第12話 追跡者達

 人形用の素材として思い浮かぶものは購入したので、次は書店だ。

 本はこの世界だと良い値段らしい。薬を売った金は自由に使っていいとは言われていたが相場が分からないし、目的があって書店に行きたかったわけではないので最後に回している。


 先程ロナと街を見て回った中で裏通りに趣のある書店があった。そこで技術書を物色して購入し、次はどこに行こうかと街を歩いていたクレアの足が、ふと止まる。


「んん……」


 尾行されている。大樹海で使っている感知魔法は、街中では意味のないものだから展開する種類を変えている。自身に害意や悪意が向けられると、偽装や隠蔽をされていない限り無意識に発してしまっている魔力に乗ってそれが届く。その魔力を感じ取る、というわけだ。本来は呪いを感知して防ぐための魔法で、その副産物でもある。


 意識して魔力を制御する技量があれば、相手に伝わらないようにできる程度の微弱なものだ。しかし魔法の心得や知識がない相手ならば、悪意を持ったことを感じ取ることができると、そんな風にロナには習っていた。


 与しやすい相手なのか、それとも故意に感知させたか。悪意、害意が感じとれないから安全ということも意味しない。これを過信して行動したり判断するのは危険だともロナから言い含められている。ただ――。


(……一応、誰が追っているのか確かめておく必要はありますか。今後の安全や指針のためにも)


 クレアは再び何気ない様子で歩き出す。同時に、少し後ろで止まっていた気配も動き出した。間違いない。


 魔力の導線は4つ。少なくとも4人が感知に引っかかっているという事だ。クレアは探知魔法も放って周囲の地形や状況を把握すると、何気なく人気のない方向へ移動していく。同時に、こちらからも魔力を放ってその際の魔力の動きを観察し、男達の魔力への無理解が偽装なのかそうでないのかを冷静に分析していた。

 そして袋小路の路地に入り込んだところで、立ち止まる。クレアが腕を振るうと、その指先から小さな煌めきが四方八方に走り、糸と共にその姿が掻き消える。


「……おい。いねえぞ」

「行き止まりだぞ……? あのガキどこに行きやがった? 確かにここを曲がったよな?」


 そんな声が背後から聞こえてくる。姿を消したクレアが振り返って声の主達を確認する。


(……なんだ。さっきの人達ですか)


 後をつけてきていたのは、先程領都に入る時に門番達に文句を言っていた男達だ。先程見た時より1人多い。先に領都に入ったという仲間なのではないだろうか。大通りを歩き回っていた自分を見かけて追いかけてきたのだろう。


 それはそうだ、ともクレアは思う。街で自分を探すような動機がある人間は、まだ僅かなはずだ。とりあえず複雑な事情で追ってきたのではないというのは安心できる話だった。

 しかし門の一件で、うろついている自分を見かけたからとわざわざ追いかけてきたという事なのだろうか。


 彼らの目的は意趣返しか、本当に門番が偽っていなかったか確かめるためか。

 つまりは年齢を確かめ、それで子供ではなかったのなら門番達に文句をつけに行くのだろう。

 門番達は偽りを口にする者はいないとまで男達の前で宣言している。違えば騒いで大事にできるし、嘘がなくてもクレアに対して直接自分達の要求や文句は伝えられるから溜飲は下がるということだ。小柄だから男達がクレアを舐めているというのもある。


 だがクレアとしては別に彼らに用はない。裏がなさそうというのも理解した。だから……いつまでも拘られて今後も身の回りをうろつかれたら面倒だなと思うぐらいで。


 どうしたものかと気付かずに路地を進んで、近くまできた彼らを観察していると、そこにもう一人――誰かが路地に顔を出す。

 クレアの知らない少女だった。少女といってもクレアより年上だろう。歳の頃は14、5ぐらいだろうか。ウェーブした長いブルネットを途中から緩い縦ロールに巻いている。


 その少女は路地裏の状況を観察すると、最初に困惑――それから怒りを露わにした表情で指を突きつけて言った。


「あなた達、何をしていますの! 寄って集って、その子に何をしようとしているのです!?」

「ああ……?」


 男達がその声に振り返り、怪訝そうに眉根を寄せた。


(――あれ?)


