第163話 小さな頃の願いは
「それも小さな頃の話だ。今はそうした修行をしてきて良かったとも思っている。クレア達を守るための役には立つしな」
クレアが先程の言葉に反応したのを見て、グライフは笑う。そんなグライフの言葉に、クレアもまた微笑んだ。
「そうですね。私ではそういう方面は対応できませんし、頼りにしてます。それに――」
「それに?」
「行動や考え方に気を付けようと思えます。騎士や兵の力をどういう方向で振るうのかは、仕えている人次第だと思いますし。私の意思で力を貸してくれる人が悲しんだり、誇りに思えない事はしたくないなと。目的を間違えたり見失わないようにしたいところですね」
自分の固有魔法や知識にしても同じ。いずれの力を振るう場合も、あくまでもそれらは手段でしかない。ただ、王族や領主に仕える人々が命を受けて力を振るうのであれば……それは彼らの力を借りているだけで、命令者の意志でなされているものだと、クレアはそう思う。
だから王族としては暗部の力を振るう決断に迫られた時の事も、想定しておかなければならない。ならないはずだ。
戦いや汚れ仕事は必要ないと思考停止するのは簡単な話ではあるが、為政者であるのなら、そういう場面や決断を避けて通れない時が来るかもしれない。帝国に対抗しようとしているのなら、尚のことだ。
「お借りしている力をどう振るうかは私の意思です。もし……そうしなければならない時が来たとしても。それは私の意思で振るうということを、忘れないで下さい」
クレアが真剣な顔で言うと、グライフとディアナもまたその目を見て頷く。
「……分かった。だが、そうだな。そう考えているクレアの事は信頼している。もしそうするべき時が来たとしても目的に納得ができるのならば、自身を誇りに思いながら前に進めるだろう」
「そうね。クレアちゃんはきっと良い女王になると思うわ」
クレアがアルヴィレトの継承権の一位である以上は、国王ルーファスの安否に関わらず王位継承や即位というのはいつか来る話ではあるから。
二人の言葉を受けたクレアは静かに頷いてから、襟元にある青いブローチに軽く触れる。
「お二人とも……ありがとうございます。信じてくれる人に失望されないように頑張りたいところですね。ところでグライフさんの子供の頃は、どんな風になりたかったんですか?」
「あの頃は立派な騎士になりたい、だったな」
グライフは苦笑する。
「表向きは騎士家の生まれで、そこは変わらない。ならば平和な世であれば、暗部として動く必要もなく、真っ当な騎士として過ごせる等と考えていた。家名を誇れずにいた時期もあったが――その考えを改めさせてくれたのはオーヴェル殿だったよ。騎士達は王と民の槍であり盾だが、暗部もそれと何も変わらないし、騎士として尊敬しているのだと」
グライフの父――ジョシュアのお陰で王や沢山の騎士達の命が助けられた事件があるのだと、オーヴェルが教えてくれたのだ。
自分のせいで父には申し訳ないことをした、とグライフは振り返る。
暗部とは要するに諜報部隊であり、命があれば暗殺や裏工作の実行部隊でもある。
必要に応じて味方をも疑い、汚れ仕事をする事もあると。そう認めているから、まだ幼い息子には誇れる仕事だと言いにくい事ではあったのだろうと今ならば分かる。
だから外から見てどう思うのかを、誰しもが高潔な騎士だと認めているオーヴェルが伝えたというのは、その頃のグライフにとっての救いとなったのだ。
今では暗部である事にも誇りを持っている。それは仕える主が、クレアだからというのが少なからずあるだろう。
正しくあろうとしている。その上で暗部の必要性を認め、それを行う時は自分の意志なのだと言ってくれる。そんな主だ。主君としてはこれ以上ないと、グライフにはそう感じられるのだった。
登城した伯爵家の者達は王都に到着した事を報告してから、役人達と簡易にではあるものの褒章の受け渡しについての打ち合わせを行った。
