第125話 魔女からの歓迎
「ああ。帰って来たんだね。怪我もないみたいで何よりだ」
辺境伯家の三男――ニコラスも孤児院に遊びに来て、クレア達を見てそんな風に挨拶してくる。
「中々充実した旅になりました。こちらは旅先で知り合った魔法道具職人のディアナさんです」
「初めまして」
「うん。初めまして」
ディアナの挨拶にニコラスが応じる。
「辺境伯領では何かありましたか?」
「こっちは特に事件も無かったよ。例の人達も、とても協力的だし、関係も良好だと思う」
例の人達。つまりは元第六皇子グレアムとその妹、エルザ。それからその配下達だ。今はウィリアムとイライザという偽名を名乗っているが。
鉱山での竜討伐についての情報はどうなのかと言えば、王都から早馬が走らされて、リチャードに対しては第一報が知らされている。ただ、まだ伏せておくべき情報という事で、ルシアやニコラスには共有されていない情報だった。
領地防衛に関わってくる後方の事であるから、リチャードに対しても情報が明かされたというわけだ。もう少しすれば竜が討伐された噂等も辺境伯領に伝わってくるのだろうが、辺境伯領にとっては後方の憂いが一つ解決したということで明るいニュースではあるのだろう。
ともあれ、孤児院での指導や交流をしてから冷凍保存しておいた南方の海の幸をお土産として孤児院やニコラスにも渡して、クレア達は外に出た。
「それでは――私達は一旦大樹海の庵に帰りますね。辺境伯家までは流石に気軽に挨拶には行けませんが、お土産を楽しんでもらえたら嬉しく思います」
「別に遊びに来ても歓迎されるとは思うけれど……まあ、確かにそうかもね。お土産は兄上、姉上あたりは南方の海の幸が好物だから、かなり喜ぶと思うよ」
ニコラスは土産の入った箱を手に、静かに笑って応じる。
そうしてクレア達は辺境伯領で一先ずするべき事を一通り終え、大樹海への帰路へ就いた。
領都から箒で移動し――降りた先からはもう徒歩で大樹海だ。庵まで初めて向かうことになるディアナとしてはやや緊張の道程りではある。
「んー。肉親なので案内自体は大丈夫とは思うんですがね。ロナの庵自体は秘匿されていますので、そこは秘密でお願いします。一緒に移動して接近した場合、同行者も察知して途中で様子を見に来るかと思いますが……」
ロナの探知結界は接近した者に許可がなければ感覚から狂わせて辿りつけないようにする。許可がある者も誰が近付いている等、魔力波長から判別しているのでクレアの同行者というのは伝わるだろう。
「中々凄そうな方ね……」
「私の抱えていた問題も解決して下さいました。とても魔法の造詣が深く、尊敬できる方ですわ」
セレーナが尊敬していることを伝える。ディアナは大樹海に入るという事も手伝ってか、やや緊張している様子ではあったが、クレアは「ロナはぶっきらぼうなので誤解されやすいような気もしますが、優しい方ですから大丈夫ですよ」と応じる。
クレアの内心は上機嫌な様子で、肩に腰かけた少女人形が足を振ってリズムを取っていた。帰る事が嬉しいのか、ロナにディアナを紹介できることが嬉しいのか、どちらかだろうとセレーナとグライフは思う。
「ああでも、慣れているからと油断しないようにと言われています。大樹海に入るのですから、気合を入れて行きましょう」
クレアは気を取り直すように言った。少女人形は自分の頬を手で叩くような仕草を見せる。
森歩きの魔法、探知魔法と隠蔽結界を展開しながらクレア達は大樹海を進んでいく。
クレアは先頭で探知に集中。グライフが殿を務めつつ、セレーナがディアナの身を護るように隊列を組んで大樹海を進んでいった。
普段何もない時は行き来する際に魔物を討伐しながらということもしているが、ディアナがいるために基本は戦闘を避ける形で進んでいく。察知して方向を変え、迷いなく大樹海を行くその手並みにディアナは本当に大樹海を歩き慣れているのだろうと感心させられていた。
