第139話 自動人形と来訪者

 木剣をぶつけ合う音が響く。城の訓練場にてグライフとウィリアムの配下が木剣にて切り結べば、両者とも王国剣術とは違う技術の使い手ということで訓練場にいた騎士や兵士達の注目も集まっていた。


 この場でグライフが使っている技はアルヴィレトのものをベースにしているが、暗部の体術は人前なので伏せている。正統派の剣術というにはかなり崩されていて、掌底や回し蹴り等も混ざるような実戦的なものだ。冒険者らしいと言えばそうだが、この辺は綺麗な剣術を見せると出自を相手に考えさせてしまうというのもあって、冒険者生活を続けていく中でその辺の技術をアレンジした部分があった。


 時と場合によって動きを切り替えて、それでも一線級というのはグライフの技量の高さと器用さ故だ。

 動きを切り替えて翻弄するのも込みで暗部の技術ではあり、こと体術とその技量に関して言うのなら、グライフのそれは非常に洗練されている。


 とはいえ、互いに相手を本気で倒しに行くほどの動きではなく、あくまで手合わせ、訓練といった印象だ。

 ウィリアムの配下の動きも正統派の帝国剣術とはまた違い、拳足等を攻防の中に交える変則的なものが多い。こちらは喧嘩殺法と帝国剣術という動きで、紛れもなく実戦の中で練られてきた実戦的なものだった。


 そうした剣術、体術へのトーランド辺境伯領の武官達の印象はどうかと言えば、非常に良い。実戦で綺麗も汚いもない、生き残るためなら魔物も敵兵も何でもしてくるということをよく分かっているからだ。


 近い間合いでの踏み込みと同時に鍔でかち上げ、踏み込んだ足を相手の足に引っ掛けるような足技を繰り出す。腰だめの刺突で跳び込んでいくような動きを見せつつ、突如極端に身を低くし、滑り込んで下から切り上げるような動きへの変化。


 正統派な斬り合いからいきなり実戦的な技法や変則的な技が飛び出すその訓練が、見ていて飽きないというのは確かだろう。


「うおっ!?」

「っと」


 体勢を崩して後ろに倒れそうになった男の腕を、グライフが掴む。


「いやあ、分かっちゃいたが格上だな。誘導されてるのを感じるわ」


 グライフに引き起こされた男は笑いながら言う。


「一度実戦で戦っているというのはあるな」

「まあ、手の内は見せちまってるからな……。さっきの踏み込んでかち上げながら足を引っかける奴は、実戦だと足を踏む感じか?」

「間合いによって使い分けているな。遠ければ踏むが、近ければさっきの方が見切りにくいし、そう見せかけて急所や鳩尾に膝蹴りという選択もある」

「おっかねえこと言いやがる。だがまあ、俺も自分の動きに組み込めそうだから機会がありそうなら真似させてもらうぜ」


 男がにやりと笑い、グライフも応じるように笑いながら感想戦をする。そういったやり取りに「なるほどな」と城の武官達も得心したというように頷いているあたり、こうした技術も辺境伯領の武官達に組み込まれるのだろう。


 イライザも帝国の魔法を披露するということで、手刀を振るうようにして三日月状の氷の刃を無数に飛ばして木人形に斬撃を刻んだりと、イルハイン戦ではまだ見せていない白兵戦の技術を見せていた。クレア達と戦った時もイルハインと戦った時も、読心の固有魔法に集中していたため、前に出られなかったというのはあるのだろう。


 クレアやウィリアムも見せて問題のない範囲の魔法を披露しつつ、話をする。


「そう言えば、私達があっちに飛ばされることになったあれも回収しています。あれも解析をしていたのですが、罠やら余分な機能を外す形で再現できそうではありますね」


 クレアが隣で魔法を撃っているウィリアムにそんな話を振った。増幅器の話だ。


「作った者の事を考えると複雑な心境ではあるが……あれを持っておく事で王国側から帝国側に作戦や工作を仕掛けるということはできるな」

「なるほど……。何かの役に立つかも知れませんし、解析を進めて、増幅機能だけのものを新しく作るというのは良さそうですね。解析が終わった後に新造する際は辺境伯に伝えても良いですか?」

