第25話 墓守との戦い
攻撃する意志が、あるのかないのか。佇んだまま、影法師のようにゆらゆらと静かに揺れているが、クレアに向けられる魔力は変わらず。
稀に報告されることがある。遺跡に出没する魔法生物だ。その姿や能力は千差万別だが、遺跡を守ろうとすることから、総称として墓守と呼ばれる存在。
「遺跡に触れないようにするのでやめません? ……と言っても言葉は通じませんよね」
クレアは一応魔力の波長で戦いに積極的ではないことが伝わらないかと試みてみるが――。
「っと……!」
返答は唐突に放たれた地面からの攻撃だった。飛び出した黒い触腕が、クレアの身体を刺し貫くような軌道で叩き込まれる。
当たっていない。展開していた糸に引かれるように上空に向かって跳んでいる。それを追うように黒い影から無数の触腕が伸びた。
その時は、クレアの思考も完全に戦闘用のそれに切り替えている。
「発雷ッ!」
人型を模していても本質的には不定形。クレアが迎撃に選んだ手札は電撃だ。街で制圧のために使ったそれとは違う。電圧、電流共に殺傷力を持たせたものだ。空間に張り巡らせた糸が紫電を走らせ、迫ってきた触腕の斬撃がそれに触れる。
弾ける火花とスパーク音。触腕が一瞬怯んで引っ込むも、戻り切る前に槍のように再び突き込まれる。痛がる素振りを見せないが、ダメージはあるのかないのか。まだ判断はできないが、普通の斬撃や糸弓が効くとは思えない。
だから――。
繰り出す斬撃にも糸弓にも、全て電撃を纏わせた。紫電を纏う糸が弧を描いて触腕とぶつかり、矢玉が周囲の木々から黒い影に殺到した。
全身に防御膜を展開し、糸と糸を渡り歩き、自身を引き寄せ、矢弾を撃ち出すように木々の間を飛び回りながらも立ち回る。
黒い影本体と言っていいのか。頭部に相当しているような部位もまた、高速で木々の間を移動。伸ばした触腕の先端に向かって液体をポンプで送り込むかのように、あらゆる方向に本体を高速移動させている。スライムのような軟体動物なのか。それとも黒い身体のどこかに核や本体のような弱点があるのか。
魔力反応を分散させていて、どこが弱点なのか分かりにくいが、雷撃は恐らく有効だ。細く伸びた身体の一部に、丸く膨らんで高速移動している箇所がある。突き刺さった糸矢の帯びる雷撃から離れるように動き、それが移動した先に身体や頭部のような部位が形成されるからだ。何か――基点となる部位がある。完全な不定形ではない。
魔力の分散については攻撃の際もだ。攻撃に移る寸前まで魔力を分散させているから、伸ばした触腕のどこに本体が移り、どこから攻撃が飛んでくるのかを分かりにくくしている。
クレア自身もそうだが、影もまた相手との間合いが関係ないという手合いだ。どうしたってクレアが攻撃に晒される。
「セレーナさんと稽古していて、良かっ、た!」
魔力を分散させることで攻防に虚実を入れることも、接敵されたことも、想定しての訓練もセレーナと積んできた。
感知魔法で視覚外から飛んでくる刺突に反応。木々に糸を引かせて身のこなしから予想のつかない動きを見せる事で黒い影の予測を超えた回避を見せる。
ここまでの攻防で、影もクレアの動きの種が糸だというのは理解している。森の中での先を読ませない高速移動も凄まじいものだ。攻防の中でそこかしこに触腕の斬撃を放って張り巡らせた糸を切断することで行動を阻害し、対するクレアも糸を斬られる度に四方八方に新たな糸を放ち、自身の有利に働く場を形成しながら戦う。
クレアは――誘導もしている。冒険者達から離れ、こちらに向かっているロナ達の来る方向へ。クレアの攻撃は雷撃が突き刺さっているが決め手になっていない。だがロナやセレーナ達と共に戦うならば話は違う。
(気付いて、いますね――)
