第257話 最後の砦
谷合いに入っていく。両側は切り立った崖となっており、隘路であることは間違いない。巨人族が寡兵で守って時間を稼ぐのだとしても、上から岩を崩すのだとしても適した地形で、結界を抜けてきても容易に足を踏み入れたいとは思わないだろう。
事実、崖の上には巨人族が潜んでいるようだ。セレーナの目には小規模な結界の輝きが映っていた。
「ここで待っていてもらえるだろうか? 仲間達に話を通してくる」
「わかりました」
クレアが頷くと、トリスティとアトナールは隘路の奥へと入っていった。
『……迷道結界は私の目でも捉えにくいですわね。広範囲に拡散しているので外からも内からも見えにくいと申しますか。弱い光の波のようなものが漂っているのは見えるのですが』
2人の背を見送りつつ気球からセレーナが言った。
「その辺、私やロナの庵の周辺の結界も同じだったりするのですか?」
『恐らくは……。大樹海だと視界が通りにくく通常でも魔力が濃いので、余計に捉えにくいですわ。この土地は木々が少ないところもあるから観測できたというのはありますわね』
標高も低くなると針葉樹林も生えているが、山の上の方はごつごつとした岩場だ。それだけ標高が高い山々が多いと言える。この場所は針葉樹が生息できる標高にあり、ここに来るまでは森を抜けてくる必要があった。
最終的には目に付かないようにするためだろう。空から見ても分かりにくい。広範囲に認識阻害と隠蔽系の結界が張られているのなら尚更のことだ。
広い山岳地帯をうろつき回り、認識阻害系の結界を抜けて辿り着くというのは中々に至難の技だろう。
『彼らは……流石の魔法技術だな』
糸で会話を聞いていたウィリアムが声を伝えてくる。アルヴィレトは帝国が攻めるまで永らく平和を保っていた。ディアナの幻術もそうだが、隠蔽や幻術、認識阻害系の魔法技術は一朝一夕のものではないということだ。
やがて谷合いの奥から巨人族と反抗組織の者と思われる男達がやってくる。
トリスティとアトナールも一緒だ。巨人族の者達はアストリッドの姿を遠目から認めると駆け寄って来た。
「おお……間違いなく姫様じゃ……!」
「ご無事でしたか……!」
「心配しておりましたぞ……!」
と、口々に言ってアストリッドに詰め寄る巨人族の面々。少し年嵩の者が多いようだ。
「うん。あたしは大丈夫。この人達に助けてもらったの」
「そうでしたか……。感謝せねばなりますまいな」
巨人族の背後から反抗組織の者達も顔を出し――そしてフードを上げる。ディアナは彼らの顔を見て取ると自身も偽装の術を解除し、覆面を外して顔を露わにした。
「ディ、ディアナ様!」
「導師殿……!」
驚きの声を上げる反抗組織の面々。ディアナを知っている者達だったのだろう。
セレーナは彼らが従属の輪を身に着けていないことを確認し、クレアに合図を送る。
「私も出自を同じくします。偽装を解いて顔を見せようと思います」
そう言って。クレアが偽装魔法を解いて、覆面を外した。
偽装を解いた瞬間にあまり感じられることのない、不可思議な魔力が広がる。セレーナから言わせればロナに若干似ているところがあり、ミラベルに言わせるならば精霊に近いと答えるだろう。
金色とも銀色ともつかない髪が揺れ、アメジストのような双眸が長いまつ毛の下で明るく煌めく。さながら精巧な人形のような美貌がそこにはあった。
反抗組織の面々。巨人族。その場にやってきた全員が固まる。
だが、反抗組織の面々の思考が止まっていたのは僅かな間だけのことだ。すぐにその容姿が誰に似ているのかに気付いて声を上げた。
「ま、まさか……」
「貴女様は――」
「初めまして。今はクレアと名乗っています。その……察しはついているとは思いますが、ディアナさんの姪です」
クレアがそう自己紹介すると、反抗組織の面々は神妙な面持ちになって膝をつき、臣従の意を示す。
「まさか……このような場所でお会いできるとは……」
「お会いできる時を夢にまで見ておりました……。どれほどこのような時が来るのを待っていたか……」
