第327話 作戦決行を前に

「本陣が私達を想定した罠で、中の戦力を確認しにくいというのなら、それに合わせて作戦を考えましょう」

「最初の目標としては従属の輪を付けられている人達の救出と解放だものね」


 クレアが言うとディアナが応じる。巨人族を始めとした他種族、他民族が離脱し、帝国民自身が戦わなければならないとなれば、帝国国内の世論にだって少なからず影響があるだろう。


 皇帝がそれを顧みるかどうかは疑問であるが、帝国の領民や国民への揺さぶりにはなる。それ以前に、他民族、他種族に血を流させてその上前をはねているようなやり方は許容できないし、許されるべきではない。


 戦いを選ぶのなら自らその場に立つべきだし、その意味を考えるべきだとクレアは思う。果たしてそれは血を流し、身を切らねばならないほどの意義があるものなのかと。


 皇帝や中枢にいる帝国貴族達に限らず、帝国国民達もそんな状況を良しとする選民意識を少なからず持っている。


 皇太子でありながら自分の身体が弱かったが故に、ルードヴォルグは自分や周囲を客観視し、やがて被支配階級の強いられている暮らしを慮るに至った。

 出自から冷遇されていたウィリアムとイライザは、帝国に疑問の念を抱き、選民意識を持つ彼らを苦々しく思っていた。彼らは帝国内では少数側に属する考え方の持ち主と言えるだろう。


 戦奴兵達を切り離すのは、感情的なもの、道義的なものの他に、そういった理由もある。大多数の意識的な部分から変えていってもらわねばならない。勿論、そうやって意識が変わっていく過程での犠牲もまた、少ない方が良いに決まっているが。


 道義的な部分や感情的な部分を除いても戦奴兵達をまず切り崩さなければならない理由がそれだ。


「けど、本陣で罠を張りつつ、潜入や襲撃を待っているわけだよね」

「交代の仕方も前衛が本陣に戻ってから休憩班が後詰の部隊として前に出てくるわけだし、常に本陣に人質を取られているようなもので……厄介よね」


 他種族を救出して回っているということは気付いているだろうから、いざとなれば戦力ではなく人質として使おうとするだろう。本陣だけでなく、督戦部隊がその役周りを担うこともある、というか、そのつもりで配置しているはずだ。分散して配置しているあたり、そういう対応を想定しているはずである。

 ニコラスとルシアが眉根を寄せてそれを指摘するとセレーナも不快げに表情を曇らせた。


「要するに……人質にとらせないようにしながら戦奴となっている方々を助けなければならないわけですわね」

「方法は――あると思います」


 セレーナの言葉に思案を巡らせていたクレアが口を開く。


「敵は、私達の目的には気付いているかも知れませんが、戦力、戦法には気付いていません。それなら出し抜いて救出することは可能かと」


 そう言って、クレアがおおまかに作戦の方法、方針を伝えていく。それを聞かされた一同も頷き合い、実行するためにはどうするのが良いのかを話し合っていった。


『……その方法なら、協力はできるかも知れないわね』


 トリネッドが言う。


「本陣の動き次第ではお願いするかも知れません」

『では、準備だけはしておくわ。あなたはその手札を切らない方が良いのでしょう?』

「そうですね……。ですが、お気遣いはありがとうございます」


 クレアはトリネッドに礼を言う。


 作戦の骨子はできた。作戦の成否を含めて様々なケースを想定。その場合にどう対処すべきかまで含めて話し合う。

 後はどのタイミングで仕掛けるかだ。地図を見ながらそれも決めたところでウィリアムが言う。


「では、前線基地で待機させてもらう」


 クレア達だけでは今回の作戦は実行できない。というより作戦でどんな目が出たとしても対応するための人員が必要だった。


「ウィリアムさんが移動したら、後方と連絡が取れるように繋いでもらえますか?」

『ええ。開拓村やイルハインの領地だった場所ね』

「そうです」


 クレアがトリネッドに頼んでいるのは「中継」の役割だ。クレアがウィリアムの固有魔法で移動した場合、遠隔まで伸ばしている糸を維持するのは――無理とは言わないが骨が折れる作業だ。糸が切れてもすぐに消えないように固定したり、繋ぎ直した際に再度利用できるように糸の性質を変えたりしないといけない。


