第50話 過去の出来事と共に

 クレアとセレーナは宿1階の食堂で飲物と軽食をとりながら魔法談義や狩り、採集に関する話や雑談等々をしていたが、やがてロナとグライフがそこに降りてくる。


「待たせたね」

「お話は終わりましたか?」

「ああ。すまないが、この後クレア嬢にも時間を作ってもらって良いだろうか」

「それは――」


 クレアが視線を向けると、ロナは静かに言う。


「グライフは、あんたの知りたい事を知っている。あたしからあんたに言えるのはそれぐらいだ。あんたに嘘を吐かないという魔法契約もしている」

「――はい」


 クレアはそれで、ロナとグライフが何の話をしてきたのかを察したらしく、真剣な表情になる。


「それと――話を聞くかどうか、伝えるかどうかは、クレアと、セレーナ、あんた達で決めな」

「……わかりました。では、グライフさんとお話をしてきます」

「ああ。聞いてからじゃないと、その辺も判断できないだろうからね」

「はい。あ、話をする前に。セレーナさんには言っておきます。私はどうであれ、セレーナさんの考えを尊重する、ということは伝えておきます」

「それは――」


 セレーナが目を瞬かせる。


「ま、大体どういう方向の話になるかは、あたしの方から言っておこう。スピカ。あんたもここにいな」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」


 クレアとグライフを見送り、スピカを預かったロナがセレーナに目を向ける。ロナは茶を注文すると、消音結界を展開してからセレーナの向かいに腰かけた。


「私が聞くかどうか、と仰いますと……」

「クレアの事情さね。あれも普段飄々としてるとこがあるが、それなりに抱えてるものがあってね。深く関わるのならそっちにも関わる事になる。そうするのなら、踏み込むのに覚悟ってのがいる。……それぐらいの事情だってのは念頭においておきな。これは別にあんたを試すだとか、そういう意図がないってのははっきり伝えておくよ」

「……わかりましたわ。お話が終わるまでに、きちんと考えておきます」


 軽々しく返事をできる事ではない。姉弟子への尊敬や恩義といった部分から心情はともかく、時間と選択肢を貰って二つ返事で考えもしないというのが、逆に不誠実に感じたセレーナはロナの言葉にそう答える。


 それでも――考えた上でも自分の心は変わらないのだろうとセレーナは思う。

 もし選択の余地がなかったとするなら。自分はきっとクレアの為に前に踏み込もうとするだろうから。




 改めて、クレアとグライフがテーブルを挟んで向かい合って腰かける。帽子は脱いで、顔を見せてはいるが、どんな話か分からないために


「お話をお伺いする前に確認しておきますが――私の、過去に関する話、でしょうか?」

「そうだな。そして俺にとっての過去に関する話でもある。魔女殿にも言ったが、聞くかどうかは、貴女に任せる。魔女殿や、セレーナ嬢との生活が良いものであるのならば……過去に拘わらなければならない必要などないと思っている」

「それでも伝えたいと思うのは……グライフさんにも理由があるからなのではないですか?」


 クレアはグライフを見やる。


「……ああ。俺にも理由はある。だが、それはあくまでも俺の理由だ。貴女が慮り、優先する必要はない。そして貴女がそれを知っておくべき状況なのか。知っているのか、知りたいと思っているのかどうかには、日が浅い俺には判断ができなかった」

「だから先にロナに話をして、判断をしてもらったと」

「そういうことになる、な」

「納得がいきました」


 クレアは静かに目を閉じる。

 目蓋の裏に浮かぶのはあの、自分を守ってくれた背中。それから、名の刻まれていない墓標。自分を助けてくれた前世の恩師。ロナやセレーナの顔だ。


「……私は、これまでに沢山の人に助けて貰った。生まれて間もない頃の記憶が少しだけあって、それは今でも脳裏に焼き付いているんです。私を、助けてくれた人達がいる。けれど私はあの人達の名前も、何故そうしてくれたかの理由も知らない。知らないままにここにいるのは寂しいし嫌だって、ずっと思ってきました」


 クレアはそこまで言ってから、目を開く。グライフを真っ直ぐに見据えて、言った。


「グライフさんの知る話がそこに繋がるかは分かりません。分かりませんが……私の想いはずっと変わっていない。ですから、教えて下さい」

「……分かった」


 グライフが頷く。そうして話を始める。


「俺は――小国の生まれでな。その国の名を、アルヴィレトという」

「アルヴィレト……」

「国名自体知られてはいないな。北方の結界と峡谷に守られた隠れ里のような国だった。しかし、由緒正しい王家があり、騎士団や戦士団があり、民がいた」


 滅びた小国。グライフの語る言葉も過去形だ。


「北方にある小国や部族が困難に直面する理由についてはよくあるものだ。帝国の侵攻や圧力が原因だな。俺は……まだ子供の頃、帝国の侵攻で捕らえられて、あの国の戦奴となりかけた、というわけだ」


 グライフは自身の頬に残る刀傷の痕に少しだけ触れて言う。

 戦奴という言葉に、少女人形がぴくりと反応した。帝国は必要であれば従属の首輪も使って、併合した国、滅ぼした国の見込みのある者達を兵隊にする。


 グライフの場合、騎士の家系の子供であったために戦奴とされかけたが幸運にも逃げることができたと語る。


「あの歩法や動きの緩急というのは、それですか」

「そうだ。俺の家系は騎士とは言っても、それは表向きの肩書きでアルヴィレトにおいてのかつての暗部だった……らしい。そういうものが必要な時代がアルヴィレトにも存在していたということなのだろう」


 グライフは苦笑する。つまりは、アルヴィレトも小国ではなかった時代があるということだ。グライフもその両親も、祖父母達ですらそんな時代を知らない。

 ずっと昔から隠れ里のような小国だった。しかし暗部の技術自体は継承されてきたのだ。


「だが帝国の侵攻で国は滅んでも、全員が捕まったわけではない。女子供は優先的に逃されたし、戦える者達は帝国の侵攻に抗った。俺は捕まってしまったが――その後に帝国の戦奴としての身分から抜け出し、他の……逃げおおせた者達の足取りを、冒険者をしながら追っていたわけだ」

「では――あの方達や私は」


 何故彼らが逃げていたのか。察したクレアが言う。


「アルヴィレトの出身だろう。そして、アルヴィレトは……ある重要な人物を逃すために、いくつか偽装をしている。同じような逃亡者の組み合わせを作り、分散させて逃がすことで、追手がかからないようにした」


 グライフは一旦言葉を切り、目を閉じる。伝えるべきか否か。最後まで逡巡するかのように。それから目を開くと椅子から立ち上がり、片膝をついた。


「私が探していたのは、今年で12歳になるはずのクラリッサ=アルヴィレト王女殿下にあらせられる。貴女は――帽子の下の髪や瞳の色も陛下や王妃殿下とは違えども、面影が似ておられた。そして貴方が使った鞭の魔法を放った際の動き。あれで確信に至りました」

「アルヴィレトの……武芸や技法に通じるものがありましたか」

「はい」


 自分の過去から来るものであるから、それを知る者がいるなら手がかりに繋がると思っていたところはある。事実、グライフは年齢や面影、技術といった断片的な材料を繋ぎ合わせることで探し出してきた。


「ですが、もし私がそうなのだとしても敬語とかはやめて、今まで通りにしていて下さい。私も勝手が違いますし、それを基準にしていると人目のあるところで振る舞いが出て、露見してしまう可能性もありますからね」

「……分かった」


 グライフは静かに言うと、元通りに椅子へと腰かけた。

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