第14話 瞳の秘密

「私は冒険者というわけではなく、領都には薬を売りに来ているんです」

「てっきり冒険者の先達かと思っていましたわ」


 食後の茶を飲みながらもクレアは領都を訪問している目的を話す。木のカップに触れながらも相槌を打つセレーナ。


「それで……薬を作るための素材の関係で、大樹海には多少詳しいのですが、あそこは本当に危ないですよ。知識と対策をきちんとして行かないと、浅い場所でも怪我では済まないということが多々あります」

「クレア様程魔法を使える方がそう仰るのであれば……事実なのでしょうね」


 セレーナは顎に手をやって思案を巡らせていた。その表情は真剣……というよりも深刻といった方が近いのかも知れない。


(危険なのは承知の上での選択……なんですかね)


 クレアにセレーナの事情は分からない。しかし例え諦めるにしても、抱えている問題があるのなら他の方法で解決しなければならない。それが金であれ、他の何かの問題であれ。


 実際、大樹海から得られる資源は金になる。遺跡絡みの一攫千金など無理に狙わなくても、稼いでいくことができる能力や自信、知識と経験があるのなら大樹海に立ち入るというのは十分に選択肢に成り得るし、そちらの方が一般的だ。若くてもセレーナの腕が立ちそうだというのは、クレアから見ていても思う事なのだし。


 しかし年齢が若く、実績や人脈という面では微妙だろう。だから実力主義のトーランドで冒険者というのは、分からない話でもなかった。どちらも補うことができる近道だからだ。


「――うん。やっぱり食事に誘ってよかったです。師匠の許可があれば……大樹海のこととか魔法のこととか、私からも少しはセレーナさんの手助けができるんじゃないかなって思うんですが……」

「そ、それは本当ですの……!?」


 クレアの言葉に、セレーナは思わずといった様子で椅子から腰を浮かせた。


「はい。けれど、私も修行中ですので。師の教えてくれたことを勝手に他の人に伝えるというわけにもいきません」

「ああ。それでこの後時間があるかを確認しましたのね」

「そういうことです」


 クレアが頷く。セレーナは少し冷静さを取り戻したのか、静かに椅子に腰を下ろす。


「とてもありがたい申し出ですわ。けれど……どうして初対面の私にそこまでして下さるのですか?」


 セレーナが尋ねると、人形が腕組みして首を傾げた。


「うーん……。知り合ってしまったからですかね……。それに自分の知っていることを人に説明するというのは、知識や考え方を整理して自分の修行にも繋がりますので、私自身にも利がない話ではないんですよ?」

「なるほど……」


 セレーナはクレアの言葉に苦笑を浮かべる。

 勿論、セレーナが悪人ではなさそうというのがクレアには大前提としてある。他者に教えることが自分の勉強にもなるというのは、前世での経験に基づくものだ。

 そして……自分とて他の誰かに助けられてきたのだからと、そういう思いもあった。


「クレア様の申し出に感謝しますわ。まだそうなると決まったわけではありませんが、お力添えを申し出ていただけたこと、とても嬉しく思います」


 セレーナは姿勢を正しクレアに一礼する。そう言われたクレアもまた頷く。


「はい。師の返答がどうなるにせよ、夕食の時間までには宿に戻ると約束していますので、もうしばらくしたら移動しましょう」




「……ふうむ」


 ロナが所用を終えて宿に戻ってくると、クレアも程無くして戻ってきた。早めに戻ってきたので夕食にはまだ少し間がある。


 クレアは……ロナとは面識のないブルネットの少女を連れていた。一階の食堂でのんびりと茶を飲んでいたロナであったが、二人の姿を認めるとそんな声を漏らしてからカップを傾ける。


