第13話 セレーナの瞳

「クレアと言います」

「セレーナと申しますわ」


 二人は先程の路地から離れるように歩きながら自己紹介をし合う。兵士達も巡回している大通りまで戻って来れば、仮に先程の男達が追ってきたとしても問題はない。といっても先ほどの電撃で格上の魔法使いだと悟ったらしく、その気配はなかったが。


「それにしても――領都の魔法使いはハイレベルですわね。貴女程沢山の魔法を同時に纏っている方、私初めて見ましたわ。操り人形の動かし方も、とても見事です」

「えっと。あり、がとうございます。修行中でもありますので、人形繰りについてはそういうものだと思って頂ければ」


 人形繰りの感想に感謝の言葉を述べつつ――クレアにとってはああやはりという納得があった。

 クレアは男達が路地に入ってきた時点で隠蔽結界を展開していたのだ。だというのにセレーナは迷うことなくクレアの姿を見ていた。

 魔法やその知識があまりないのかも知れない。だからこそ、当たり前のように「魔法を纏っている」などと言葉にしてしまう。


 そういう通常とは違う――切り札にもなり得るものを何でもない場面で明かしてしまうというのは、魔法使いや魔女のする行いではない。


 感知魔法を発動させてみても、セレーナはそうした探知系の魔法を使っていない。

 そして……やはり目に不思議な魔力反応があって、それを隠蔽していないのだ。


 セレーナも固有魔法か、或いは特殊な魔眼のようなものを持っているのかも知れない。それならばクレアの持っている知識で説明がつく。だが、クレアとしてはセレーナが自身の力に無自覚であるというのは、どうしても気になってしまう話であった。


 素性は分からない。貴族や大店の令嬢のような雰囲気と物腰だとは思うが姓を名乗っていない。隠しておきたいのか事情があるのか。ただ、悪い人間ではなさそうだ、ともクレアは思う。それだけにもう少し話をしておく必要があった。


「折角知り合えたのですし、この後お時間があれば一緒に何か……食事か飲み物でも如何でしょうか? お礼も兼ねてなので奢ります」

「それは――あまり大したことをしていないので悪いですわ」

「いえ……私の方がセレーナさんと知己を得ておきたいのです。その、帽子を脱いで顔を見せられないのは申し訳ありません。人の多いところで顔を見せてはいけない決まりがあると言いますか……」

「ああ。先程もそのようなことを仰っていましたわね」


 身体を小さくする少女人形にセレーナは納得したような表情になり、それから少し考えて「では、お言葉に甘えさせていただきますわ」と、応じる。


「セレーナさんはどこか美味しいお店を知っていますか? 実は領都に来たばかりでして」

「実は私もなのですわ」

「そうだったんですか。それじゃあ……大通り沿いで、良さそうなお店に入るという事で」

「では、お店選びはクレア様にお任せしますわ」

「おっと。責任重大ですね」

「ふふ」


 そんな会話を交わしながら二人は大通りを進んでいった。


「あのお店なんてどうですか?」

「明るくて良い雰囲気ですわね」


 二人が食事をすることに決めたのは、表通りにテラス席のある宿だ。昼時ではないが何人かの客はいる。

 初対面であるしオープンな場所で食事をした方がセレーナもきっと気が楽だろうという判断だが、クレア自身が店の見た目や雰囲気を少し気に入ったというのもある。


 何が有名な店なのかといった予備知識は全くないので、店員のおすすめを聞いて、二人ともそれを注文する。それからクレアは周囲に消音の結界を張る。


「あら。先程も使っていた魔法ですわね?」

「音が外に漏れないようにしているのです。さっきは姿を消して、追ってきている人達を確認しようと思った事があると言いますか……」

「ああ。だからあの方達とは話が嚙み合わなかったのですわね。あれ……ということは助けて頂いたのは、私の方なのでは?」


 セレーナは先程の出来事を整理して微妙な面持ちになった。


「助けて助けられてはお互い様ということでいいのでは。そういう人と会えたというのが喜ばしいと思っての行動ですし」

「確かにそこはそう……かも知れませんが」

「それで、今魔法を使ったのはですね。少し変なことをお聞きしたいからです。唐突ですが、私の髪の色ってどう見えます?」

「綺麗なおぐしですわね。薄いブロンド……。プラチナともシルバーブロンドとも言い切れない色合いで、そこに……何か魔法の光を纏っているので、キラキラしていて素敵ですわ」

