第140話 再会と告白
馬車の車窓から見えたのは、シェリーの顔だった。服装は王都で会った時とは少し違って、頭に銀色のティアラのようなものを付けているのもしっかりとクレア達には見えてしまった。
宝冠というのは形や色にも全て意味を持たせている。どこの誰というのを示す目印になっているから、爵位や身分が分かるのだ。
だから、馬車に家紋がついていない馬車であっても、誰だというのが一目でわかる形になっていた。新しく宝冠を作ったとしても、身分を示す部分の形式だけは変えない。
当然、そういった宝冠を身に付けるような面々と対峙した際に、何かあってはいけないからということで、その辺もクレアはロナに習っていたし、セレーナも王国貴族の令嬢として当然知っている知識だ。
家紋の無い馬車は、お忍びだったという事だろうかとクレアは理解してしまう。
シェリーは辺境伯領に足を運んだことはないようだったから、お忍びで行って何かあってはいけないからと、そろそろ馬車から降りようかというタイミングで宝冠を被ったところに城から出てきて帰る自分達と鉢合わせてしまった、と。
そういう前提に立った上でよく見れば、護衛の冒険者達も人数がやけに多いし、馬に乗っている者もいる。全員が偽装なのか、身に付けている装備も王国の騎士や兵士が好みそうなものだったりする。
ゆっくり進んでいた馬車の車窓から一旦シェリーの顔が引っ込み――もう一度恐る恐る覗き込んでくるが、宝冠を外してぎこちない笑みを浮かべていた。
「あー……えっと」
少女人形が困ったように頬を掻くと、シェリーも「ふ、ふふ……」と、少し笑った後に諦めたように首を横に振る。
「止めてもらえるかしら。知り合いだから心配はいらないわ」
シェリーが御者に言うと馬車が停止し、扉が開いてシェリーが降りてくる。その傍らには使用人の格好をしたポーリンも控えていた。
宝冠は付けていない。お忍びの立場だからと、護衛達の動きも派手なものにならないように控えさせている。
クレア達もシェリーがお忍びの立場での対応を望んでいると理解し、それに応じる。
「お久しぶりです」
「ええ。久しぶりね。何というかその……間が悪かったわ」
「間……。そうですね。私達も辺境伯家の用事があるという事で、今さっき出てきたところでして」
「もう到着するからと油断したというのはあるわね。貴女達なら辺境伯との繋がりがあっても不思議ではないと、予想しておくべきだったかしら……」
シェリーは目を閉じて腕組みをしつつそんな風に唸っていたが、やがて「んー……。反省するとしたらこんなところかしら」と、そう言ってからクレア達を見る。
「折角だし、このまま一緒にどうかしら? 貴女達も気になるでしょうし」
「そう、ですね。出てきたところでまた戻るというのも何ですが、そちらの方が話も早いですか」
クレアが城の方を見ると、足を止めている馬車に何かあったのかとリチャードを始め、辺境伯家の面々が正門から見ていた。
クレアとシェリーがやり取りしているから様子を見に来たわけではなく、シェリーを出迎えに来たのだ。
シェリーがクレアと笑顔で話をしているのを見て、何かを察したような表情をしていたが。
「私も辺境伯と話をすることがあるから、少し待たせてしまうかも知れないけれど……。まあ、事情は説明するわ。辺境伯にも話を通しておくから」
「はい。大丈夫ですよ。みんなと話をしながら待っていますね」
クレアの返答にシェリーは頷いて、再び馬車に乗り込んで前に進んでいく。クレア達も護衛に会釈し、その後についていく形で城へと戻るのであった。
「宿には遣いを出してくれるとさ。夕飯はこっちで食べることになるかね」
ロナが辺境伯家の使用人と話をした後で言って、それからクレアに尋ねる。
「で、あの子がドレスを渡すって言ってた娘かい?」
「はい」
「お名前は偽名だったのですか……。しかし、あまり変えてはいなかったのですわね」
本人が語っていないために名前は出していないが、王国の王女の名はシェリルだ。確かに、名前にあまり捻りはない。セレーナが少しシェリル王女について知っていることを話す。
「あの方についてはクレア様達も察しがついているとは思いますが……。幼少の頃は病気がちだったという事で表舞台には姿をあまり見せてこなかったのですわ。私はお会いする機会には恵まれませんでしたが、成長に従ってご丈夫になられたと聞いて、家族と共に喜んだものですが――」
「確かに、そういう印象はなかったわ」
「シェリーさんは堂々とした立ち居振る舞いという感じですね。王女様と言われたら納得できます」
セレーナの言葉にディアナやクレアがそれぞれの印象を口にする。芸術が好きで、クレアの衣服に惚れ込んだ少女であり、ロシュタッド王国の王女。
