第221話 王女の選んだ道は

 小人化の術を解除や獣化をして、アストリッドやベルザリオは自分の姿をルーファスやシェリルに見せる等して、王城での時間を過ごした。

 シェリルの辺境伯行については準備を整え次第という事で、部隊の編制等がすぐに進められていった。


「私への取次についてはスターク様にお任せします」

「芸術家達への出資でしたな。既にそうしている相手についてはこれまで通りの規模で。増額等については姫様に書状を送って確認していただきましょう。出資や交渉については信頼のできる者を立てる事にします。シェリー嬢の親戚という扱いに致しましょう」


 スタークの返答にシェリーは頷く。シェリーとして有望と思った芸術家に出資をしているのだ。シェリーに出資を受けた後に名を上げる芸術家も多く、審美眼が確かなものであることを伺わせるものだった。


 そうやって自分が王都を離れている間の事も他の者達に引き継ぎをしてから、シェリルはクラリッサ達と共に出発することとなった。それぞれ商家の令嬢、その友人の魔女としてだ。


「それでは、行って参ります、お父様。友人のためにという気持ちもありますが、王族として経験した事を糧とし、王国の者達のために役立てる事ができるよう、しっかりと学んできたいと思っています」

「ああ。しっかりやってくると良い」


 旅装束のシェリルがスカートの裾を摘まんで一礼するその姿に、リヴェイルは目を細める。その進みたい道を、応援したいと思っていた。


 シェリルに関しては心配な事が多かった。


 強力な固有魔法に目覚めたにも関わらず、その反動も強いものであったが故に倒れ、本懐も遂げられずに無力感に打ちのめされて、一時は心を閉ざしてしまっていたから。


 小さな頃のシェリルは、そういった事情もあってあまり表舞台に立てず、存在感を発揮できなかったのだ。

 対外的には病弱だった、という事にされた。それがために資質を疑うものもいるが、事情や才覚、その思慮深さを知るリヴェイルやスタークとしては、王としての資質は問題ないという見解を持っている。


 シェリルが固有魔法を自覚したのは、もっとずっと幼い頃だ。小さなシェリルがリヴェイルの手にできたちょっとした切り傷をその場で治してしまった。

 固有魔法だから使い方も理解できる、というものであったが、幼い子供が持つには危険な性質だったのだ。


 確かに、シェリルは挫折を経験した。けれど思い出を胸に立ち直り、それを支えにして前に進んで行こうとしている。ならばその進もうとしている道を父としても王としても、応援してやりたいと、そう思う。


 リチャードやルーファス、クラリッサ達とも挨拶を交わし、馬車に乗り込んで出発していくシェリルの姿を、リヴェイルは静かに見送るのであった。




 辺境伯領行きの旅は、シェリーやポーリンも辺境伯家の馬車に乗っての移動だ。護衛隊は王都からの派遣というのが分かる形にしている。後日、王女として勉学のために辺境伯領に赴いているという事が王都で発表されることとなるだろう。

 クレアやルーファス、セレーナと同じ馬車に乗ったシェリーが言う。


「さて。ルーファス様――ルーク様の治療についてだけれど……道中から早速進めていきたいと思うわ」


 シェリルはシェリーとして口調を改めると、ルーファスについても偽名で呼ぶ事にしたようだ。


「移動しながらでも大丈夫なのですか?」

「ええ。冷静に計算し、加減して使えればそこまで問題はないのよ。ただ……治療の前に私の話を聞いてもらえるかしら。私の固有魔法がどういうものなのか、行動を共にするなら、理解しておいてもらいたいから」

「勿論です」

「お聞かせください、シェリー様」

「大事な話なのだね」


 クレアやセレーナ、ルークが応じる。傍らに控えるポーリンも事情を知っているのか、少し表情を曇らせながらも成り行きを見守っている様子であった。

 シェリーは少しの間を置いて、真剣な表情で自身の事について話を始める。


「私は本当に小さな頃――物心着くか着かないかの頃に自分の固有魔法に目覚めて、その使い方を薄っすらと理解したわ。傷だけじゃなく、どんな病気だって癒せるんだって……。それをね――病床のお母様に使おうとしたの」