 北方の広範囲やイルハインの旧領地や開拓村等に伸びているトリネッドの糸を使わせてもらうことで、魔力の余分な消耗を抑制できるというわけだ。

 クレアは帝国軍の動きを知ることの出来る場所に残り、探知魔法が向いていない瞬間に隠蔽結界を展開しながらウィリアム達を固有魔法によって呼ぶことで、リアルタイムで現場の状況を細かく把握しながらの固有魔法による安全な移動が可能になる。


 後はリチャード達と細かく情報の共有をしながら作戦の決行に適した機を待つだけだ。




 クレア達は糸繭に籠り、帝国軍の動きに合わせて一定の距離を保つように大樹海の奥地へ、奥地へと移動しながらその時を待つ。観察していてわかったことだが、侵攻するための部隊は細かく動くものの、本陣の移動させるのは頻繁には行わないということだ。


 戦闘を担当する前衛。非常時に備えつつ交代を待つ後詰めの部隊。確保した土地を切り拓く工作部隊と3つの部隊が外に出て動いている。だから、戦線全体が長く伸びた瞬間を狙うのが良いだろうということになった。その方が分断しやすく、戦闘現場に駆け付けるまでのタイムラグも生じるのでやりやすくなる。


 作戦決行までの間に仕込みを行いつつ、クレア達は場を整えていく。


「エルンストとトラヴィスの居場所が不明、というのが少し不安ではありますが……」

「本陣の警戒度が高いからな……。指揮官達も姿を見せない、名前を呼ばないというのを徹底しているようだ」


 指揮官達を狙うというのも向こうは想定しているのだろう。個人名などの情報を与えないようにしているし、移動も偵察などに見られないように兜やフードを被ったり、隠蔽結界で対策を施したりしている。


 指揮官などの役職で呼ばせても帝国上層部の名前を出させないようにもしているようだ。それが知られることで対策を取れるようにすることを避けている。或いは偵察しているかも知れないクレアに情報を与えないようにするため、と推測された。自分達が所在を掴ませないこと自体が牽制や罠になる、ということだろう。


 本当は不在であったとしてもやりにくくなるし、本陣にいるとすれば対抗するための戦力を甘く見積もることができず、結果として大樹海奥地への侵攻がしやすくなる。


 各地での戦いを経ての、帝国側の対策なのだろう。方針や目的、考え方に即しての策。ならばこそ、クレアの立てた作戦は今回有効に作用するだろうとグライフは思う。


「警戒すべきはやはり、エルンストとトラヴィスだな」

『エルンストに関しては帝国でも屈指の強者だとは言われている。但し、その固有魔法の詳細は不明。現皇帝に関することだけに、情報統制は徹底されていた』


 グライフの言葉に、糸を介してウィリアムが答える。ルーファスやローレッタ達と戦い、これを打ち破ってアルヴィレトを攻め落としたのもまたエルンストだ。固有魔法は不明だが、ルーファスもローレッタも、その正体を掴むことが出来ずに負けていることを考えるに、戦闘能力は非常に高いと推測される。


「こっちに対してこれだけ警戒しているとなると、二人は行動を共にしているかも知れませんわね」

「そうですね。その場合、私がエルンストの相手をします。状況にもよるとは思いますが、私が鍵であるというのなら、初撃で殺しにかかったりはしないと思いますので」


 見極め、対策をとるための時間が稼げる。人形を身代わりに動けるクレアならば尚更だ。


「そうなった場合、トラヴィスや取り巻きは俺達が相手をする。クレアはエルンストの討伐に集中を」


 グライフが言うと、ローレッタも決意を込めた表情で頷いていた。


 エルンストとトラヴィスが行動を共にしていること。厄介だが、それは最初から覚悟の上だ。クレア達は迫る戦いに向けて、気合を入れ直すように頷き合うのであった。



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いつもお読みいただきありがとうございます。

次回更新は普段より遅れての3月9日0時予定となります。

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