打ち合わせについては、役人達がこういう流れで行うのでこういう対応をして欲しい、と簡単な流れを説明するような形だ。セレーナの礼儀作法はしっかりしているので、その点あまり時間を取る必要もない。といっても例えば冒険者や民衆と接する時、王国の貴族達もそこまで格式ばった礼儀作法を求めたりはしない。不敬な態度を示されなければそれで良いとなっている。
これがもっと接点の多くなるような者――例えば商人等となると少し話も変わってくる。特に御用商人等となれば付き合う頻度も増えるため礼儀作法が求められる事が多い。
その点、パトレックの商会などは機微を心得ていたりするのだが。
ともあれ、打ち合わせについては無事に終わり、それが終わったところでシェリルがセレーナ達のところに顔を見せに来た。
王城の一室にて、顔を合わせて話をする。
「討伐を果たした功労者が式典の打ち合わせのために登城するとは聞いていたけれど。やっぱりセレーナだったのね」
「恐れ入ります。正式な発表がなされていないので、外では話せなかったことをお許しくださいませ」
「話せなかったことは仕方ないわ。事情も……把握しているし察したところもあるから」
フォネット伯爵家の令嬢が討伐者と聞かされたために、すぐにセレーナとクレア達の顔が脳裏に浮かんだ形だ。
国内情勢に関する話として、ディアナの所属している商会がフォネット伯爵家にも繋がりが強いという話も聞いているし、クレアが振舞ってくれた料理の味と、城での会食の記憶を記録と照らし合わせたら食材が竜の肉だったという事がはっきりした。
つまりは――竜を討伐したのはセレーナとクレア、グライフ、ディアナ、それに従魔達だろうとシェリルは確信に至っている。
討伐者は他にもいるが登城は辞退したという話だ。冒険者等の場合、連絡がつかない、礼儀作法を気にして登城を敬遠するという事はままあることだ。
特に今回はダドリーに絡んだ初動ですぐに発表が出来ずに時間が経っていることもあって、一緒に討伐した冒険者達が同行していないというのは致し方ないと受け止められていた。セレーナが同行しているのならば問題はないとも。
実際は、クレアが目立ちたくないと考えているからだろうとシェリルは理解している。
登城して謁見の間で褒章も受けるとなれば、あの大きな魔女帽子を被ったままというわけにもいかない。王城であの素顔を晒せば、クレアの場合は確かに面倒な事になるだろう。
あの美貌で、しかも竜討伐を果たすほどの腕の立つ魔術師となれば、優秀な術師を自分の血筋に取り込みたい貴族達としてはまず捨て置かない。
クレアが王侯貴族との縁談を望むのならそうするのだろうが、登城を選ばなかった時点で彼女はそうではない、というだけの話だ。
進みたい道は決めているとも言っていた。人形繰りにしても縫製にしても、あれだけの技術を持っているのにその道を選ぶわけではないというのは、何か事情がありそうだとも思うのだが。
事情や思惑がどうであれ、シェリルはクレアのことを明かすつもりはない。契約をしたからではなく、友情と信頼にかけて人に話すつもりはない。それに、自分だけは知っているというのも秘密を共有しているようで楽しくはあるのだ。
それでもシェリルが竜討伐に関する話を聞きたいとセレーナとの面会を求めたのは友人の力になりたかったからだ。
「話を聞きに来た、とは言ったけれど、本当は困ったことがあれば言ってくれれば力になると伝えたかったからね。ダドリーの家が取り潰されているから、貴族達も当分縁談の類には慎重になるとは思うけれど」
「おかしな縁談を持ってくるような輩はお父様達が断って下さるとは思いますわ。私は当分辺境伯領におりますし、そういう意味でも抑止になるのではないかと」
「勝手に深読みさせるというわけね」
シェリルがにやっと笑うと、セレーナも笑って頷く。
辺境伯家との個人的な繋がりがあるのではないかと、勘繰らせようというわけだ。縁談云々の類はないが、友人として辺境伯家の子弟と付き合いがあるのは事実であるし、辺境伯家と伯爵家の関係も鉱山再開発の一件で協力している。
実際は再開発の情勢に合わせているという形で、中立の立場を堅持している形ではあるが。
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