第193話 応報を以って

「中々やるな、化け物……!」


 シグネアの振るう長剣と、アストリッドの分厚い氷の手甲がぶつかり合って金属音と共に煌めく氷の欠片を散らす。


 炎を纏う長剣を左腕で受け止め、氷の爪が引き裂くように跳ね上がる。皮一枚の距離で回避して踏み込む。最短距離を貫くように刺突を見舞うがアストリッドは避けもせずに装甲の隙間に氷を生じさせて受け止めると猛烈な勢いで足を跳ね上げる。


 蹴り脚に乗るようにシグネアは大きく後ろに跳んだと思うと着地して即座に疾駆して突っ込む。


 アストリッドの戦い方は巨人族らしく単純明快だ。膂力と巨体。氷の装甲に任せて正面突破。故に、シグネアは化け物と呼ぶ事と裏腹に、その力を侮ってはいなかった。


 アストリッドが顕現させた氷は黒い波に晒されても消えない。ネストールが至近で相手をするならばその氷も消し飛ぶが、今はそうはならない。


 本来よりも強度は落ちているようだが、氷が内側から生み出されて、身に纏ったままで強化される以上、密度の高い氷としての役割は十分以上に果たしている。


 シグネアは他の者達ではその単純な暴力を抑えられないと判断したのだろう。単身で以ってアストリッドと渡り合う。斬撃と打撃。魔法と氷塊を応酬しながらぶつかり合ってすれ違う。




 ネストールの言葉の前後で明らかに変わった。誰か一人を切り崩して、戦いの天秤を傾ける事ではなくクレアの制圧を最大の目的として動き出したのだ。


 雷撃を主体に制圧を目的とした術が撃ち込まれ、術の隙間を埋めるようにクレア目掛けて入れ替わり立ち替わり突撃を仕掛ける。それでいてそれを防ごうと動くクレア達にネストールが黒い波を浴びせて、魔法による攻防を妨害。一当たり、二当たりすると深追いはせずに後ろに下がり、後衛と入れ替わってはまた攻め立てる。


 それに対応するクレアは魔法を術と体術を以って雷撃を避け、自身も鞭を使って接近する看守達を寄せ付けないように距離を保ちながら戦う。張り巡らされた糸から、味方の位置、敵の位置、魔力を集中させた反応を全て把握しているから出来る動きだ。

 クレアの鞭もまた瞬間瞬間に雷を帯びており、当たればその雷撃が殺傷目的であれ非殺傷目的であれ、行動が阻害される。非常に牽制能力が高い。


「……剣と鞭という違いはあるが! やはりそのようだなッ!」


 そのクレアの動きをつぶさに見てとったネストールが、グライフと剣を交え、弾き飛ばしながら言う。


「ネストール様、それは……!」

「間違いない。あの娘の鞭の使い方は戦場で見たアルヴィレトの武官と同門であろうよ。陛下の策に釣られて王を救出に来たという事、だ……ッ!」

 黒い風を巻いて、グライフ目掛けて斧槍を打ち下ろす。床に激突する刃から黒い槍が周囲に炸裂し、大振りでありながらもギリギリで回避しての反撃を許さない。次の瞬間には槍が散り散りになって分解。その死角から切り込むように斧槍の横薙ぎが迫る。


 重い金属音が響く。グライフは双剣を交差させてそれを受け止めていた


「それは――お前も王国攻めに加わっていた、という事か」

「くく。貴様らの国とは相性が良いものでな。陛下の露払いとして、我が異名通りの結果になったと言っておこう」


 感情を見せず。しかし暗い目で尋ねるグライフに、ネストールは挑発するように牙を剝いて笑う。

 冷静さを失わせ、判断を誤らせる意図がそこにはあった。

 相性。魔法王国に対しての魔術師殺し。アルヴィレトを攻めるというのならばネストールも戦場にいたというのは頷ける話だ。


「敵討ちといくかね?」

「黙れ。貴様と交わす言葉はない」


 言う。言って、交差させた双剣で弾き、そのまま切り込んでいく。グライフは――怒りは感じているがそれを見せない。

 今の自分は一介の戦士でも冒険者でもない。立場が違えば憎しみも見せただろうが、クレアを守る騎士として動いている。そんな自分が感情を見せるわけにはいかない。

 武官である以上は戦場の習わしも父に叩き込まれているからだ。他の者ならばいざ知らず。自分が感情を見せては、クレアが冷静さを失った時に、他の誰が止める事ができるのか。


