第243話 戦いに赴く前に
温泉施設で休憩して食事をとり、談話室で族長や戦士達と話をして親睦を深め、クレア達は戦地ではあるが、ひと時の休息をとることができた。
温泉にはリュディアも顔を出していた。
「長老としてやることもあるから、あまり長居できないんだけどね。こういう場でないと個人的な話はできないから」
ミラベルやクレア達と話をしに来た、ということらしい。
久しぶりに娘に再会することもできたから時間を作ることができた、というのはあるだろう。
「監獄島の暮らしはどうだったのかしら」
「あの島に囚われていた者達は……帝国が支配下に置いた後のことを考えての人質扱いをされていたからな。労働は課されたし看守達は高圧的で、命令に逆らえば輪で痛めつけられるということはあったが……まあ、その程度だった」
「ミラベルさんは他の人質の方を庇うことが多くて、女子棟では頼りにされていたようですよ」
クレアが言うとリュディアが「あら。そうだったのね」と、嬉しそうな笑顔を見せ、ミラベルは少し気恥ずかしいのか頬を掻く。
「クレアさん達の探している同郷の人達にも……会えると良いわね」
「そう、ですね。反抗組織に行方の分かっていない母がいるかも知れないと、期待しています」
「それは……心配ね。その人も、きっとあなたに会いたがっていると思うわ。私も会えるように応援するし力を貸すわね」
リュディアの言葉に、クレアもほんの少しだけ微笑んで目を閉じる。
「ありがとうございます。私も、母と会ってお話をしてみたいです」
立場としてはミラベルとリュディア、クレアとシルヴィアの関係性は共通する部分が多い。だから、そんなリュディアの言葉は嬉しいものであった。
そうしてクレア達の束の間の休息の時間は過ぎていった。
明くる日になって。
クレア達は塔に滞在しつつ待機する形になったが、ダークエルフとドワーフ達の動きは慌ただしいものになっていた。
クレア達の提案した作戦に合わせるために装備を整え、決行するための準備を始めたからだ。リュディアによれば明日、明後日には動くことができるようになるということで。それまでは防衛施設と要塞にて帝国の動きを押し留めての現状維持ができればそれでいいということだ。
「元々外の部隊を撃退するため、足止めしつつ軍備の増強といった準備を進めていたらしい」
「それで迅速に動ける、というわけですね。こちらとしてはその作戦の決行前に加勢ができたので有難い話ではありますが」
「それは我らの台詞だな」
クレアの言葉にミラベルは苦笑する。クレア達の援軍は人数云々より保有する技術や立てた作戦の性質による部分でかなり影響が大きい。
戦奴兵対策があると言うことで、戦いの趨勢を大きく左右するものだからだ。
それに加えて手札の数々が帝国の想定を超えるものと予想される。
「不安要素としては――敵の指揮官ですか」
「そうだな。指揮官としては分からないが、固有魔法を持っている可能性が高い」
敵軍の指揮官は第五皇子バルタークだ。皇子を派遣して来ているあたり、帝国としてもダークエルフ達を従えさせることに力を入れているのは間違いない。
「ウィリアムさんの方は、大丈夫ですか?」
クレアが尋ねると、ウィリアムは自信ありげに笑って頷く。
「問題ない。増幅器は何度か使用することになるが、短距離故に消費される魔力は大したことがないからな。今回の一件が片付いた後で、巨人族のところに向かってもまだ余裕があるだろう」
「でしたら安心ですね」
クレア達も状況を細かく把握しつつ、要塞や防衛設備の状況を聞いて、状況の推移を見ながらも後は待つだけだ。
確認することもし、準備も諸々終わっていることも確認してすることがなくなったところで、ふとクレアは目を閉じて言う。
「大規模な戦い……というのは、やっぱり少し違いますね」
対策を立てた。持てる手札で最善を尽くせるように準備を進めた。
そうした、とは思うがそれでも戦争だ。これまでの戦いとて命を落とす危険はあったが、最善を尽くしたとしても味方に犠牲者は出るだろうというのが違いだ。戦いの結果として当然にそうなる。
「そうだな……。だが指揮を受けて動く側の立場としていうのならば……そうやって犠牲を最小限にしようとして、その上で勝利を目指そうとしてくれる指揮官や参謀の下で動けるというのは、有難いものだ」
「歴史を見ても後方で突撃しか命じず、その結果を顧みない指揮官の話、というものはありましたわ。それは極端な例としても、意義ある戦いの中で将兵に心を砕き、しかも共に戦ってくれるというのなら命を懸けることにも納得ができる……と私は思いますわ」
グライフとセレーナが言う。クレアの想いを察したのだ。
「それに、今回の作戦は私達で相談して立てたものだわ」
「作戦を受け入れたのも我々が判断して決めたことだしな」
ディアナとミラベルが頷く。責任を分け合うならば自分達もそうだし、作戦に乗ると判断した
「勝ちましょう。それが共に戦ってくれる戦士達に報いる方法だわ」
「戦いが終わって……それで何か思うことがあるのなら。僕も話ぐらい聞くよ。大樹海で部隊指揮の訓練もしたから、ある程度なら気持ちだって、分かる気がするし」
ルシアとニコラスも、辺境伯家に生まれた者として指揮官を務めた経験がある。だからクレアの思うことというのは他人事ではない。そんな、皆の言葉。応援するように頷いてくれるアストリッド達。
クレアはその言葉に、少し表情に出して微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。勝ちましょう」
そう言ってクレアが手を出す。皆で手を重ねて頷き合い、そしてクレア達は勝利を誓い合うのであった。
そして――作戦の決行日がやってくる。地下都市の広間に選ばれた将兵達が配置され、長老達が塔のバルコニーから魔法で声を響かせる。
「同胞達よ! 勇者達よ! 耳を傾けよ!」
「我らがこの場所を安住の地として以来、幾年月。大精霊様の見守るこの土地で、我らは誰の支配を受けるでもなく、我らの望むまま、誇りのままに平穏な暮らしを続けてきた!」
「しかし今、この地は危機に晒されている。隣国の裏切りと、帝国の蛮行。それにより、野戦では一度は敗れ、地竜門すらも奪われてしまった。それは事実だ」
長老達の声が地下都市に響き渡る。都市に住まう、全ての者達がその声に耳を傾ける。
「しかし、我らは諦めずに抵抗を続けてきた! 何のためにか! 決まっている! 我らの祖と精霊が与えたもう我らの宝を守るためだ! それはこの地であり、上に誰を頂くこともない、我らの自由と誇りに他ならない!」
「皆、よく耐えてくれたわ……! けれど、その雌伏の時も今終わる! 私達は頼れる味方に巡り合うこともできた! あなた達も知っての通り、ミラベルは帰って来たわ。それは、帝国とて勝てない相手ではないということを示している。私達はこれより、反撃に打って出る! 地竜門を奪い返すだけでは足りないわ! 戦友と共に戦い、外にのさばる侵略者達が誰の誇りを踏み躙っているのかを知らしめ、二度とこの地に踏み入らぬよう、痛みを教えねばらない!」
「共に戦い、勝利を我らの手に!」
長老が杖を掲げると、居並ぶ将兵達から咆哮に近い声が上がる。
びりびりと震える空気の中で、バルコニーから長老達と共にその光景を見ていたクレアが言った。
「では――始めましょう」
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