「なるほど……。やっぱりと言いますか、セレーナさんにはそう見えているんですね」


 クレアが言うとセレーナは不思議そうに首を傾げる。


「これは、髪の色を魔法で変えているんです」


 少女人形がクレアの髪を一房手に取る。


「そう、なんですの?」

「はい。本当は茶色に見えるはずなんですよ。その……髪の色が珍しいと人攫いや同業者に狙われてしまう可能性があるので。ですから……他の人には本当の髪の色とか、話さないでいていただけると助かります」


 別に不機嫌ではないというのを示すように笑みを浮かべ、少女人形の口の前に人差し指を立ててクレアが言うと、セレーナは驚きの表情を浮かべ、それから真剣な面持ちになる。


「分かりましたわ。他の方々には秘密にします。その……魔法に疎くて。気を遣わせてしまって申し訳ないですわ」

「助かります。ただそこを気にしたからというだけで、こうやって話をしようと思ったわけじゃないんですよ。助けに来てくれたことと合わせて信用できる人だなと感じたわけですし、それでセレーナさんとの縁を繋いでおきたかったというのは……さっきも言った通り本音ですから」

「そ、そうなんですわね」


 照れたような反応を見せるセレーナである。


「それから……もう一つ理由があります。少し差し出がましいお話かも知れませんが、セレーナさんがそうやって色々なものが見えてしまうことは、なるべく秘密にしておいた方が良いんじゃないかなと思いまして」

「と仰いますと……?」

「理由は私が髪の色を変えてるのと同じですね。そういう異能は、狙う人がいるっていうこともありますし、いざという時の命綱や切り札になり得るものなので……。簡単に明かしてしまったあたり、魔法には詳しくないのかなとは思っていました」

「それは……確かにそうですわね。世間知らずでお恥ずかしいですわ」

「いやあ……。私も世間で魔法がどのぐらい知られていてどんな認識なのか、常識に疎い部分がありますので……知識がある部分だけのことですよ」


 少女人形がパタパタと横に手を振り、セレーナもそれに少し笑ってから応じる。


「実は――トーランド辺境伯領で魔法を覚えたいという考えがあったのですわ。少し事情があって、魔力はあるらしいのに指導できる人がいなかったと言いますか、魔法を学ぶ機会が無かったので……。それにここならお仕事もありますもの」

「お仕事ですか」

「そうですわ。冒険者になって周囲の魔法の使い方を見て学べる部分は学びながら、大樹海で修業をと。多少腕には自信がありましたので」


 セレーナは腰に佩いた細身の剣に視線を落とす。

 剣の腕を見たわけではないが、先程割って入って男を投げた手並みや身のこなしはクレアから見ても見事なものだった。

 男が動き出した後に踏み込んできて投げていたから、完全に動きを見切っていたのだろう。もしかするとセレーナの目の良さは魔力が見えるというだけでなく、動体視力もそうなのかも知れない。


 周囲から魔法を学びつつ生活基盤を作るというのは確かに不可能ではない。玉石混交ではあるが冒険者達の中には実力者も間違いなくいて、そういう意味ではチャンスが転がっている場所だと言える。


 ただ……それは多少なりともセレーナの人となりを知ったクレアとしては心配になってしまう話だ。

 セレーナの育ちは良さそうだ。貴族家か大店の令嬢か。出自は分からないが冒険者に交じって大樹海での探索や討伐を行いながら実地で魔法を学ぶ等と言う選択肢は、普通ならしないのではないだろうか。そうしなければならない何かしらの事情はあるのだろうけれど。


 魔法に関しては、クレアとて教えることはできるだろう。道中で立ち寄ったあの村は大樹海に近い拠点の一つではあるが、そこを根城にしてくれるなら継続的に関わるというのは不可能な話ではない。


(けど、それをするならロナに話をする必要がありますね……。私は見習いなわけですし、常識が足りていないから、分からないことは相談するべきです)


 余人に教えて良い知識や技術なのか。その辺融通が利くとして、セレーナに伝えても良いのか。その辺は礼儀としてもクレア1人で判断していいことではないだろう。よしんば魔法の指導やアドバイスが無理だったとしても、大樹海での立ち回りを教えるだとか、できることはあるのではないだろうか。そこまで考えを巡らせたところで、クレアは言う。


「なるほど……。この後、お時間はありますか?」

「冒険者ギルドでの登録は済ませていますから、特に急ぎの用はありませんわ」

「では――そうですね。お話の続きは、食事を取ってからということで」


 店員が注文した品を運んでくるのを見て、クレアが言う。セレーナの目にはその言葉と共に人形が微笑んだように見えた。

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