第90話 仕えるべき主の為に

 ディアナは少しの間考え込んでいたが、やがて顔を上げて口を開く。


「術に寓意を持たせて力を引き出せるという方法は知っているかしら」

「はい。いくつか実例を知っています」


 問われたクレアが答える。ロナの星弾にしてもそうだし、自身の扱う人形にしてもそうだ。寓意によって性質に変化を齎し、大きな力を引き出してきた。


「糸そのものにも寓意があるの」

「糸の寓意……」

「撚り合わせて紡ぐことで形を成し、長く伸びてからやがてどこかで終わる。それを過去と現在、未来。或いは人の誕生と成長、死になぞらえて運命の象徴と見る。糸を紡いで織る運命の女神というのも語られる事があるわね」

「そして運命の子として出現を預言された殿下に発現した、糸の固有魔法ですか」

「確かに、何やら運命的なものを感じますな」


 ディアナはパトリックの言葉に頷く。


「運命ですか……」


 クレアにはそういう言葉や概念に心当たりがないわけではない。エルムの事がそうだ。

 一時的な魔法生物として構築したはずの術が、どうして種という形で残ったのか。自分がしたことでありながら何故そうなったのかの説明が、クレアにはできない。アルラウネが植物系の魔物であったからとか、大きな魔力が集中したからだとか、色々な要素が複合的に絡み合った結果の偶然と考えていたが。そういう寓意が糸自体にあったからという要素も加味されてくることになるだろう。


「覚えておきます。……ただ、帝国の人達は私を鍵と呼んでいましたが」


 遺跡の扉を開いた事や領域主の力に干渉した事も、鍵という言葉に繋がる部分はあるだろう。それに、古文書にあった永劫の都という言葉も鍵が関係してきそうな話だ。


「鍵、ね……。アルヴィレトと帝国では立場も視点も違うから、彼らには運命という言い方を認められないのかも知れないけれど。できるなら……古文書も見てみたいところではあるわね。うーん……」


 ディアナは顎に手をやって目を閉じ、しばらく唸っていた。

 辺境伯が管理している古文書をディアナが直接目にするハードルというのは中々に高い。少なくともアルヴィレトの事を説明せずに古文書を閲覧するというのは難しいだろう。


「えーっと……私も……クレアちゃん達について行っていいかしら? そのお師匠さんに、詳しいお話を聞けそうな気がするし……」


 恐る恐るというか、どこかわざとらしく笑ってお伺いを立てるようにディアナは言った。クレアにもパトリック達にも向けた言葉だ。


「私は構いませんよ。師匠や友人を紹介したいですし」

「やはりと申しますか……クラリッサ殿下――いえ、クレア様も北方にお帰りになるわけですな」


 パトレックはディアナの言葉に考えこんでいたようだが、クレアの言葉にはそれは分かっていたというように苦笑して応じる。


「そうですね。まだ修行中ですし、それに……大樹海でしなければならない事がまだあります。そういう事を投げ出してくるわけにはいきません」


 クレアはそう言うが、少し意識して自分自身で笑って言葉を続ける。


「それはそれとして……私がいる事でアルヴィレトの方々の心の支えになるというのであれば、協力は惜しみません」


 クレアがパトリックの目を見ながら言う。パトリックもまたクレアの瞳を覗き込んでいたが、やがて少し笑う。


「なるほどな……。グライフ殿が慎重に慎重を期して動いていたというのも分かるというものだ」

「……罠警戒だけの話ではありませんな」


 自分達の意向もまた、しっかりと見られていたということだ。自分達の仕えるべき主がこういう気質や性分だというのならば、自分とて取り込まれて良いように利用されないよう、気を回したくもなる。

 騙されやすい性格だとかそういうことではなく、こうやって誰かの力になりたいと考えているのが他ならない王女であるのだ。その想いに応えられないようであれば家臣ではないし、きちんと支えてその気質のままで成長した姿を見てみたいと思う。


