第322話 織り成す布を彩るものは

 お菓子を振舞いながら子供達への人形劇の披露を行い、孤児院でのんびりと過ごしてからクレアとグライフは帰路についた。


 鞄につけたお守りに視線をやるクレアにグライフは穏やかに目を細める。


「良い休暇になったな」

「そうですね。お守りまで貰ってしまって。帝国の迎撃作戦が待っているところで、心強いことです」


 そう言いながら僅かに微笑むクレア。自身の出自を秘密にしているということもあり、贈り物を貰うというのは子供達に言った通り少ないが、それでもロナやセレーナ、シェリー達に貰ったものをクレアはかなり大事にしている様子だ。


 勿論、グライフが贈ったブローチもだ。時々布で埃を払ったり、保存の魔法をかけ直したりして丁寧に手入れしているのを見かけることがある。

 だから――だからきっと、子供達からもらったお守りもクレアは大事にしていくのだろう。それを考えると微笑ましくもあり主君の横顔を眩しくも感じた。


「それほど前でもないのに、孤児院の前でのことが懐かしく感じるな」

「子供が転んだ時のこと、ですね」

「ああ。あの時は――確信はなかったが、遺跡調査の時の活躍から、クレアに対してはもしかしたら、と思うところはあったな」


 そしてアルヴィレトの剣技を見て確信に至ったところがある。


「私の方は……遺跡調査の時には信用できそうな人だなと思っていました。危険な仕事を買って出たり、私やセレーナさん、ロナの盾になるようにずっと動いていてくれましたから」


 クレアが静かに答える。普段と変わらず、少女人形も特に動いているわけではないが穏やかな声だ、とグライフにはそう感じられた。今ではクレアの内心の機微も、何となくわかるようになった。


「ですから、孤児院で子供達の面倒を見ていると聞いて、納得したところがあります。やっぱり信用できる、優しい人なんだろうな、と」

「そう、でもないさ。最初に孤児院を訪れたのは、探し人がいたからだしな」


 その探し人というのはクラリッサ王女やオーヴェルのことだ。孤児院での調査は空振りに終わったが、それがきっかけでクレアと接点が遺跡調査後も増えていったのだから先のことというのは分からないものだとグライフは思う。


「ふふ、でもやっぱりグライフさんは優しい人だと思いますよ。その後も支援をしていたわけですし」

「それは……何と言うか、アルヴィレトの子供達を重ねてしまったところや、自分がこうありたいとか、誰に恥じることもない自分でありたいと思う騎士の姿があったからだな」


 そう言って、グライフはクレアを見て穏やかに目を細める。


「だから……優しい、というのならそれは俺ではなく、子供達の作ったお守りに防護魔法をかけたりするような人だ」

「えっと」


 そう言われれば、グライフが誰のことを言っているのかクレアとて分かる。クレアは少し気恥ずかしそうにしながらも、2人で街を進む。

 特に何も言わずにお守りに魔法をかけたのだが……よく見てくれている、とクレアは思う。護衛だからというのもあるのかも知れないが。

 夕暮れの街の中で、少しの間言葉が途切れて。クレアは何を言うべきか言葉を探した後で口を開く。


「えー、っとその、子供達にも感謝していると言いますか。これで魔法の調子も万全だと思います。子供達に人形劇を見せたりすると、魔力の調子が良くなったりしますし」


 グライフは頷く。そういう性質もある、とは聞いている。ただ――トリネッドとのやりとりの後にその話を聞くと、何となく思い浮かぶことがある。


「ああ。もしかすると、人との絆という事なのかも知れないな」

「絆?」

「トリネッドが言っていた糸に関する話だな。絆が力になる、のかも知れないと……ふと思ったんだ」

「ああ――それは」


 それはすんなりと腑に落ちてくる話でもあった。運命が交差して、織り上げられるものがあるのだとしたら、絆というのはそれを彩るものだ。

 正確に言うなら、彩るものであると自分がそう感じたいのだと、クレアは理解した。沢山の人と良い縁を繋いで絆を深めていくというのは、きっと織り上げられる布に力を与えてくれるものなのではないだろうか。


 人形劇や糸の魔法が人を楽しませたり、助けになったり。それが誰かの人生を良い方向に変えていくことになるというのなら。それは前世の自分が人形繰りに救われ、人生に目標が出来たことと同じなのだから。


「そう……。そうかも知れません。その考え方は、素敵ですね。お陰で言語化できたような気がします」


 クレアは自身の掌を見て微笑む。


「力になれたのなら何よりだ」


 グライフはそんなクレアを見て静かに笑った。

 裏の仕事を受け持つ騎士家の生まれとして、汚れ仕事を引き受けたり、捨て駒となることも覚悟できている。だが、それとは離れたところでは自分に誇れる生き方をしようと心がけている。


 そういうところでの考え方や言葉がクレアにとって良いものであったというのなら、それは嬉しいことだった。


「――帰りましょうか。糸の魔法も少し検証してみたいですし」

「そうだな。必要なことがあれば付き合う」

「ありがとうございます。グライフさんのお陰で、迎撃作戦までにはきっと間に合わせられると思います」


 そう言うクレアはあまり表情には出していないが、なんとなく晴れやかな印象があるようにグライフには感じられたのであった。




 準備を進めていく中で、トリネッドの糸から連絡があった。


『領域主達に現状を伝えたわ。あなたは戦奴兵の扱いを気にしていたようだから、共闘を持ち掛けたのは全員にというわけではないけれど』

「そうですね。彼らは無理矢理従わされているだけです。だからと言って、あなた達に身を守るなとか目的にそぐわない行動をするなとは言えないですから。そこは私達が対応します」


 トリネッド達との共闘というのは、戦力として考えるならこれ以上の無いほど心強い話ではある。だが、否応ない状況であれば領域主達は戦奴兵であろうと排除を躊躇しないだろう。イルハインのように邪悪な性格であるとか、かなり好戦的な性格の領域主もいる。そうした領域主が戦闘に加わって来た場合、手心など最初から望めないだろう。


 だから、戦奴兵の解放や無力化は自分達で頑張らなければならないところだ。帝国が侵攻ルートをどのようなものにするのであれ、領域主と激突する前に止めるつもりで動く。

 クレアがそう伝えると、トリネッドは満足そうに相槌を打った。


『そう。貴女は私達が別種で、人の価値観とは違う、ということを前提に考えてくれるから、話が早くていいわね』


 トリネッドとしては目的が同じで一時的に共闘するのだとしても、そこで人としての価値観、倫理観を求められても困るのだ。力の大きな自分達に安易に甘えず、クレア達独自に対応すると言ってくるあたり、共闘する相手としては合格と言える。


 本来なら帝国の侵攻に対してクレア達が領域主と共闘などする必要もない。領域主達が勝手に侵入してきた相手を排除に動くのだから。

だが、戦奴兵達を救うために。そして帝国の目的を頓挫させるために自分達もそこに参戦するという。

 きっと、運命の子とやらはそういう考え方をしている人物の方が、良いのだろうともトリネッドは思う。他の領域主達がどう思い、どう受け取るかまでは知ったことではないが。


「いえ。他の領域主達は何と?」

『領地に近付くようなら対応する。苦戦しているようであれば加勢する……という感じかしらね。ただ、彼らも自分の領地を留守にするのはできるだけ避けたいから』

「確かに不在の隙をつかれて侵入されても困りますからね」

『そうね。また何か状況に変化があったら連絡するわ』

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