第49話 選択の余地があるならば
「さて……と」
防殻を展開したニコラスが切り込む。あまり気合の入っていない様子だが、羽ばたきで浴びせられた鱗粉に腕を振るい、風と防殻で防ぎながら斬撃を見舞えば、その手にした剣が真っ二つに毒蝶を切り裂いていた。
ニコラスは――固有魔法を除けば魔法も使いこなせる剣士という分類であるが、普通に剣だけを使った場合の動きは正統派のそれだ。
辺境伯領の武官達が使う武術をそのままに、素直に使っている。固有魔法を使えば、いくらでも変則的なことができるというのがあるから、そこを工夫する必要がない。正統派の動きを抑えているというのも。
その上、通常の動きを固有魔法で補強してやれば、子供でありながら力や速度で競り負けることがないのである。
「ニコラスさんは大分余裕がありそうな感じがしますね」
「このぐらいの魔物ならね。それだけにグライフがちゃんとした動き見せてくれるのって、僕にしてみると有難いんだけど……」
「3人とも修行として動いている部分があるようだからな」
グライフの動きを他人が真似できるのかと言えばその難易度は高いが、虚実や緩急を織り交ぜることの重要性というのは攻防ともに意識することで変わってくるものもあるだろう。
各々で手札が違う以上は虚実の使い方やそれらへの対処というのも違ってくるだろうが、3人にとっての刺激になっているのは間違いないと、グライフはその様子を見ていて思う。
そうする、必要があったのだ。特にクレアに対しては。
夕方頃に森から領都へと帰って来た4人はギルドに薬草を納めて溜まっていた薬草採取依頼を何件か纏めて終わらせる。
ギルドの職員や冒険者達は持ち込まれた薬草の量を見て驚いていた。
採取の際の判別に普通はもっと時間がかかるし、加工するまでの鮮度も重要になってくるものなのでこの量は何かあるのだろうと思ったのか、冒険者達も「魔女の知識って奴か……?」と噂をし合っていた。
冒険者ギルドを出たところでクレアが少女人形と共にお辞儀をする。
「――では、今日はお二方もありがとうございました」
「色々勉強になりましたわ」
「勉強か。僕の方もだな。戦いだけじゃなく……毒草と薬草を見分ける方法とか、そういう話も面白かった」
「魔力波長で判別しているから違いが明確、か。興味深いな」
クレア達の言葉に、ニコラスとグライフが応じる。
「明日も残りの薬草採取の依頼を受けますので、もし同行するのであれば大体今日と同じぐらいの時間に同じ場所で集合ということでどうでしょうか」
「分かった。それじゃ、また明日もよろしくね」
「はい。またお会いしましょう」
そんなやり取りを交わした後で、ニコラスは城へと帰っていった。
「グライフさんの明日の予定はどうでしょうか?」
「同行したいとは思っている。それとは別に――少し魔女殿と話をしたい。魔女殿の都合が良いのなら、夜に宿で話はできるだろうか?」
「わかりました。師に伝えておきますね。宿での夜は大体座学をしていますから、多分大丈夫だと思います」
クレアの返答に、グライフは頷くと「では、また後程」と言って立ち去っていく。
「何でしょうね、グライフさんからのロナへのお話って」
「遺跡や調査隊絡み……というわけでもなさそうですわよね」
「辺境伯から頼まれている件に絡んだ話、とかですかね?」
少女人形とセレーナが揃って首を傾げる。グライフについては、ギルドや辺境伯から信頼されている凄腕の冒険者ということしか、二人は知らない。
今日見せてもらった歩法や体術。武器の使い方については我流というよりも、何か確固たる技術体系という印象があったが、そういった武術流派に関してクレアはあまり知識がなく、セレーナもああした技法については心当たりがない。
そのためグライフがどんな人物で、ロナにどんな話があるのか、少し想像がつかない部分があった。
宿に戻ったクレア達がそのことをロナに伝える。
「ふむ。何の用なんだか」
「帝国に絡んだ警戒やそれに関する話かなーと、セレーナさんと話をしてました。辺境伯に領都にいる間は気にしていて欲しいと頼まれているそうですよ」
「悪い方ではないですから、その点での心配はいらなさそうな方ではありますわね」
「まあ……そうかもね。それじゃ、夕飯を食ったら少し待っておくとするかね」
グライフがやってきたのは陽が落ちてしばらくしてからのことだ。客室をノックされて、応じると、戸口に姿を見せたグライフが一礼する。
「夜になってから時間を取らせて申し訳ない。魔女殿に伝えておきたい話がある」
「ふむ。あたしだけにって事なら、場所を変えようか」
「それじゃあ、私達が下に行きましょう」
「そうですわね。消音結界があっても他の場所よりも、話に集中しやすいかと思いますわ」
「済まないな」
「いえいえ」
「クレア様と一緒にお茶を飲んできますわ」
クレアとセレーナは一階の酒場で茶を飲んで待ち、ロナとグライフが客室にて話をする。
ロナは部屋に置かれている椅子をグライフに勧め、向かい合って腰かける。
「それで、何の話かね?」
ロナが尋ねると、グライフは少しの間、逡巡するように目を閉じる。事ここに至ってまで、話すべきかどうかを迷っているようにも見えた。だが、少しの間を置いてロナを見て口を開く。
「そうだな……。知り合って日の浅い俺ではそれを当人に話すべきことか、或いは望まれているような話なのか。知る事で何が変化するのかの、判断がつかない。だから師である貴方に判断してもらいたい。その上で貴方が伏せておくべきだと考えるならば、俺も墓場まで持っていくと約束する」
グライフの言葉に、ロナの表情が少し変わる。グライフの話そうとしている内容がどのようなものなのかに察しがついたからだ。
クレアか、セレーナか。どちらの話であるかまだ断言できるわけではないが……恐らく、来歴がはっきり分かっているセレーナについての事ではないと思われた。
「……クレアか」
「ああ。俺には、俺の理由があって行動している。だが、他者の幸福や生活を壊してまで我を通すべきことなのかと言われると……それは違う。貴方方の今の師弟関係が、良いものであるように俺には見えるからだ」
「そうかい」
ロナは笑って、それから小さく息を吐く。
「……過去ってのは、切り捨てたつもりでも自分の一部なんだ。全く知らなかったとしても、自分にどこかで関わってくるかもって意味じゃ同じだろうよ。抜き差しならない状況で突きつけられるような可能性が付き纏うんだとするのなら……今こうやって選択の余地や生死に関わらない余裕があるだけ、そりゃ幸運ってもんだろう」
だから少なくとも、それを聞かないという選択は師として――親代わりとして、ロナにはない。
「……感謝する」
「ふふん。ま、あたしはあたしにとって気分が良いようにしてるだけだ。それこそ感謝されるってもんでもないさね」
深々と頭を下げるグライフにロナが言った。顔を上げたグライフが口を開く。
「少し長くなってしまうかも知れない。俺の過去の話も関わってくる」
「構わないよ。あの二人はあれで仲がいいからね。暇があれば雑談なり互いにとって有益な情報交換なりをしてる」
「そうか。では――」
グライフは頷くと話を始め、ロナは真剣な表情でその言葉に耳を傾けるのであった。
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