第227話 想いを引き継いで

 エスキルの言葉に、一族の者達がざわつく。

 山岳地帯は彼らにとっても故郷でもある。その地域を転々として昔からの暮らしを維持するのとは違うし、単純な移住ではなく、帝国との戦いに身を投じるのなら戦いに赴く、という事を意味するのだから。


「補足するのであれば。どこに身を寄せるにしても、非戦闘員の方々は私の暮らしている村――南方の安全地帯に一時的な避難をする事も可能かと思います」

「それは……良いのか?」

「開拓村ですから。人口が増える事、村の規模が広がる事等は想定していますし食料もあります。それらについては私達を信用してもらうしかないのですが、衣食住の用意はできるでしょう」


 対帝国で人が増える事は予想している。帰還させるにあたって避難民を招く可能性についても辺境伯と話し合っているし、短期的に食べる備蓄も長期的に食い支えるための大樹海も存在する。衣類と住居。これらもクレアやその身の回りの者達ならば短期間で準備もできるだろう。


「こういう申し出もある。帝国兵の捕虜達の処遇についても我らに一任する、という事だったな。彼らについては後程決めるとして……今彼らの様子を皆に見せる、というのは可能だろうか」

「はい。魔法で彼らは無力化していましたが――」


 クレアは言って、帝国兵の内、何人かの小人化の術を解いて広場に意識を奪われて拘束されている状態の帝国兵を転がす。


 傷の治療は最低限だ。致命傷は品質を抑えめのポーションで傷だけ塞いでいるが、流れた血は戻らないし、命にかかわらない傷は応急処置程度だ。

 遠慮のない攻撃に晒された事が確認できるし、通常の意識がない状態で様子がおかしい。拘束もきっちりとなされている。


「彼らの物資に関してはすぐに引き渡すのでお任せします。食料や飲み水等もありますし、衣料品、武器の類、従属の輪等もありますね」

「ふむ。指揮官以外には従属の輪を使って、二度と直接的にも間接的にも他民族や周辺国家に危害を加えない、という命令を申し伝えて解放という手もあるな……」


 捕虜として抱えていてもクレア達と共に行くというのなら手に余るということもある。だからと言って皆殺しにするというのも、というわけだ。


 従属の輪を解除するには通常、装着させ、命令を下した者か、刑期の設定による時限解除等が必要となる。帝国の場合はそれと同時に命令権を現場指揮官等にも与えている形だ。クレア達は帝国と同類に落ちるのも、という考えがあるので従属の輪は活用していないが、戦奴狩りの部隊が捕虜になって従属の輪を付けられるというのは報いでしかないだろう。


 後は山岳地帯からの脱出に最低限必要な程度の食料と水だけ持たせて適当なところで解放。指揮官については情報を引き出すのが良いという事で、彼らについての処遇もついでに大体のところが定まってしまった。


「捕虜達については処遇や方針はこんなところだな。少し脇道にそれたが、彼女達についてはこれらの事から信用していい、と私は思う。その上でだ。皆の意見も聞き、これからの我らの進むべき道を決めたい」


 問われた一族の者達は顔を見合わせる。暫しの間話し合い、懸念点をクレア達やユリアンに聞いたり、現状の一族の状況を纏めたりといった時間を取る事となった。自分達も帝国に追われているから素性は話せないものの、大樹海を越えた南方に拠点を持っていること。制限はあるが行き来をする魔法的手段があること等々。疑問点にはできる限り真摯に答えていく。


 一族側の今の状況は。現状の物資や食料の備蓄量から見る継戦能力。非戦闘員を避難させた場合、戦士達の食料はどれほど持つか等々。


 他勢力と手を結んだ場合にどれだけ自腹で賄えるか。実際はそこにクレア達の支援も加わるだろう。


 他勢力が組んでくれなかった場合でも、少なくともクレアの開拓村に全員で移動し、そこで帝国を迎え撃つという動きはできる。後は信用できるかできないか、故郷であるこの山岳地帯を一時的に離れるか否かの判断という事になるだろう。


「生まれ育った場所を離れて戦う……。貴女方も、似たようなところがあるのだろうか?」


 戦士が尋ねると、ディアナが答えた。


「そう、ね。私達の場合はもっと狭い地域に定住していたし今の貴女達のようにすぐに戦う為にというわけではなかったけれど……生まれ育った街から離れる選択肢をした、というのは変わらないわ」


 ディアナが言うと、集まった者達の表情が更に引き締まったものになる。自分達の置かれている状況を既に選択したような立場にいると理解したからだ。


「私達を逃がし、留まって足止めしてくれた人達がいた。戦えない人達を逃がすための道を大樹海に切り開いてくれた人達がいた。私が今生きているのは、あの時戦ってくれた人達がいてくれたからだわ」


 クレアもその言葉に目を閉じる。ディアナの話はオーヴェル達の事でもあるから。


「勿論、故郷を脱出してからも大変だったわ。追手がこないか、魔物に襲われないか。心配して備えながら、どうやってどこまで逃げるのか。どこなら安全なのか。今日、明日食べるものは。どこで雨風を凌ぐのか。明日からどうするのか。散り散りになって慣れない場所で暮らし始めても、これからどうするのかに頭を悩ませることになった」


 逃げ出した後の話と、逃げ延びた先での話。暮らしを軌道に乗せるまでの苦労。帝国から逃れてきたというそれを、仲間達以外の誰に言えるわけでもないのだ。もしかしたら、そこから追手がついたりするかも知れない。


「故郷の仲間達が再び集まって態勢を整えてここに来るまで、10数年もかかっているわ。それでも、あの人達の戦いや想いに、報いたいという気持ちは薄れていなかった。故郷を取り戻したいと思う人達も沢山いた。だから私達も今ここにいるわ」

「10数年、ですか……」


 ディアナが言うと、彼らもその年月に想いを馳せたのか、少し沈黙が落ちる。


「ただ……今ならばそこまで苦労することはないだろう。受け入れる態勢も、立ち向かう準備も整えているから、その部分の延長でできる」

「共闘ができる、というわけか……」


 グライフの言葉に、戦士達は頷いた。他勢力の出方は未知数だが、少なくともクレア達は受け入れるつもりだし、その場合はクレア達の整えた陣営に加わる形で共闘することになる。避難先に頭を悩ませる必要はないし、衣食住に困る事もない。ディアナの言ったような苦労をすることもなければ、孤独や不安に思い悩むこともなく、これほどの年月をかけることもない。


 クレアが見せた通りだ。高い魔法技術を持つ者達との共闘ができる。その陣営の力を借りる事ができる。ユリアン達を帰還させているということを考えても手を組む相手として信用できると思えた。


 それらの話を聞き、相談し合って――やがて一族の者達は戦要員、非戦闘員、走竜達の意見、意志を取りまとめてエスキルに総意を伝える。


「受けましょう、族長。ここで彼らと共に戦うというのが良いかと」

「少なくとも、彼らは我らと結ぶつもりがある。南方に遠く離れて迎え撃つ形となるのか、それとも北方で反抗組織や他の民族と共に戦うことになるのかは分かりませんが、戦士以外の者達の安全を確保した上で戦えるわけですから」


 少なくとも、子孫は。一族は。今の世代の戦士達の戦いの結果を問わず、存続する事ができる。子供達が、飢えることも寒さに凍えることも無い。


 走竜達もやる気を示すように鳴き声を上げてエスキルを見てくる。エスキルは静かに頷くと、クレア達に向き直り、そして言ったのであった。


「――受けよう。我らグロークスの一族と走竜達も、貴女方と共に戦う」

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