第102話 カール達の合流
「竜は……討伐した事を示さないといけませんね」
クレアは砕けた結晶の上に倒れ伏した竜を見上げる。小山のような巨体であった。
「そうですわね……。領民を長らく苦しめていた竜ですし、倒したことは公表しなければなりません。クレア様にご迷惑がかからない形に落ち着けたいのですが」
「それでしたら大丈夫じゃないですか? 最後の一撃はセレーナさんなわけですし、剣も残っていますから」
クレアが指差す先にはセレーナの細剣の刀身が突き刺さったままになっていた。折れてしまってはいるが、それが止めになったというのが明確にわかるような形だ。
クレアが竜との空中戦をしているのは森の上空の出来事であったため、はっきりとではないにしろ巡回の兵士達にも見られてしまっている。そこは秘密を守ってもらいやすくはあっても誤魔化せない部分ではあるから、仕方がない。
その点、竜を倒したのが明確にセレーナだと分かるのは良い事だ。姉弟子や冒険者の力を借りて竜討伐をしたとすれば手柄を取り過ぎるわけでもなく、さりとてクレアが前面に出過ぎるわけでもないので、関係者にしてみると納得のしやすい落としどころを作れるだろうと思われた。
「では、竜はこのままの状態で運搬して領都に運ぶということで」
「その方がみんな喜びそうよね」
竜素材の取り分等についてはその時に話し合えば良い。
クレア達は、自分達に必要な分を確保できればそれでいいと思っているところがある。後は領主と話し合いをする必要もあるのだろうが、セレーナから見た場合、マーカスは恐らく他者が討伐した竜の素材を欲しがって領主として主張をするような事はしないだろうと思えた。
そもそも鉱山が戻ってくることが伯爵家としての悲願でもあった。
竜を排除した事を感謝しこそすれ、そこで欲をかくのであればもっと楽な道を選んでいただろうから。
というわけで、セレーナとしては自分の取り分を伯爵家に譲るというのが良いだろうと、そんな風に考えていた。
竜の撒き散らした結晶についても何かに使えるかも知れないと、そちらも木箱を作り、集めて回収していく。
竜の魔力を宿した宝石といった印象なので、魔法道具に用いるのに役立ちそうな代物ではあるだろう。
その作業の傍らで、グライフの尋問も進んでいた。
ダドリーに同行していた男達についてはダドリーの護衛役だ。ダドリーの実家である商家が抱えている用心棒や食客といった肩書きであるらしい。こんなことに加担するあたり、他にも後ろ暗い事をダドリーと共にやってきたのではないかとグライフは推測している。
「――それで……毒を投げ込んで水源を汚染したのはお前か?」
「ど、毒だぁ? ……ち、違う! 俺達は湖までの護衛だって聞かされてたし、湖に瓶を投げ込んだのも俺じゃねえ!」
「では、誰がそんなことを? 水が有毒になって後始末に追われているのは確かだし、今の内に正直に言っておかないと、ダドリーや他の仲間達からお前に責任が押し付けられるかも知れない。証言を突き合わせて、矛盾が生じた場合の罪も重くなるだろう。お前は――そこまで全員を信頼できるのか?」
といった感じで結論からグライフは聞きたい情報を引き出していくような手を取っていた。喚いている仲間からの情報が得られないように、消音結界が張られた中での尋問であった。
「……な、投げ込んだのは……ダドリーの旦那だ……。報酬を弾むって話だったのに、とんだ貧乏くじ引いたぜ……畜生が……」
そう言った主張を何人かから引き出すことで、ダドリーの主張に裏付けが取れたという形だ。湖に薬瓶を投げ込んだのもダドリーだ。薬の性質を考えるのなら護衛達に目的を知らせないし薬を扱わせないというのも納得のできる話だった。
それを伝えていなかったから、護衛の者達が口裏を合わせずともダドリーが主導したというのはこの場での尋問だけでもすぐにバレてしまうことだ。だからダドリーもこの場では嘘を口にするのは悪手だと判断したのだろう。