「ええと、街で知り合ったセレーナさんです。セレーナさん、私の師匠のロナです」

「は、初めまして。セレーナと申しますわ。お寛ぎ中のところ、申し訳ありません」

「ま、別に構わないがね。察するに、何か話があってここに連れてきたってことかい?」


 恐縮している様子のセレーナに言ってから、クレアに視線を向ける。


「はい。知り合った経緯から順を追って説明していきたいのですが良いでしょうか?」

「そうしとくれ。セレーナだったかい? あんたも緊張してるみたいだがね。座って楽にするといいさ」

「し、失礼致しますわ」


 クレアとセレーナがテーブルを囲むように腰を落ち着け、それからクレアが話を始める。

 尾行されたので姿を消してその相手を確認したら門のところで出会った男達であったこと。そこに街で男達の不穏な話を聞いたセレーナが助けに来てくれた事。


 セレーナは本来目に映る現象として見る事のできない魔法を視覚的に捉えていて、隠蔽の結界や髪の色の偽装を見抜いてしまったという事。その後の食堂でのやり取り。そういった事を一つ一つ説明していく。

 ロナはクレアの話に時々頷きつつ耳を傾けていたが、一通り話を聞き終わると納得したというように声を漏らす。


「――なるほどね。連れてきた理由も頷ける。面白いのを引き当ててきたもんだ」


 そう言ってセレーナに視線を向ける。ロナから見られたセレーナは少し居住まいを正す。


「まず、あんたのその目。そいつはクレアの見立て通りさね。能力を行使してる時も見た目が変わってない。つまりは魔眼の類じゃないから常時発動型の固有魔法だろ」

「固有……魔法」

「これまで魔法と接点を持ってなかったみたいだから自覚や知識がないようだが、稀有な才能さね。但しそういう常時型ってのは、使える魔法の種類に向き不向きが大きく出やすい」


 その言葉に、自身の目のあたりに手をやるセレーナ。


「だから、今回クレアの偽装がバレたってのは例外中の例外みたいなもんではある。固有魔法を除けば、普通は破るのにいくつかの手順や方法があって、そこの部分が見破れるか見破れないかの焦点になってくるもんだ。ちょいと確認してみようか。コインを投げるから、出る目が表か裏か、当ててみな」


 言いながらロナは硬貨を取り出し、指で弾いて空中に打ち上げる。不自然に高速回転する硬貨を空中で掴み取るとセレーナを見やる。


「掌を開いた時、裏が上に来る……と思いますわ。何か魔法がかかっていたように見えたので、それが結果に影響しないなら、ですが」

「ふふん。なるほど。そう見えるってわけかい」


 ロナは楽しそうに言うと、閉じていた拳を開く。その手の平には裏面を見せた硬貨があった。


「クレア。今使っていた術は?」

「二つですね。コインの回転速度を上げる術と……幻術ですね。幻術の方はコイン自体の表裏を分からなくしています」


 突然水を向けられたクレアが人形を介して答える。セレーナへの質問とは違った。


「正解さね。両方表に見せてたから、本来表裏なんて断言できるはずがないんだよ。物を見るための力と、魔法に左右されずに見破っちまう力。両方を備えてるんだろうね」


 ロナの分析に、クレアとセレーナは揃ってふんふんと頷く。そしてその分析はクレアの見立て通りでもあった。


「確かに、周囲の方達が速いと仰る物の動きでも……集中すればゆっくりに感じるということは過去にもありましたわ。後は、魔法も……。かかっている魔法によって煌めき方が違うから、てっきり魔法とはそういうものかと……」

「慣れれば普通は見る事のできない魔法を目で見分けることができそうだねぇ。無自覚だったてのも分かるよ。生まれつきの常時型ならそれが生まれた時から当たり前に見えてる光景なんだからねぇ」


 後天的に固有魔法に開眼すればまた話は変わるのだろう。或いはクレアのように前世との違いが明確にあれば気付きやすいのだろうが、それは更に特殊な事例だ。


「色々と腑に落ちることばかりですわ……。これまで魔法の指導をしてくれた方は私に十分な魔力があると認めてくれましたが、得手不得手が出やすいから私の方が上手く指導に応えられなかった……ということですわね」

「ま、自覚のない固有魔法も含めての知識と分析ができなきゃ、あんたに魔法をうまく指導するのは無理だろうさ。そいつらを責めるのはちょいと酷かも知れないねえ」


 有用な固有魔法ではあるが、それで苦労してきた部分も多いらしく、しみじみと言うセレーナにロナは少し肩を竦めて応じた。

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