 不可解に感じたのはクレアもだった。少女には姿を消しているはずのクレアが見えている。しっかりと術を発動しているのにと、思わず確認をしてしまうクレアである。


「子供を捕まえてお婆さんもどうこうだとか、そんな話が聞こえたような気がしたから、確認しに来ましたのよ! そんな小さな子に寄って集って何をするつもりなんですの!?」

(うん。やっぱり見えてますね……)


 男達の行為を糾弾する少女と、状況を把握しようとするクレア。一方で、男達は心当たりがあるのか眉を顰めて小さく舌打ちをするも、少女とは違ってクレアが見えていないためにまだ少し困惑しているのが窺えた。


「何を言ってるんだかわからねえな。どこにそんなガキがいるってんだ?」

「あなたこそ何を言っていますの? そこに――」

「いますよ」


 クレアが男達から少し距離をとりつつ隠蔽結界を解いて姿を見せる。結界を解く瞬間に、心の中でスイッチを切り替える。即ち普段の状態から、戦闘用のそれに。


「何……?」

「ど、どこから出てきやがった?」

「何も見なかったことにして立ち去っても良かったんですが……。助けに来てくれた人が巻き込まれそうというのは、ちょっと看過できないので」


 そう言って、男達と向き合うクレア。


「師の教えもあります。あなた方に顔を見せることはできませんし頭を下げることもできません。何も無かったことにして立ち去ってもらえませんか?」

「ガキが……ふざけやがって」

「ガキなら黙って大人しく言うことを聞いてりゃいいんだよ!」

「危ないですわ!」


 1人が激昂してクレアに掴みかかろうとして少女が声を上げる。


「がぁっ!?」


 悲鳴が上がった。但し、男の口から。


 既に建物の間に張るように展開してあった魔法糸に小さな石を番え、スリングのように放ったのだ。ぎりぎり大きな怪我をさせない程度に抑えた威力ではあるが、死角から小石を手の甲に撃ち込まれた男は、予想もしていなかった痛みに悶える。

 足を止めて悶える男にクレアの周囲に蜘蛛の巣のように張り巡らされた極細の糸が服の隙間から侵入し、足首に絡む。そして――。


「ぎっ!?」


 テーザーガンの要領で非致死性の電撃を叩き込めば、バランスを崩して男が転倒し、その身体が反って悲鳴が上がる。クレアの固有魔法は他の魔法の起点とすることが可能だ。運用効率が良く強度も高いために、組み合わさることで威力も高まる。


「こ、こいつ! 何をしやがった……!」


 焦ったような表情で男達が腰に吊るした武器に手を掛けるも、そこに少女が飛び込んでくる。


「おやめなさい!」

「うおおっ!?」


 手首を掴まれて足を引っかけられた男の身体が一回転して、路地の石畳に肩から落とされる。何かの護身術――その光景を視界の端に捕えつつ、クレアの糸が残りの男達も捉える。

 通常のテーザーと違うのは、糸を絡めることで任意の部位にショックを与える事ができることだ。四肢の筋肉を麻痺させ、これによって確実に相手の行動を阻害する。


「うぐああ!?」


 電撃を持続的に浴びせられた男達が石畳の上で悶絶する。その間に男達の取り落とした武器を離れた場所に放り投げる。驚きの表情を浮かべて電撃を浴びている男達を見ている少女の前に割って入るように立って距離を取らせると、クレアは一度電撃を解いて言った。


「大人しくしてもらえませんか?」

「こ、この……うぐあああっ!」


 悪態を吐こうとした男に再び電撃が走る。一度電撃を解き、動こうとするたびに二度、三度と電撃を叩き込んで地面に転がす。電撃を流すたびに時間が長く、少しずつ強烈になっていくように調整していた。これもロナの教えだ。辺境伯領は力の論理で動いている部分があるのだから、正当性があるのなら舐められないようにしなければならないと。


 要するに「言いがかりは叩き潰しちまいな」というものである。


「分かった! 分かったからやめてくれ!」


 1人が堪らずに叫ぶと、クレアが指を鳴らし、不意に電撃が掻き消える。見えないように調整された細い糸は絡んだままだ。寝転がったまま男達が荒い息を吐いていると、クレアが腹話術で言った。


「次を最後の警告にしますね。これを聞き入れないなら、行動できない程度に怪我をさせて兵士達に突き出すつもりですから、よく考えて行動して下さい。良いですか?」

「あ、ああ」

「何も無かったことにしませんかというのは、親切心からです。次に因縁をつけてくるようなら、この程度では済まさないと思って下さい。一々怪我をさせない程度に対応するのは手間なので」

「……わ、分かった」

「お、俺達が悪かったよ」


 クレアは男達の言葉に頷き、少女の手を引いて路地を出る。そこでようやく魔法糸や隠蔽結界が消えて、大通りの喧騒が戻ってきた。クレアの切り替えた心理状態も平常モードだが、それと同時に握っていた手を遠慮がちにそっと放す。

 その変化に縦ロールの少女は驚きながらも、路地の方を少し振り返って地面に座り込んで放心している男達を一瞥してから口を開く。


「怪我がなくて良かったですわ。私が助けに入る必要はあまり無かった気もしますが」

「……いえ、嬉しかった、ですよ。ありがとうございます、お姉さん」


 クレアが人形と共に一礼して礼を言うと、少女は目を瞬かせた後で少しはにかんだように笑って頷くのであった。

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