第100話 尋問
クレアの身体に張り付いていた魔封結晶に罅が入って砕ける。竜の絶命と同時にその力が弱まったか。内側からの魔力に拮抗できず、砕けたという印象をクレアは受けた。
竜がばら撒いた結晶の数々は、そのまま消えるでもなく残っている。鉱山竜が生成したということなのだろう。
「やりましたわ……」
セレーナはしばらくの間倒れ伏して動かない竜を見ていたが、やがて天を仰いで息を吐く。
長年竜に鉱山を奪われていただけに、最後は自身の手で決着をつけられた。フォネット伯爵家にとっては悲願であっただけに、こうやって成し遂げられたという事にすぐには実感がわいてこない。ただ、皆無事で生き残れたという安堵の方が強い。
「怪我は――大丈夫ですか?」
クレアが問うと、セレーナとグライフは頷く。
「大丈夫だ。クレア嬢が守ってくれたからな」
「そうですわね。クレア様が作って下さったポーションやエルムと開発した防具もありますし」
「うふふ。それは……効果が高そうね」
「ロナ直伝ですからね」
そう言ってクレア達は竜が絶命していることを確認しつつ、お互いの無事を確認し合ってからポーションで竜から受けた傷の治療を行った。
「すごいわね……。みんな、強くて本当に驚いたわ」
「ディアナさんの広範囲幻術があるからこそ立てられた作戦ではありますね。最後の作戦も……意識を分散させることが必須でした」
「そうですわね。改めてお礼を言わせてください。突発的な事態ではありましたが、被害が広がらずに止められたのは、皆さんのお陰です。伯爵家の者として感謝を申し上げますわ」
セレーナが一礼し、クレア達は微笑んで頷く。
「何よりだ。残りは――後始末か」
微笑ましそうにしていたグライフであったが、少し気持ちを切り替えるというように表情を真剣なものにすると、視線を戦いの場からやや離れた場所に向ける。
「ああ……。あの方達の事は途中から頭から抜け落ちていましたが……」
「あの人達からは少し離れた場所に誘導して結界で落としはしましたが……流石に余裕がなかったですからね……。湖の事も含めて、後始末が色々と面倒そうではありますが」
王都の役人――ダドリー一味だ。セレーナが固有魔法で視線を向けると、男達の魔力反応が一応転がっているのが見えた。
「生きては……いるようですわね。怪我の具合は分かりませんが、逃げられてもいません」
「何よりだ。動けないのなら、治療も最低限で良い。毒の種類や情報を吐かせたい」
「兄様達も、こちらに移動中のようです。森の破壊痕を見ると――巻き込まれてはいないでしょう」
箒で空中に移動して、セレーナは遠くにいるカール達の無事を確認する。
「それは何よりです。スピカ、手紙を預けますのでカールさん達に竜を倒したことを伝えて頂けますか? お互いの無事を確認したいですし、ダドリー達を連行するのにも、人手があった方が助かりますからね」
スピカが肯定の鳴き声を上げて応じる。
「巡回の方々に怪我人は出ていない――と思いますが、竜も広範囲に吐息を撒き散らしていましたからね……。一応、ポーションと返信用の手紙も持って行って下さい」
ダドリー達の捕縛や湖の状態を確認することを優先させるのは、貴族家の令嬢としての責任感故なのだろうと、クレアはセレーナを見て頷く。
それからクレア達は毒物の混入された水を証拠として容器に入れて確保してからダドリー達の状態を確認しに向かった。
ダドリー達は――竜の最初の吐息で吹っ飛ばされた後、意識を失ってそのまま倒れていた者と、意識が残っていて、戦闘域から少しでも離れようと地面を這って移動していた者とに分かれていたようだ。
全員状態は良いとは言えない。身体に結晶の欠片や木の破片が突き刺さっていたり手足の骨が折れていたりと重傷と言っていい。ただ、鉱山竜が最初に放った吐息は、竜からすると牽制の様子見程度のものだった。その程度で戦闘不能になっていたからこそ、ダドリー達は竜に捨て置かれた。文字通りの歯牙にもかけられなかったという奴だ。
「逃げられても厄介だ。応急処置程度に留めておこう」
「ポーションで失われた血まで戻るわけではありませんから、傷口を塞げばとりあえずは凌げそうですね……。骨折に添え木ぐらいは用意しておきましょうか」
「ん」
クレアの言葉にエルムがこくんと頷く。添え木を作るにしても、エルムの能力であればすぐに丁度良い形状や強度のものを用意できるというわけだ。
深手と思われる者から順番にポーションを用いて傷を塞ぎ、その上で逃げられないように武器を取り上げて拘束をしていく。傷の重い者はやはり意識を失っていたりする者が多いという印象だ。
「彼らも一応、ポーションの類は用意してきたようね」
「爆発に巻き込まれて割れてしまっていますわね」
救助した連中の持ち物を軽く確かめた感じでは竜の吐息に巻き込まれて瓶が割れていただめ、台無しになってしまっていたようだ。
