については他人に話さないように言われているので、勿論口にはしなかった。


 鞄について少し話をしながらも、クレアは傷薬、鎮痛剤、解熱剤、解毒薬等々……木箱の中から様々な薬が入った小瓶を机の上に並べていく。


「さて……お前さんが作った薬は、婆さんが作ったものと遜色ないって話だが」

「ですね。試供品も用意してきましたから、効果を確かめて頂いて構いません。効果に問題なければ普段通りの金額で取り引きをお願いしたいと思っています」

「いいだろう。だが、効果が劣ると思ったなら、それ相応の値段って評価をさせてもらうが、それは構わないな?」

「はい。正しい評価してもらえるのなら納得できます」


 グウェインの目を真っ直ぐに見て、迷わずに答えるクレアである。交渉ということで、舞台に立って演技するような気持ちで臨んでいたりする。


「くっく。自信がありそうだな。正しいなら納得ってのはこっちの矜持も試されてるってわけかね? 子供なのは見た目だけってことはないよな?」


 クレアの返答に、肩を竦めつつも寧ろ楽しそうに笑うグウェインである。正しい評価というのは、薬の効能にかかる言葉でもあるし、グウェインの行動、誠実さ、鑑定眼にかかる言葉でもある。クレアとしては同じ効果という部分に偽りはないという自負があるので、相手の対応が誠実ではないと思うのなら取引自体しないという宣言でもあった。

 無論、ロナの薬に比べて劣るというのが事実であるならば、それを受け入れるという表の意味もあるが。


「いやまあ……薬作りに関しては結構厳しく指導されましたので。あと、見た目通りの年齢ですよ」


 クレアはグウェインの言葉に答える。実際のところは腹話術ではあるが、苦笑しているようなニュアンスがそこには感じられた。


「それじゃ、試させてもらうか」


 薬の種類は瓶の形状で見分けられるようになっている。鎮痛剤と傷薬を手に取ると、グウェインはおもむろに腰に佩いていたナイフを取り出し、自分の手の甲に躊躇わずに一文字に切り傷をつけた。


 それから傷はそのままに鎮痛剤の入った小瓶の中身を呷る。


「おー。やっぱりすげえな、魔女の薬。魔法の薬なのは知っちゃいたが、飲んだ時点で効果が出やがる。ちっとも痛くねえのにそこに異常があるって危機感や焦燥感だけは残るんだからな。便利なもんだぜ」

「うわぁ……」


 手をそれなりに深く切りながらも、楽しそうに薬の効果を検分しているグウェインの様子に、少し引いたような様子を見せるクレアの人形とギルド職員であった。

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