いずれにせよ、口止めや買収にかけるしか方法がなかったのだろうが、それも失敗した形だ。ダドリーは地面に転がったまま、絶望的な面持ちで俯いていた。
やがてグライフが聞き込みを終えて戻ってくる。
「ありがとうございました、グライフさん」
クレアが礼を言うとグライフも頷く。
そのタイミングでスピカに先導される形で森を進んできたカール率いる巡回部隊の面々も森を抜けて湖に到着する。
「本当に――竜が倒されている」
カールは倒れた木々を跨いで湖周辺の荒れて開けた空間に出た所で呟くように言った。
倒れ伏したまま動かない竜と。そして、その近くにいるセレーナ達の無事な姿を視界に入れて「良かった……」と呟く。
スピカが声を上げて部隊の者達もその光景を目にする。
嘆息するように声を上げる者。目を見開いて固まる者。反応はそれぞれであったが、やがて誰からともなく喜びの歓声が広がっていった。
「すっげえ……! 本当に竜を倒したのか……!」
「手紙に書かれてた通りだ……。お嬢様達も全員無事だぞ……!」
「姉弟子さんも竜と戦った時、空から落ちてったからな。心配してたんだ……。みんな無事で良かった……」
竜を討伐した事だけでなく、クレア達の無事を喜ぶ声が多い。
カールは歩みを進めてクレア達のところまで来る。
「撤退の支援もと考えていたのですが――そのまま倒してしまうとは驚きました。竜の討伐、領主の名代としてお礼申し上げます」
そう言って、敬礼を以って応じる。巡回の兵士達もカールに倣うように敬礼を行う。
クレア達が頷くと、カールの表情が柔らかなものになった。それから安堵したというように息をつく。
「いや……本当に無事で良かった……。彼らも確保したんだね」
「そうですわね。ダドリーは湖に魔法の薬を投げ込んで、それによって竜を支配しようと考えていたようですわ」
「水源を汚した上に、竜に察知されて暴れられた、と」
カールは状況を理解すると蔦で拘束されて転がっている男達に視線を向け、眉根を寄せる。
「魔物用の薬だから、人に使うと危ないもののようですね。とはいえ……湖の浄化についてはディアナさんと一緒になんとかできましたが」
浄化が終わった氷のブロックも湖に戻し、湖全体に改めて浄化の魔法をかけ、今は清浄な状態に戻っている。湖の生物に出た影響はあるが、それについてはもうどうしようもない。新たに流れ込んでくる水と共に元通りになっていくことに期待するしかないだろう。
カールは改めて礼を言ってから、兵士達に指示を出す。
「ダドリー達を連行する。竜については――」
「こちらで領都まで運搬していきます。撒き散らした結晶も、近くにあって目に付いたものは箱に収めて持って帰れるようにしておきました」
「残りの後始末は鉱山の方ですわね」
「竜の巣穴か……。坑道の再開のためには安全確認や修繕も考えなければいけないけれど……竜の縄張りに強い魔物はいないだろうから、ゆっくり進めれば大丈夫かな」
カールが思案しながら言うとクレア達も頷く。流石に竜との戦いの後に鉱山の様子まで見に行くというのは遠慮したいということもあり、そのまま撤収するということになった。
「は、離せ! 私を誰だと思って……! せ、セレーナ様! カール様! この者達を何とかして下され……! う、うおおおっ!」
「連れていけ」
「はっ」
倒れていたダドリーや男達を兵士達が引っ立てる。ダドリーに関しては足を骨折しているが、一応蔦と添え木がされているということもあり、両脇から兵士達に引き上げられて何とか進んでいけると言った具合だ。
痛みに泣き顔になりつつも誤解だ何だと喚いていたが、そのまま護衛の男達と共に兵士達に引っ立てられていったのであった。
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