ここでもエルムの能力により、蔦を用いて拘束用のロープを形成。骨が折れていないなら手足を拘束して身動きが取れないようにしていく。
その怪我人の中に――。
「あの方がダドリーですわね……」
ダドリーは血に塗れて痛みに呻き声を上げていた。
竜が暴れ回っていたからか、できるだけ離れようとしていた痕跡が見られるが、途中で痛みに耐え切れなくなったのか、それとも竜が倒された事でもう逃げなくてもいいと判断したのか。
「意識はあるようですね」
「きゅ、救助に来たのか……!? 金ならくれてやるから、私を助けろ……!」
クレアが近付くと、その足音を聞いたのか、折れているらしい足を抑えながらダドリーが喚いた。
「……俺が代わろう。クレア嬢やセレーナ嬢が接する必要のない人物だ」
グライフが前に出てポーションを取り出すと、無造作にそれを振りかけた。
傷が塞がって痛みは多少引くだろうが、振りかけただけでは折れた骨は繋がらない。
骨折に関して言うのなら、ポーションを振りかけるのではなくそれ用に調整したものをしっかりと飲ませる必要があるが……今回に関してはその必要もない相手だとグライフは思う。
「ん」
傷が塞がったところでエルムの蔦が腕に絡みついて後ろ手に縛り上げる。
「な、何をする……! 私を誰だか分かっているのか!?」
ダドリーが怒声を上げるがセレーナは目を閉じて小さくかぶりを振ると口を開いた。
「あなたこそ、ご自分が何をしたか理解しているのですか?」
セレーナの声に、初めてダドリーはそこにいるのが誰だか把握したようだった。
「セ、セレーナだと!?」
身体をセレーナ達の方に向けて驚きの声を漏らすダドリー。
「お、おお。セレーナ様でしたか。これは失礼しました。実は厄介ごとに巻き込まれてしまいましてな……!」
急に取り繕うダドリーであったがセレーナは構わず言葉を続ける。
「言い分があるのでしたら、私にではなく、伯爵の前でお願いします。領主の許可もなく禁足地に踏み入り、水源に毒を混ぜて徒に竜を刺激し……このような事態を引き起こしたことの意味をお考え下さいませ」
セレーナが言うと、ダドリーの顔色が変わる。視線が泳いだ後でダドリーは言った。
「ち、違うのです! 私はあいつらに無理矢理連れられて……!」
考えてからそう言った。
第一、先程透視した時、ダドリーは男達に湖を指差して何事かを指示していた。救助された時にしても無理矢理連れて来られた者のする態度ではないようにセレーナには感じられた。
「そうだとしても、申し開きは伯爵の前にてお願いしますわ」
取りつく島もないセレーナの様子に言葉を失うダドリー。
「……十分だろう。後は俺が代わろう。こういう場面で情報を引き出すのは専門分野だからな」
グライフが前に出る。
「……そうですか。では、この場はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「無論だ」
毒の種類によっては被害が拡大する可能性もある。それならば状況の把握は早い方が良い。
「な、なんだ貴様は……!」
「お前達の事情は知らないし興味がない。聞きたい事は一つだけだ。お前達が湖に入れた毒物について、知っている事を全て話せ」
「し、知らない! あいつらが勝手にやったことだ! 私の知ったことか!」
「そうか。では、方法を変えよう。湖から証拠として汲んできた水がある。これをお前達で試してどんな毒なのか調べるのが手っ取り早そうだが……どう思う? 竜が暴れ回るのに巻き込まれたのだとして湖に投げ込んでおけば、後から誰にも分からないし興味も持たないだろう」
グライフが水筒を取り出して言うと、ダドリーの顔からますます血の気が引いた。
「止めろ……! お、お願いですセレーナ様! こ、この男を止めて下され!」
ダドリーはセレーナを見て訴えるが、そのセレーナはと言えばもう話す必要はないとばかりにクレアと共に他の男達の応急処置と拘束の作業に移っていた。
半分は、グライフのはったりだ。湖の水は確保しているが、それはグライフの使っている水筒ではなくクレアが用意した空き瓶の方に収められている。
グライフは水筒の中身を少し揺らしてから言葉を続けた。
「もっとも……正直に全てを話すことで、印象が変わるという事もあるのかも知れない。話す口は一つか二つでも十分だが、正直者でなければ意味がない。言葉にしても後から嘘だと分かれば……まあ、死罪は免れ得まいな」
そう言いはするが、こういった経緯を有りのまま伝えはしても、グライフはそれで便宜を図ってやるつもりもなければ殊更弁護してやる義理もない。恐らく、ダドリー達は王国の法に照らされて処分されることになるのだろう。
グライフの言葉に、ダドリーは具体的な未来を想像してしまったのか震えだし……やがてがっくりと項垂れたのであった。
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