第124話 ディアナと辺境伯領

 クレア達は、王都からトーランド辺境伯領への道を見学する意味も込め、直線的にではなく街道に沿う形でトーランド辺境伯領の領都に向けて飛行して進んでいった。


 フォネット伯爵領を経由しない道ではあるが、王都と辺境伯領を繋ぐ道であるため、かなり大きく石畳で舗装されてきっちりと整備がされている。


 街道沿いの拠点となる街も発展していて、有事の際には大軍を送ることが想定されているというのが窺えた。


「過去にはフォネット伯爵領側の道も栄えていたのですが……竜が住み着いたころから開発が滞るようになってしまったというわけですわね」

「鉱山も再開発されるし、今後はそっち方面の発展と開拓も進みそうね」


 セレーナが、小人化したディアナと会話をすると、グライフも口を開く。


「恐らくフォネット伯爵領方面の開発は王国にとって急務になるかと」

「ああ。竜がいなくなったことで、逆にその方向からの進軍もしやすくなったという事?」

「改めてフォネット伯爵領方面を強化する必要が王国には出てくるというわけですね」

「別れ際のお兄様も機嫌が良さそうでしたわ。その辺も色々良い話を貰っているのかも知れません。伯爵領に関しては鉱山の再開発をしながら領地を発展させ、王国側は人や物資を積極的に送る、といった形になるかと」


 実際、王家としては竜討伐については士気が上がるということもあって、そういった方向でカールとの話を進めている。


 王家としてはフォネット伯爵家が今は力を失っていることも分かっているし、竜を後回しにして王国のために耐えてもらっていたということも負い目に思っているのだ。

 鉱山の再開発が進めば伯爵家が持ち直すことも分かっているから、信条と実利は一致している。伯爵領方面への出資と開発を進めていくにリヴェイルもスタークも積極的であった。


 街道の様子や伯爵領、ロシュタッド王家側の思惑について話をしながら進んでいき、やがてトーランド辺境伯領の領都が見えてくる。


「あれがトーランド辺境伯領の領都です」

「要塞みたいな印象よね。こうやって短時間で見ていくと北方に行くに従って街が段々厳つくなっていくのが良くわかるわ」


 大樹海と帝国に警戒し、王国が備えてきた結果でもある。


 クレア達は程よいところで地上に降り、小人化も解除すると領都へと入った。ディアナもクレア達が同行していて、当人も特に王国内で問題のあるような振る舞いをしていない。そのためあっさりと領都内部に入ることができた。


 クレア達はとりあえず、冒険者ギルドと商人ギルド、孤児院に顔を出す予定だ。

 ロナが領都を訪問中であればそのまま宿を取って領都に滞在するし、庵に戻っているならディアナを連れて庵に向かう事となるだろう。


 領都の様子は表面上、南方への旅の前と特に変わりはない。それほど長い期間の旅だったわけでもないし、トーランド辺境伯領では特に事件が起きたということもなさそうだとクレアは思う。


 ギルドに顔を出すと、旅に出ていたことを知っていた職員達が無事を喜ぶ言葉を口にする。


「ご無事で何よりです」

「ありがとうございます。この方は旅先で知り合った魔法道具職人のディアナさんです。トーランド辺境伯領を訪問したいという事ですので一緒に来ました」

「初めまして」


 クレアがディアナを紹介し、ディアナもまた、簡単に商会に所属している職人であることを伝える。所属している商会が販路を北方に広げたいと考えていて、自分は大樹海の素材を使った魔法道具の研究をしたいので少し先行したのだということを冒険者ギルドの職員に掻い摘んで話をする。


「なるほど、そうでしたか。確か、南方で魔法道具等を作っていらっしゃる商会ですよね。そこに所属している方という事であれば、私達としても大歓迎ですね」


 職員が朗らかに笑って応じる。

 留守の間に何かあったかということと、ロナの所在についてもクレアは尋ねたが、特に異常はなく、ロナは先日まで領都に滞在していたがクレアからの手紙を受け取り、今は庵に戻っているのではという話を聞けた。


 その足で商人ギルドへと向かい、今度商会がトーランド辺境伯領にも販路を広げたいと考えているのでとディアナが挨拶を行う。


「評判は聞いていますよ。僻地等にも赴いて暮らしの利便性向上を掲げているとか」

「私は魔法道具の職人ですので現場の様子までは詳しくないのですが、開拓地や僻地で働いている人達にこそ魔法道具の恩恵を、という理念を抱いて商いをしているというのは事実です」

「辺境伯領は大樹海がありますから、新しく開拓村を作るとなると毎回苦労がありましてね。商会の来訪は我々としては歓迎です」

「私は先見で魔物素材研究の下見に来たような形ですが……いずれ会長のパトリックを始めとした商会の責任者もご挨拶に伺う事になるかと思います。その時はよろしくお願い致しますね」


 ディアナがにこやかに微笑み、商人ギルドの職員と挨拶を交わす。

 南方で活動している商会所属の職人で挨拶に来たと伝えると、上役に話が通され、応接室に通されて丁寧な応対をしていたのだ。


「商人ギルドはこういう情報には耳聡いわね。北方なのにこんなに商会の事を知られているとは思わなかったわ」

「トーランドの商人ギルドは魔物対策もありますからね。命がかかっている部分もあるので、色んな情報収集をしているそうですよ」


 ディアナが商人ギルドについての感想を口にすると、クレアがそう応じる。そうした商人ギルドに関する情報は、クレアはロナから聞いたものだ。トーランド辺境伯領では、辺境伯家や冒険者ギルドと同様、情報網の広い組織と言えるだろう。


「危険を承知で僻地に赴くというのなら、トーランドには求められている人材とも言える。商会が歓迎される理由はそこだろうな」


 グライフもクレアにそう応じる。

 クレア自身もポーション類を扱っているので商人ギルドからも丁重な扱いを受けている人物ではあるのだが、今回はディアナの付き添いとして受付の近くで待っていた形だ。

 ディアナが一目置かれたのは、クレアと一緒に行動していたからというのもあるだろう。


 そうやって商人ギルドへの挨拶も終えてから、クレア達は孤児院へと向かった。


 子供達も孤児院の職員達も、クレア達の帰還を喜んで、ディアナも歓迎していた。それほど長い期間の旅ではないが、小さな子供は少し心配していたという話だ。この辺は大樹海が身近にあるから街の外で何かするということに対して余計に心配されるという部分があるのではないかとクレアは思う。


 ともあれ子供達には安心してもらうということで、クレアが早速人形劇に講じたり、グライフやセレーナが武術指導をしたりと、普段孤児院でしている行動をする事にした。


 ディアナも魔法が使えるという事で、魔力を鍛える方法についての指導を行ったりした。これは、ロナに師事している見習いであるためにそういう手解きを自重しているクレアにはできない事ではある。

 魔法自体の扱いを教えるのではなく、将来の魔法の才能、才覚を伸ばす方向で瞑想と呼吸法等の指導をしているために、安全性が高い。


「魔法の才能がなくても、ずっと続けていれば小さな魔法の光を灯したりとか、簡単で便利な魔法ぐらいなら使えるようになるわ」


 と、そんな内容だ。だから、無駄に終わるという事もないだろうという判断であった。

 アルヴィレトの星見の塔にて、元々導師という立場だったということもあって、ディアナの魔力訓練は理に適っているし手慣れているのだ。子供達も楽しそうに瞑想に興じ、職員達もその内容と方向性、指導の様子といったものを微笑ましそうに見守るのであった。

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