第15話 セレーナの事情
「で、クレアの希望はセレーナに魔法や大樹海の知識を教える手伝いをしていいのか、あたしに許可が欲しいってことだったが……」
「はい。あの村を拠点に活動すれば、継続的に手伝うことができるんじゃないかと思っています。今のロナのお話を前提にするなら、検証することで得手不得手も見えてくると思いますし」
「あんたはそういう検証だのは苦にしていないだろうからね。だが、その結論を出す前にちょっと聞いておきたいことがある。セレーナ。あんた、貴族の出だね?」
ロナが視線を向けると、セレーナは「そうですわ」と真剣な表情でその言葉を肯定する。
「私の事情を話さずに許可を頂くことはできないと考えております。ロナ様にもクレア様にも、このことを聞いてから判断していただきたく存じます」
「まあ……そうかもね。結界は張ってあるよ」
「はい。少し……私の事情も話をしておこうかと思います」
セレーナは一旦言葉を切ると、自身の事情を話し始める。
「私は、王国の南にあるフォネットの出身です――フォネット伯爵家に生まれました」
「フォネットか。鉱山が有名なところだね」
「そうです。しかし、その鉱山には強力な魔物が住み着いてしまい、一帯が危険地帯となってしまったために立ち入りができなくなってしまったのですわ。お恥ずかしながら……伯爵家の財政はそういう事情もあり、大分前から少しずつ悪化していたのです」
「それは聞いたことがあるね。地下に竜が住み着いたんだったか」
「そうです。鉱物資源を好んで集める性質があるようで、採掘や開発、輸送もままならず。討伐をしようにも相手は竜ですから……」
「それも難しい、ということですか」
クレアが言うとセレーナは表情を曇らせたままで目を閉じた。
「お金が無ければ討伐を可能とする人員も集められません。両親も兄も、色々と奔走しているのですが……。私には魔法を扱うだけの魔力を有し、剣の才能もあるからと期待もされたのですわ。ですが……」
「魔法の芽が出なかったわけだね。領地の経営にしろ竜を何とかするにしろ、魔法でどうにかなるって考えるのも分からないでもない」
「はい。魔法の指導ができる方を招聘するにもお金がかかります。ましてや高名な方となれば……」
何をするにも先立つものが必要で、経済的に逼迫しているフォネット伯爵家にはそんな余裕はなかった。手の届く範囲での術師を招いたが、彼らにセレーナを指導するだけの知識や経験が足りない。
「そうしているうちに私に縁談の話も来ました。経済的な支援も約束してくれました。しかしこれが――40も歳の離れた方で……」
「足下を見てきたわけですね……」
「はい……。私はそれでも良かったのです。剣に自信があっても彼の竜には届きません。両親や兄、領民達の期待を受けても――私は何の役にも立てていませんわ。そうであるならば縁談を受けようと思ったのです。しかし」
両親も兄も、その縁談を突っぱねたのだとセレーナは言った。
一時の金欲しさのために娘が不幸になると分かっていて売り払うような真似はできないと。それは年齢だけでなく、相手の評判を加味しての判断でもあった。
「けれど、それでは私の気が済みませんでした。役に立てないのならば。魔法の芽が出ないのならば。その方法を何か見つけなければなりません」
「そこで目を付けたのがトーランド辺境伯のところってわけかね」
「はい。ここでなら剣と魔法の修行もできますし、実家に仕送りもできますわ。領民を富ませられる程になるかは分かりませんが、彼らの生活を助けるための物資も手に入れて送ることができるでしょう。冒険者としての実力と実績があれば、実力者の方々との人脈も作れますもの」
トーランド辺境伯領と大樹海は実力主義だ。セレーナの魔法の才が花開き、剣の実力が認められれば、更なる道も開けるかも知れない。
「功名心を持ってるような実力者との繋がりもできる……ってとこかね。竜を倒す名誉に対する興味と実力、討伐隊に支払うための報酬も貯められるか」
「そう考えたからこそ、こんな思い付きに両親も仕方がないと納得してくれたのだと思いますわ。少なくとも、私に来ている縁談を飲むよりは良いという判断でしょう。私が家名を名乗らないのは、芽が出ない場合に家名に傷をつけないため、ですわね」
少し自嘲気味に笑うセレーナ。
「なるほどねえ……」
ロナはセレーナの事情を聞いて少し思案していたようだが、やがてクレアとセレーナが見守る中、口を開く。
「まあ、あたしから習っている事を他の誰かに伝えるために、許可を取りに来るってのは筋としては正しいね。事情を話して、その資格があるかどうかを確かめてもらうってのもだ。そこで、だ。条件次第ではあたしからもセレーナの指導を手伝っても良い」
「条件、ですか?」
「ああ。そんな難しい話じゃないよ。そこのクレアに、ダンスだとか儀礼や貴族の作法だとか、昨今の王国貴族の事情も教えてやっとくれ。そういうのも習ってるんだろ?」
ロナに言われて、クレアの腕の中の人形が小首を傾げながら自分を指差す。
「は、はい。習っていますが、魔法の対価がそれでよろしいのでしょうか?」
「魔法の対価にしちゃ安いと思うのならそりゃ違う。価値ってのは人や場所によって違う値段がつくもんだろ。要するにあたしにゃ教えらんないことだからね。通り一遍のことは伝えられてもそれは単なる知識上のもの。精通しているわけじゃないことを人に伝えるってのは、教えるとは言わないのさ」
元々、ロナはその辺のことをクレアに伝えるためにどうすべきかを考えていたところなのだ。だからセレーナと出会った事は渡りに船と言えた。継続的にクレアにそういう知識を伝えられて、ある程度信用できる人物となるとそう多くはあるまい。
加えて言うなら、クレアとはまた違う種類の固有魔法を持っている人物ということで、ロナ自身興味が湧いたというのもある。
これでセレーナが最初からロナを目当てに近付いてきたのであれば、ロナもこうは言わなかった。
しかしセレーナは領都に出て来たばかりで魔法に疎いというのも本当のようだ。クレアの師と言うことで緊張はしていても、名前を聞いても大した反応を示さなかった。
クレアも安易にロナには頼らず、自身でどうにかしようと考えていた。そこにセレーナの事情など、諸々を鑑みてそれでも良いかと考えたというわけである。
「……分かりました。それが対価になるのであれば、責任を以って私の知る限りをクレアさんにお伝え致しますわ」
セレーナの言葉にロナは満足そうに頷く。
「良いだろう。それじゃ、この後の話だ」
「やはり、セレーナさんも庵に?」
「それが良いかね。指導の度に村に行ってそこでってのは面倒だし効率が悪い」
「高度なことも視野に入れるなら、人目にもつく可能性もあって良いことがないですからね」
「ああ。金が必要なら修行の中で集めたものや作ったものを領都に売りにくればいいのさ。それで冒険者としての仕事や実績にも繋がる。けれど、その辺りはあんた達で工面するんだね」
ロナとしては別に当面は困らない程度に蓄えもある。そもそも必ずしも金を必要としていない生活ではあるが。だから、薬作り等の収入やら素材を売却した金はクレアとセレーナの間で折半するなり、話し合って好きにすればいい。
「ありがとうございます、ロナ」
クレアが礼を言う。
「庵、ですか?」
「はい。実は私達大樹海に住んでる魔女と、その見習いなんですよ」
「えっ……?」
「ふふふふ」
思わず声を上げるセレーナに、人形が楽しそうに肩を震わせるのであった。
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