第45話 孤児院にて

「こんにちは」

「あら。クレアさん、セレーナさん! また遊びに来て下さったんですね……!」

「皆さん元気にしていらっしゃいますか?」

「そうですね。お陰様で風邪を引いたりするようなこともなく。クレアさん達が来てから子供達も楽しそうにしていることが増えたんですよ」


 ――トーランド辺境伯領、領都の昼下がり。

 クレアとセレーナの姿は孤児院にあった。訪問すると孤児院の職員に笑顔で迎えられる。

 クレア達が孤児院を訪れたのはグライフから話を聞き、トーランド辺境伯の歓待を受けた翌日のことであった。


「あっ。クレア姉ちゃんとセレーナ姉ちゃんだ!」

「はい。こんにちは」

「確かに元気そうで結構なことですわね」


 建物の窓から顔を出して声を上げる子供達に、少女人形が手を振り、セレーナが笑顔を見せる。


 クレアが孤児院を訪問してきた目的としては人形繰りの実地演習を兼ねた慰問、ということになるのだろう。

 人形繰りを見せる事が出来て、新作の人形を披露することができる場でもあるわけだ。


 魔法ではなく技術で人形繰りをする。それを見せる場を持つというのはクレアにとっての魔法の修行にもなる。

 クレアの糸魔法の特性や人形繰りの根本が、そういう部分にある節が見られるからだ。

 だからこそ、魔法を介さない基本的な技術の向上やそれを見せる事も、修行になるのでは、というのがロナの見解である。


 クレアとしては、そういった実利部分を抜きにしても、自身が人形繰りの師にしてもらったことを誰かに返せるというのが嬉しい。子供達が喜んでくれるなら尚のことであった。




 クレアの手の下で、糸に吊られた小さな人形がバイオリンを奏でる。軽快な音色に合わせて弾むように人形がステップを踏み、操るクレアが歌を口ずさめば、子供達が目を輝かせて人形の動きを追う。人形のステップに合わせるように身体を揺らしたり、クレアと一緒に鼻歌を歌ったり、追いかけるように歌詞を口ずさむ子もいた。


 バイオリンを奏でるのは吟遊詩人人形に続く新しい演奏人形だ。タキシードを羽織り、小さなシルクハットとモノクルを身に着けたバイオリン弾き。但しその顔は猫だ。


 タキシードを羽織っているが、黒と白の体毛が、ちょうど白いシャツや蝶ネクタイ、手袋であるとか、カイゼル髭を生やしているように見える猫。

 吟遊詩人人形は造形美に拘ったものであるため、小さな子供が怖がるかもと考えたクレアが、改めて子供達に喜んでもらえそうな演奏用の人形を作ったわけである。


 猫のバイオリン弾きなのは……前世知識の童話やバイオリン奏者、動画で見たタキシード柄の猫等々から来るイメージ的なものではある。こちらの世界でもユーモラスなものとして受け止められているようで、子供達の受けは上々なものだった。


 そんなクレアの人形繰りを興味深そうに見ているのは、孤児院の関係者達だけではない。普段から孤児院に足を運んでいるグライフもこの日は顔を出していたし……それに、もう一人。以前には見かけなかった人物が孤児院に顔を出すようになっていた。


「面白い、ね。あんな風に人形を通して演奏させられるものなんだ……」

「感心させられますね。毎回違う試みをしますし、子供達も喜んでいて結構なことです」


 少し離れた所で人形繰りを見ているのは、グライフともう一人。トーランド辺境伯家のニコラスだ。クレアが孤児院で人形繰りをしていると聞きつけ、見学に来るようになった。


「グライフ。あなたもここでは僕に敬語を使わないでもらえると……助かるかな。お忍びみたいなもんだし、身分伏せてるんだ。必要ないとこで気を遣われるって、面倒だから」

「……承知した」


 ニコラスはそうやって身分を伏せつつも孤児院にやってきて、グライフと同じように兵士志望や冒険者志望の子供に稽古を付けている。

 孤児院としても運営母体になってくれているトーランド辺境伯家の末子である。子供達の将来に関わってくる可能性がある上に、孤児院側には気を遣ってなのか、「お邪魔して迷惑をかけるから」と差し入れを持ってきたりするのだ。歓迎こそすれど、疎ましく思う理由はなかった。


「グライフはどうしてここに? やっぱりあの人形繰りが面白いから?」

「いや。俺は元々、だな。孤児院に……人探しに来たのが最初で、その時からの縁で時々こうして顔を出したりするようになった」

「ふうん。探し人っていうのは見つかったの?」

「……ここの孤児院にはいなかったな」


 ニコラスの問いに、グライフは首を横に振るのであった。




 人形繰りが終わってからも、クレアとセレーナは孤児院の子供達と交流して過ごす。

 ロナがアンジェリアと解読作業をしているということもあり、戻ってくるのは若干遅いのだ。ポーションや素材の売却、買い物等は終わっているが、時間は余っている。


 その時間を使ってセレーナも兵士や冒険者を志望する者に剣の稽古をつけ、クレアも操り人形よりもっと簡単に親しんだり動かすことのできる手袋型のマペットと腹話術で物語を話して聞かせたり、遊んだりといった時間を過ごした。


 人形劇では桃太郎をこちらの世界にアレンジしたものを話して聞かせるといった具合だ。筋立ては同じでも鬼がオークに。雉役が梟になっていたりするが。

 なので、スピカもこうした物語の配役で手伝いをしたりしていて、子供達の間の人気は高い。


「またねー!」

「はい。また遊びに来ますよ」

「ふふふ。また来ますわ」


 クレアが肩に乗った少女人形リリーと共に子供達に手を振り、スピカも応じるように一声を上げる。

 ちなみに、名前を教えて欲しいと小さな子にせがまれたために、子供達の間には少女人形の名が知れ渡っているという状態だ。少女人形が照れているような仕草を見せていたが、セレーナから言わせればあれはクレアの本音だろうという気がする。


 そんな調子で子供達と過ごし、クレア達は孤児院を後にした。グライフやニコラスもそれに続く形で外に出てくる。


「ふう……。今日も堪能させてもらいました」


 子供達と別れても上機嫌そうなクレアだ。肩の少女人形だけでなく、鍔の端から覗く表情の方でもほんの少し笑みが見えたあたり、かなり機嫌が良さそうだとセレーナの目には見えた。


「人形繰りを見てもらった後は、クレア様は魔力の調子も上がりますわね」

「そうですねー。心理的なものかも知れませんが、しばらく魔力の冴えと言いますか、切れと言いますか、調子が良くなります」


 実際その後に行う大樹海での狩り等でも、クレアは昇り調子になる。心理的な部分というのが影響しているのはあるだろうが、明らかにそれだけではないと隣でクレアの魔力を見られるセレーナは感じていた。


「さてさて。この後はどうしましょうか」

「明日もロナは解読のお仕事がありますからね。冒険者ギルドに行って、領都近郊で簡単にできる仕事がないか見てみるのも良いかも知れませんよ」

「それは有りですわね……私も、領都付近でお仕事を、というのは考えていました」


 セレーナは大樹海で狩った魔物素材をギルドに納めているため、着実に実績を積んでギルドから評価されている。しかし活躍の場が樹海の奥であるため、セレーナ自身の目的を考えるとどこかで領都付近での仕事をこなして、冒険者同士の横の繋がりで名を売っておく必要があった。

 その為、ロナと共に数日滞在しながら、別の仕事をしようと考えているのであった。

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