「ああ。そういう作戦を実行するしないはともかく、辺境伯の指揮下で行うことになるだろうからな」


 そう言いながら氷の散弾のような魔法を撃ち放ち、ウィリアムは木の人形に穴を穿つ。

 イライザ共々、帝国の魔法に氷の系統の攻撃術が多いのは、北方にある帝国の事情故だろう。低温による攻撃は寒冷な環境と相まって、相手の体温を奪い、その場の怪我だけに留めず被害を大きくするのだ。のみならず、高度な術者は氷の欠片に毒を混ぜるため、帝国の魔術師の殺傷力は非常に高い。


「帝国の魔法は合理的な印象ですね」

「そうだな。だが、あくまでも戦いのための道具として発展したものだ。俺は王国やクレア達の使う魔法の方にこそ、価値があると思う」

「従魔達の扱い方にしてもそうですね。何だか……一人増えているようですが」


 ウィリアムとイライザが感心しているクレアにそんな風に答える。クレアの襟元から小さくなった従魔達が顔を半分だけ覗かせていたりするが、スピカとエルムに加えてもう一人……。新顔の従魔が増えている。ウィリアム達にはリボンボンネットと呼ばれるタイプの白い帽子を被った、少女――のように見える人形だ


「ああ。そうですね。この子はチェルシーです。紹介したいところなのですが、留守番を考え、戦闘目的ではない自動人形を作ったのですが……外では姿を隠したがる人見知りする性格の子になってしまいまして……」


 クレアがチェルシーの名を呼ぶと、軽く会釈してから襟元に引っ込んでしまった。


「なるほど……。自動人形とは、不思議なものを」

「中々可愛らしいですね。いずれきちんと挨拶をしたいところです」


 ウィリアムとイライザが応じる。


「そう、ですね。宿の部屋などなら姿を見せてくれるのですが」


 従魔として登録した自動人形のチェルシーではあるが、家の中では活動的になるが、外と自身が定義した場所だとかなり消極的だ。


 性格設定は平和的なものになるようにしたが、こうした姿を隠すような性格はクレアが特段意図したところではない。

 恐らくクレアが作ったことと、モチーフにしたものの寓意が作用してこうした性格になったのだろうとロナは予想している。

 墓守はもっとシステマチックな部分があったが、それよりも情緒が豊かなのは、エルムと同様、クレアの魔力のなにがしかが作用していると思われた。


 そんなチェルシーが姿を隠していたのに顔を覗かせたのは、主であるクレアが魔法を使うところを見ておきたいという理由によるものだった。


 そうやって暫く訓練場で交流等もしていると、ロナとアンジェリアも姿を見せる。


「辺境伯の予定が少し前倒しになったそうでね。今日のところの解読作業はもう大丈夫だって連絡が来た。まあ、元々前倒しになる可能性もあって準備していたと言っていたが」

「んー。私も訓練風景を見てみたいところはあったのだがね」


 ロナとアンジェリアが言う。城内の兵士達の動きも少し慌ただしくなっていることから、クレア達もそろそろ撤収しようという事で、城の者達に挨拶をし、ウィリアム達には次の再会を約束しつつ、宿へと戻ることとなった。


 家人達から見送られる形で城門を出て城から続く大通りに向かおうと歩みを進め始めた時だ。道の真ん中を冒険者らしき者達の護衛隊を連れた馬車が進んでくるのが見えた。立派な作りの馬車ではあるが、家紋等はない。


 来客か何かがあってそれを迎えるために辺境伯家が準備をしていたのだろうかなどと話をしながら進んでいたが、すれ違う時に馬車の車窓から声が聞こえた。


「あ」


 という小さな声。その声が耳に届いたクレアがそちらに顔を向ける。馬車の車窓に、クレアの見知った顔が驚きの表情を浮かべているのが見えた。

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