「分からんことは本人に聞けるだろうさ」
「お忍びだとしても、それは何ら問題ではないしな」
ロナとグライフも応じる。身分を隠して街に降りていたとしても当然初対面の相手に自身の出自を語るようなことはしない。それはクレア達とて同じようなものだ。
シェリルは話をするとは言っていたが、隠し続ける事情があるのかないのか。クレアとの違いはそこだろう。そういう意味ではクレアの方が明かせないことというのは多い。それでもクレア達からも明かせること、明かした方が良いことというのはある。
例えば、帝国から鍵の件で狙われていて警戒をしている事はシェリルが重要人物であるならば伝えておいた方が安全だろう。
それから、セレーナの出自。それを言ってしまえば竜の討伐についても伏せておく理由がない。いずれ王城で褒章を受け取るのだから、セレーナについてはバレるし、クレアがそこに出席しない事も帝国や領域主の一件と合わせて伝えておいた方がシェリルからも理解を得られるだろう。
クレア達からも伝えるべきことの話をしつつ待っていると、やがて扉をノックする音が響いた。室内から応じると、使用人が姿を見せてシェリーが来た事を告げ、ポーリンと共にシェリーが入室してくる。ティアラは被っていない。
シェリーとしての立場で来ているので、そのように接して欲しいという事でもあるのだろう。
「お待たせしてしまったわね」
「いえいえ。話をしながらも待っていましたから」
「辺境伯への説明は済ませてきたわ。辺境伯領や大樹海の見学でもあるし、個人として友人にも会いに来て、依頼していたドレスを受け取りに来た、と」
「お手数おかけしました。ドレスは街中に預けてあるので今手元にはないのですが……」
クレアが応じると心得ているというようにシェリーが笑みを見せる。
「そういう予定だったものね。だから楽しみに待っているわ」
嬉しそうにしているシェリーであるが、気を取り直すように表情を引き締め直し、互いにソファに座って話をする。
「まずは自己紹介からね。もう察しがついていると思うのだけれど、私はシェリル=ロシュタッド。ロシュタッド王国の王女という立場だわ。ただ、この立場だと一々大袈裟なことになってしまうから、お忍びで観劇に行ったりしていた、というわけね。それから――」
シェリーがポーリンに視線を向けると、ポーリンも一礼してから名を名乗る。
「はい、殿下。お察しかとは思いますが、私は近衛であり、シェリー様専属の護衛となります。本名はパウリーネ=アルプラゴと申します」
「はい。ポーリンさんもお久しぶりです」
そう言って、クレア達からも紹介を行う。
「私やセレーナさんの魔法の師匠である、ロナです」
「辺境伯から、大樹海の黒き魔女殿と聞き及んでいます。ご高名は王都にも届いておりますわ」
失礼のないようにと緊張している様子のシェリーであるが、ロナは苦笑して応じた。
「そんな御大層なもんでもないから気軽に接しとくれ。セレーナに関してだが」
「はい。私はセレーナ=フォネットと申します。改めて、よろしくお願い致します」
セレーナがスカートの裾を摘まんで挨拶をするとシェリーとポーリンは少し驚いたような反応になる。
「フォネット伯爵家の――」
「はい。王都を訪問した時はダドリーの騒動が収まっていなかったので、家名を名乗れず失礼しました」
「そういう事なら納得ね」
シェリーが頷く。
「そして、この子達は私の従魔です。それぞれ、スピカ、エルム、チェルシーですね」
クレアも後ろに控えていた従魔達を紹介する。名前をクレアに呼ばれたタイミングでそれぞれお辞儀をする従魔達である。
チェルシーについては元々シェリーに会いに行くという予定だったので、今回は姿を見せている。その姿は光沢のあるドレスを纏った、クレアと同じぐらいの少女といった佇まいではあるが、その背中には透けるような羽根があった。妖精の姿をしているのは、シルキーを模した人形だからだ。
シルキー。家事を手伝ってくれる妖精、或いは亡霊などとも言われている存在だ。そう言った妖精をモデルにしているから、性格面でもそう言った部分が寓意として反映されているのかも知れない。
「可愛らしい子達ね。服や装飾の意匠も素晴らしいわ」
シェリーは従魔達の纏っている衣服や装飾品を見て眼福というように表情を綻ばせた。従魔達もクレアに作ってもらった品々は気に入っているのか、こくこくと笑顔で頷いたりしている。どうやらその言葉で、シェリーに対しての好印象を持ったようであった。
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