「くく。では、貴様はどうだ?」


 ネストールの言葉は指揮官の心をかき乱し、激昂させることを期待してのものであり、それは結果から言うならある意味効果はあっただろう。


 グライフが感情を殺してそのまま切り結ぶのと同じように、クレアも静かだった。静かだが魔力がピリピリと震えるような反応がある。

 魔力の振動がネストールの魔力に伝わり、停止して抑え込まれる。表情には出さずにネストールは目論見にある程度効果があったと悟る。ただ――少しだけ、ネストールは見誤っていた。見た目の幼さから、甘く見ていたとも言うべきか。


「……当時を知る仲間が抑えているのです。戦場での事に武官に恨み言をぶつけるというのは違うのでしょう。それに私は戦いの場において、感情で判断を誤らせるなと、師から教わっています」


 精神を切り替えて冷静に判断を下す。それがロナから教わった事だ。セレーナ達も戦いながら、クレアの言葉に耳を傾ける。他ならない二人が抑えているのだ。だから、自分達もと冷静であろうと努める。


「ただ……師はこうも言っていました。舐められたらぶっ潰せ、と。そうすると決めた時に情けはかけるなと。ですから、そう決めました。その立場にある者の、そう在るべき姿として務めを果たしましょう」


 覆面から覗くクレアの静かな目がネストールを捉える。その立場にある者の務め。少女が探していた本命である鍵――王族だというのなら。その務めというのは何か。

 もし仮にネストールがそう尋ねられたら答える言葉は決まっている。


 応報だ。それを以って、戦場で散った者達の鎮魂とする。


 そして怒りではなく、ただ王族の務めとしてそれを行うと、そう少女は言ったのだ。


 ネストールはそう受け取った。が、セレーナ達にとっては別の意味も持つ。

 情報を可能な限り与えずに救出を成功させ、リスクを抑えるのが第一方針。それでは対処できないと判断したならば、出し惜しみをせずに叩き潰す。


 クレアを中心に、周囲の魔力が励起していくのがネストールには分かる。

 ネストールの固有魔法はその種類を関係なく魔力を停止させるが、その性質のために励起している魔力を感知できるものの、その術の種類まで細かく判別しているわけではない。

 ただ――強い精霊か何か。人間と相対しているとは思えないような魔力の反応だった。


 肌が粟立つような感覚。鍵を見つけた場合は確保しろとは言われていたが、思わぬところで強大な敵に出会えたと、ネストールは好戦的な笑みを見せる。


 次の瞬間だ。細い光が訓練場の床のあちこちから伸びて、天井へ、壁へ。幾重にも走った。


「何だ!?」


 看守達の戸惑いの声。それは――虹色に輝く微細な鎖だった。鎖。鎖だ。細いが輪が連なるような構造をした虹色の鎖。宝石か何かのような硬質な質感で、きらきらと輝いている。

 ネストールも初めて見る術だ。


「これは……鍵の娘の固有魔法なのか……?」

「正体が分かるまでは注意を払え!」

「だが、魔法であれば、何であれ獄長の敵ではない」


 看守達が言う。固有魔法は通常の魔法に比べてネストールの固有魔法にも抵抗性が高く拮抗してくる部分はあるが、それでも優位性は揺るがない。そのはず、である。


「後は私が。あれを切り崩します」

「承知した。背中は守る」

「はい。信頼しています」


 双剣の戦士が静かに笑って一歩退き、代わりに鍵の娘が一歩前に出る。

 舐められている、とは思わない。あれだけの戦士が疑義を唱えず、ネストールの固有魔法の性質を把握した上で相手をすると、そう言っているのだから。何よりも……侮れば死ぬと自身の経験と勘が危機感を告げていた。


 牙を見て笑い、斧槍を構えるネストールの身体に固有魔法の魔力が濃密に纏わりつく。クレアは腕を交差させ、両の掌を広げて地面に向けるようにして構え、二人の強大な魔力が広がった。

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