 パトリックは少し眩しいものを見るように目を細め、船長と頷き合う。


「……逆に考えれば今ならば、というところはありますな」


 王族と外戚だ。パトリック達としては自分達の目の届く安全なところにいて欲しいという気持ちもある。

 だが、北方に拠点を作ろうという方針や、古文書について調べ、早い段階で状況把握をしなければならないことを考えると、ディアナがトーランド辺境伯領を訪れてみたいというのも利点が大きく、理解できる話なのだ。

 加えて言うなら、今現在は帝国の諜報部隊が大きな打撃を受けていて動きが鈍化しているという状況も考えれば……逆に今が好機なのかも知れない。


「導師として様々な文献に触れられたのもディアナ様ですからな」

「ありがとう、二人とも」

「用件が済んだら、なるべく早期に戻ってくる事もお考え下さい。勿論、状況にもよりますが」

「分かっているわ。でも、北方にも拠点を作るのよね?」

「それに関しても何か手を考えたいところですな。すぐに思いつくところでは、やはり支店を構えて商売を始めるのが手っ取り早いところですが……」


 パトリックが顎に手をやって言うと、クレアが答える。


「なるほど……。その辺のことも調べておきます。後は開拓民の募集に応じるとか、冒険者として登録する、あたりですかね」

「商会の扱う品のことを考えれば、魔法道具の製造と合わせて大樹海の近くで活動したいと思う事も合理的な話ですからな。開拓村に絡んで行っても不自然はない……ふむ」


 船長も思案を巡らせる。船長ことロドニーのアルヴィレトにおける本来の肩書きは騎士団の副団長だ。副団長とは言うものの、実際には騎士団軍を動かす将軍や参謀に近い立ち位置である。何かあった時に外部からの防衛を考えるという立ち位置だったのだ。


 帝国侵攻の動きを察知した後に重要人物や非戦闘員を先に逃すという方法を取る事ができたのも、アルヴィレトの備えやロドニーの遅延戦術が果たした役割が大きいと言える。


 その為、実務面ではパトリック、実働部隊を動かすための作戦面ではロドニーが立案。他数名の主だった者もいるが、こうした面々を中心にアルヴィレトの者達は動いているということになる。


 そんな中で魔術師達の中心人物であるディアナが戻ってきた。重要人物で士気が上がるということもそうだが。魔法の技術知識も多くその技量自体も高いので、作ることのできる魔法道具の種類が増えるだけではなく、儀式魔法等で取れる手段も増える。


 どちらにせよ大樹海に赴かなければ手に入らない素材も出てくるのだ。発見された情報をどの段階で誰に明かすのかも考えなければならない。北方に送る人員の選出を行いながら作戦を練って動いていく必要があった。


「ふむ。我らも忙しくなりそうですな」

「良い事ではありますが、中々堪えそうですな」


 パトリックとロドニーはそんな風に言いながらも、顔はやる気と喜びに満ちたもので、ああでもないこうでもないと作戦を練るのであった。


 それから宿に仲間――事情を知っている友人を待たせているということで、クレア達はディアナを連れて戻る事となった。

 セレーナについてはクレアとグライフが揃って誠実で信用のおける人物だと伝えるとパトリック達も「信じましょう」と応じた。


「さてさて。では、来た時と同じようにディアナさんも小さくなって一緒に街中を行きましょう。それから……この子も紹介しておきます。スピカ」


 クレアがそう言うとスピカが鞄の中から出てきて元の大きさに戻る。スピカは床の上で挨拶をするようにお辞儀をして一声上げた。


「あら……。可愛い従魔ね」

「スターオウルですな。賢い魔物と聞きます」

「良い従魔をお連れですな」

「今後、連絡役になれるかも知れませんね」

「それは確かに」


 そんな話から、どうやって連絡を取り合うかの具体的な段取りについても取り決める。パトリック達のいる商会の建物や船の上に目印になるものを掲げるといった方法を取るという事で話も纏まった。

 そうしてディアナはクレアやスピカと共に身体を小さくし、糸繭に包まれる形でグライフと共に宿へと戻ることとなったのであった。

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