庵に向かう途中でロナが姿を見せるか、ディアナの動向に許可が下りないなら辿り着けないかとクレアは予想していたが、それらに反し、庵が近付いてきたところでロナの作ったゴーレムが姿を見せる。
ゴーレムはディアナにお辞儀をすると、案内をするように庵のある方向を指し示す。
「私が案内してきたことを察知して、歓迎してくれている感じかも知れませんね」
様子を見に来るまでもなく許可を出したという事なのだろう。ゴーレムと共に大樹海を進むと視界が開け、ロナの庵の前に出た。
「大樹海の中にあるとは思えない長閑な光景ね……」
「私も同じことを思いましたわ」
「同じく」
ディアナの感想に、セレーナとグライフも同意する。クレアが視線を巡らせると母屋から炊事の煙が出ているのが見える。
「ロナは――母屋にいるようですね」
クレアが言って庵の扉を開けると、台所にロナの背が見えた。
「帰って来たね」
鍋をかき回していたロナが振り返って言う。
「はい。ただいま戻りました。色々ありましたが、皆無事で目的も達成です」
「そいつは何よりだ。で……一緒に来たのはあんたの肉親だね。魔力波長が似てる」
そう言ってロナはディアナの顔を見やる。ロナから静かに見据えられたディアナは、やや緊張しながらも膝をついてロナに自己紹介と礼を言う。
「お初にお目にかかります。アルヴィレト王国星見の塔の導師、ディアナ=トーレスと申します。姪を助けて下さった事、優しく聡明に育てて下さった事、同胞達を埋葬して下さった事。今までして下さったことに感謝を申し上げます」
ディアナが膝をついてそう伝えると、ロナは苦笑する。
「そういう堅苦しいのは苦手でね。普段通りにしときな。それにクレアに関しちゃ性格の部分は生来の気質に寄るところが大きいからね。魔法は教えたが、そこに関しちゃあたしがどうこうしたって程じゃないさ」
クレアの性格は前世由来のものだ。生まれつきそうなのだし、そこは何もしていない、とロナは思っている。
ただ、そこで性格や考え方等を見た上で信用し、自主性に任せていたからこそ今の形になったとは言えた。
「いやあ、影響は沢山受けていると思いますが」
だから、そんな風にクレアは答える。
「まあ……感じ方は人それぞれさね。まずは荷物を置いてから裏手で墓参りでもしてくると良い。あたしももうそろそろ手が空くから、その後でゆっくりと話を聞くとしようか」
そう言って、鍋をかき回す作業に戻るロナ。クレアも頷き、部屋に荷物を置いてからディアナを裏手のオーヴェル達の墓へと案内した。
「オーヴェル卿はとても立派な方だったわ。思慮深さと武人らしさを兼ね備えた方でね。騎士や兵士達からも慕われて頼りにされていたわね」
ディアナの評にグライフも頷く。
「部下に声をかけるよう後進の騎士にも指導していた。美点を見つけて褒めることで兵士達の士気も上がし自分達で研鑽を積んでくれるという考え方で、それを実践なされていた。剣の指導の時もそうだった」
「私も一度指導を受けてみたかったですわね……」
「そうですね。剣は専門外ですが……話をしてみたい人でした」
セレーナが言うとクレアも同意する。記憶にあるのは戦っているところだけだが、その技術が生涯を賭して研鑽を積み重ねたものだというのは分かる。そうでなければああまで人の心を惹きつけるような動きにはならない。それだけ洗練されたものだった。
オーヴェルと一緒にクレアを連れて脱出したアルヴィレトの人々の話にも耳を傾ける。
アルヴィレト王城の女官や、騎士や術師……信用のおける者達が王女の護衛隊として同行したという。
クレアもオーヴェル達の話にしっかりと耳を傾け、墓前に向かって祈るディアナと共に黙祷を捧げる。セレーナとグライフ。それからスピカとエルムも、墓前に向かって祈りを捧げるのであった。
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