 シェリーはそう言って、表情を曇らせる。


「お母様の病は、当時の私には癒し切る事はできなかった……。治療を初めてすぐに倒れてしまって……もっと強い覚悟があれ……もしかしたらできた、のかも知れないけれど」


 シェリーの母は重い病だった。不治の病。死病。シェリーが治療しようとした時には手遅れだったのだ。


 ただ、昏睡していた王妃はそれで意識を取り戻すことができた。リヴェイルと言葉を交わす事ができたのだ。

 その時の事も。シェリーは後になって受け止められる年齢となった頃に、父に聞かされている。


「お母様はこれ以上自分に固有魔法を使わないようにと言ったそうだわ。私にどんな反動があるか分からないからと。私がお母様に生きていて欲しかったのと同じように、お母様は私に生きていて欲しかったんだって。そうお父様は教えてくれた」


 シェリーは自分の掌を見ながら言った。


「私は……倒れた後眠ったままで。誰かを助けられる固有魔法を使えるようになったのに、一番助けたかった人には手が届かなかった。だから……私はこの固有魔法を、もっと上手く、強く、使いこなせるようになりたい。もう、大事な時に手が届かなくて、後悔したりしないように」


 自分の手を握って、シェリーは笑みを見せる。


「そう、だったのですか。いえ、それは応援したいところです」

「ふふ。ありがとう。外向きには私も病弱だったとか、色々伝えているわね。お母様を助けられなくてしばらく無気力になったり、訓練で加減を間違えて体調を崩したりとか、色々あったから」

「危険性は理解した。私に対する治療も、安全を最優先して欲しい」


 ルーファスが言うと、シェリーは自信ありげに頷いた。


「そこはお任せを。今ではかなり使いこなせるようになって、加減も分かってきていますので」

「それは……努力したのだね」


 ルーファスは目を細める。リヴェイルが送り出した理由も、分かったような気がした。そうした想いを知っているからこそ、その道行を見守りたいと思うのだろう。


「ありがとうございます、ルーク様。早速、修行の成果をお見せしますわ」


 そう言って気合を入れている様子である。

 シェリーが自分の事情を治療相手に話したのは、方針を理解してもらうためでもある。


 時間をかけての治療というのは、治療を受ける側にとってはもどかしい部分がある。そこで無理を言われても、シェリー側に命の危険がある以上は応える事ができないのだ。

 だからそれを理解してもらう意味でも、シェリーの事情を伝える形をとった。秘密を守れる相手というのは、分かっているから。


 シェリーは、馬車の座席の向かいに座ったルーファスの足に手を翳すと、固有魔法を発動させる。シェリーの身体全体に、淡い青色の輝きが宿った。


「綺麗ですね……」

「はい……とても美しい輝きに見えますわ」


 クレアやセレーナがその魔力の輝きに見入る中、全身に宿った輝きが掌に集まっていく。シェリーの手から離れ、ルーファスの古傷のある場所へ。


 しばらく足に淡い輝きが宿っていたが、やがてそれも薄れて消えていく。


「上手く行ったと思いますが……どうでしょうかルーク様」


 シェリーが尋ねると、ルーファスの表情に驚きの色が浮かぶ。


「これは――凄いね。少し感覚が戻った……」


 ルーファスの足は動かず、痛みすら感じていなかった状態であったが、シェリーの固有魔法を受けたことで明確な変化があった。皮膚の感覚。痛覚。そういったものがほんの少し戻って来たのだ。それは、状態が良くなっている、という事の確かな現れでもあるだろう。


 ルーファスの言葉にポーリンは静かに頷き、クレアとセレーナは顔を見合わせて明るい表情で頷き合うのであった。

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