動きの不自然さに気付いているというように、影もまた先回りするように動く。場を移しながら戦えば、影に有利に働く。それを分かっていながら逃げに徹するわけでもなく戦いも混ぜるというのなら、その先に展望があるからだ。だから、ある程度クレアの狙いにも乗った上で妨害もする。進路を塞ぎ、要所要所の攻防で殺意を込めた攻撃を乗せ、クレアの首を刎ね、心臓を貫こうという一撃が混ざる。それを弾くのは盾だ。縦横の糸で編み上げた傘のようなもので逸らし、傘の陰に身を隠しながらもあらぬ方向へ跳んだ。
拾った石を糸で繋ぎ、魔力で覆って叩きつける。
膨らんだ部分に尖った石を叩き込むが、影には効かない。衝撃を受け止め、身体の内に取り込んだ石を砕いて散弾のように撃ち返してくる。それもまた傘で防ぐ。魔力糸で編まれた布の強度もまた尋常なものではない。
木立の中を高速移動しながら攻防を続けるその中で――クレアの望んでいた時は来る。
「クレア!」
「クレア様! こっちです!」
木立の向こうに。息を切らして駆けつけてきたロナとセレーナの姿が見える。
クレアは声の方向に視線を向けてそちらに向かって跳ぼうとした――その、瞬間に。
それまでを上回る爆発的な速度で移動してきた黒い影が、クレアのすぐ背後で膨らむように出現した。
高い魔力反応。驚いたような表情で肩越しに振り返るクレア。危険を知らせる声。
全ては一瞬の事。膨らんだ魔力と共に、幾本もの触腕が至近から凄まじい勢いで撃ち出された。
クレアの胸を。腹を。漆黒の槍が貫く。急所だ。助からないと傍から見て分かる程の――。
黒い影は串刺しにした身体をロナ達に見せつけるかのように高々と掲げて、示威するかのように勝利の咆哮をする。しようと、した。
「本体は――そこですか」
静かな声は離れた位置から。刺し貫いた触腕から伝わってくる感触に、違和感があった。
黒い影が頭部の単眼を大きく見開くのと、横合いから木々ごと貫いて、腕程の太さもある光の奔流が影の心臓の位置に叩き込まれるのが、ほぼ同時だった。
抵抗は一瞬。黒い影の身体をぶち抜いて。金属質の何かがその身体から飛び出す。それは拍動する金属の心臓。銀色のそれが螺旋を描く光の束に貫かれる。
黒い影は口惜し気に咆哮を上げたが、身体は見る間に崩れて、黒い水のように大樹海の地面に降り注いで白煙を上げる。
攻撃を放ったのは――。離れた位置にいるクレアではない。クレアの隣にいる存在――膝をついて矢を放った動作のままで止まっている、ロビンフッドを模した狩人人形だった。
巨大な弓、太い弦を携えた人形。人形を介してだとクレアの術は増強される。糸弓にしてもそれは例外ではなく、凄まじい剛弓を放つことができる。
クレアが黒い影を仕留めるために使ったのは、二体の人形と傘だ。
傘は攻撃を防ぐ目的もあったが、視線を僅かな間だけ遮るためのものだった。自身の偽物となる魔女人形を傘に隠れて元の大きさに戻し、クレア自身は逆に小人化し、隠蔽の魔法を使って距離を取った。
後は魔力反応を分散させながら――ロナ達と合流しようという寸前で隙を見せ、そこでクレア達が力を合わせる前に否が応でも勝負に出させたのだ。
魔力を分散させて弱点を隠している影が勝負に出るのならば。力の集中点を見極める事ができる。それを捉えることさえできれば、仕留める最大の好機となる。
後は模した狩人人形を本来の大きさに戻し、最大の一撃を弱点目掛けて叩き込むだけだ。それで倒せなければ――ロナとセレーナに伝えた情報を以って、三人で力を合わせて戦う形になっていただろう。
「遺跡の墓守、か。よくやったね」
「本当にすごいですわ。けれど作戦は伝えられていても、クレア様があんなことになる光景を見るのは精神的によくありませんわね……」
「ありがとうございます。私も、こういう用途もあるとは思っていましたが。折角作った人形をその度壊されるというのは……ちょっとあんまり、やりたくはないですね。はあ……」
ロナとセレーナから笑顔で言われてもクレアは少し落ち込んでいるようだった。肩の少女人形ががっくりと肩を落とし、そんなクレアにロナは肩を震わせ、セレーナが苦笑するのであった。
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