そんな反抗組織の者達の様子に、巨人族の面々も驚きつつも納得していた。
「そうであったか。どうやら、お互いにとって大切な御仁との再会が叶ったようだな」
巨人族の男が言うと、他の者達も同意するように頷く。
反抗組織の面々はクレアの姿を見て涙ぐんだり、感無量といった様子で目を閉じたりとしていたが、いつまでもそうしているわけにはいかないと気持ちを切り替えたのか、咳払いを一つしてから言葉を続ける。
「失礼。少々感傷に浸ってしまいました。反抗組織には我らの身内以外の者達もいます。秘密にし続けるためにも、今しばらくは先程の変装を続けられるがよろしいかと」
「わかりました」
クレアは頷くと偽装魔法を再び展開し、仮面を被る。
「では、彼らを案内するとしよう」
「他にも仲間がいるのですが、彼らも一緒で大丈夫でしょうか。帝国に対抗するための加勢になると思って、それなりの人数で来ているのですが」
「信用がおける方々なのですか?」
「はい。ヴェルガ監獄島から助け出した方々を帰還させる過程で協力関係を結び、一緒に帝国と戦ってきました」
クレアが言うと、巨人族と反抗組織の者達は顔を見合わせ、やがて頷き合う。
「信じましょう。心強い援軍と理解しても良いのですかな?」
「そのつもりでここに来ています」
了承を貰い、クレアは気球を降ろして隠蔽や小人化等を解く。
「こんな人数が一体どこに……」
「上空に待機してもらっていました。詳しいことは落ち着いた時にでも」
「そ、そうですな。あまり手札を吹聴するものではありませんし……。しかしこれはまた……」
「我らの理外のお力や知らぬ魔法があるのやも知れませんな」
固有魔法に関係しているのではないかと判断した反抗組織の面々は、あまりクレアの力について話題にするのもよろしくないだろうと頷く。
巨人族の者達も驚きながらも、それだけの者達が加勢に来てくれたのならと頷いて、礼儀正しく顔を見せた者達に対応していた。
そのまま、巨人族は先導し、道の先へと案内する。
そこが巨人族の現在の駐留地だった。針葉樹林の間に天幕があちこちに張られているが、他にも見慣れない背の低い木がそこかしこに生えていることに気付く。白い枝の木だ。涙滴のような形の青い果実がなっている。果実は魔力を宿しているようで……アストリッドの魔力に少し似ている、とセレーナは感じた。エルムも興味津々といった様子で、クレアの襟元から周囲を見回している。
「あの木は一体……」
「氷晶樹という、寒い土地でも果実をつける樹の群生地でな。我らの祖先が暮らしていた場所でもあるのだ」
「果実は氷の魔力を秘めていて、我らは……これを食料にしていれば活動できるところがある」
巨人族にとって現在の食事はそれで支えられていると言った。アストリッドの持つ氷の力もそうだが、彼らは氷の魔力と相性のいい種族だということだ。アストリッドの場合は巨人族の王族であるからか、氷を操る力を宿しているが固有魔法というよりは時折巨人族に現れるから固有というよりは種族的なもの、血筋的なものに近い術であるということであった。
「助力がなくば、我らもここを拠点にしようとは考えなかっただろうな」
「それでは――本当に最後の砦のような場所なのですね」
「結界で厳重に対策しているのも道理ですわ」
可能なのであればここを拠点するのは巨人族とて避けたいのだろう。そういう意味では別の場所を拠点にできるというクレア達の提案は彼らにとって渡りに船であるのかも知れない。
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いつもお読みいただき、ありがとうございます!
魔女姫クレアは人形と踊る1巻、無事発売されました! ひとえに皆様の応援のお陰です! 改めてお礼申し上げます!
今後もウェブ版共々更新していきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します!
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