第28話 遺跡の探索へ

「――魔女様達の護衛をグライフさんにお願いできませんか?」


 調査隊に加わった冒険者――グライフはギルドの調査員から魔女達の護衛について頼まれていた。

 灰色の髪、青い瞳の男だ。歳の頃は二十前半ぐらいだろうか。目つきは鋭く、頬に刀傷がある。


「承知した」


 グライフは答える。即答だった。

 口数は少ない方。ただ、腕は確かで依頼は確実にこなす。辺境伯領支部のギルドからの指名依頼が度々入っている人物であった。大樹海の調査についても高難易度が予想され、重要度が高いものであるために調査隊に加わるように要請があり、それに応じたという形だ。


「もう一人、ルシア様に魔女様達の護衛をお願いしようかと。どのように守るかは、ルシア様と打ち合わせて頂ければと思います」

「ルシアか。わかった」

「では、明日はよろしくお願いします」


 調査員は頭を下げて、テントから退出していく。

 残されたグライフは、顎に手をやって呟く。


「魔女の弟子……クレアか」




 明くる日。クレア達は朝食前にギルドの調査員から、二人の護衛を紹介される。


「グライフだ」

「ルシアって言うの。よろしく頼むわ」


 男女の冒険者で、雰囲気は対照的だった。グライフは挨拶の際もあまり笑わず、その際も言葉は最低限だが、ルシアはにこやかで愛想が良い。

 ルシアは少しウェーブがかった金色の髪と、明るい鳶色の瞳を持つ人物。歳の頃は20代だろうか。細身で背が高く、人目を引く美女といった雰囲気だ。


「ああ。夕食の席で見かけてたが、その二人か。まあ、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」


 クレア達も改めて自己紹介をする。ギルドでも腕利きとして有名な冒険者ということもあり、ロナは顔と名を知っている相手であった。


「では、早速護衛を始める。なるべく視界に入る位置にいてくれ」

「分かりました」

「もう? 野営地を出るまでは大丈夫じゃないかなーって思うけど……ま、いっか」


 グライフはもう護衛を始めているのか、少し離れてロナ達三人が視界に収められる位置に移動し、そんなグライフにルシアは目を瞬かせてから、三人に先行するような位置取りに立った。


「では、後の事はよろしくお願いします。朝食はもうできていますので、食事が終わったら改めて遺跡へ向かう事になります」

「はいよ」


 ロナが軽く返答すると調査員はお辞儀をして立ち去っていった。




「へーえ。それじゃセレーナちゃんは、冒険者の後輩なのねえ。ロナお婆ちゃん達、そういうの全然興味ないのかと思ってたけど」

「私の場合は、将来的なことを考えてですわね」

「師弟だからあたしの生き方を真似ろとか、つまらないことを言うつもりはないよ。真っ当に生きてりゃ口出しする筋合いはないさ」


 ルシアは「良い師弟関係ねえ」と微笑む。


「それにしても歩きやすくて良いな」


 冒険者の一人が言うと、グライフが尋ねる。


「確かに、護衛もしやすいが……護衛対象でもあるのだから、雑事は調査隊に任せてしまっても大丈夫だぞ」

「このぐらいなら大丈夫ですよ。人より魔力量は多いみたいですし、これも修行ですから」


 少女人形が力瘤を作りながら答える。

 修行も兼ねて森歩きの術の範囲を広げ、調査隊が隊列を組んで歩ける程度の範囲をカバーしているクレアである。


「そうか。ならいい」


 グライフはクレアの返答に頷く。

 やがて森の向こうに崩落現場が見えてくる。調査隊はどこに遺跡があるのかと周囲を見回すが、ロナが杖で地面を軽く叩くと術が解けて遺跡が姿を現した。


「こんなに傍にあって気付けねえのか……結界すげえな……」


 斜面を見上げながら冒険者の一人が声を上げる。

 それから遺跡の崩れた壁と、ぽっかりと空いた穴を見て静寂が生まれる。

 手練れのパーティーがあわや全滅というところまで行ったのだ。他の何かが潜んでいるかは不明だがこれからそこに突入する以上、緊張して当然の話ではあるだろう。

 そんな空気の中で、一人の冒険者が口を開く。


「……実物を見て思ったんだが。魔女殿達も一緒に突入するって言ってたが……やっぱり先に俺達が露払いして、最低限の安全を確保してからの方が良いんじゃないか? 聞けば墓守は不意打ちが得意のようだし、入り組んだ狭い場所での戦いに魔法使いは不向きだ。謎解きに迫れるメンバーにもしもの事があったら困るだろ?」

「あたしらの事なら心配いらないよ。この二人には近接戦や狭い場所での戦い方も仕込んである」


 ロナが言うとクレアの肩に座る少女人形とセレーナが揃って頷いた。


「もしもの時は、俺も盾になるつもりでいる」

「私もいるわよー。まあ、任せて頂戴」

「ええ。お二方とも、よろしくお願いしますね」


 と、グライフとルシアにギルドの調査員が答える。最初に遺跡に潜入した冒険者の中の一人――カイレムだ。


「俺達は一度中に入っている。手傷は負ったがジェナ程の痛手ではなかった。朝体調も確認したが、案内役としても多少は役に立てるはずだ」

「そうだな。俺達はカイレム達とも何度か組んでる。撤退の時間ぐらいは稼いでみせるさ」


 そう言って大きな盾を軽々と掲げて見せるカイレムと、先導役を担う冒険者達。

 深手を負ったジェナはまだ動けず、野営地で体力の回復を待ってから他の仲間と一旦引き上げる予定だが、先遣隊として突入していたカイレム達はまだ調査隊メンバーとして働くつもり満々であった。


「では、案内よろしくお願いします」

「ああ」


 調査員の言葉に頷いたカイレム達が先行して遺跡へ入る。

 救助役や連絡役となる外部待機班もいるが、クレア達は探知役も兼ねている。隊列としては、調査員と共にカイレム達に続く形で遺跡に潜入することとなる。


 クレア達が遺跡へと入る。


「……少し肌寒いですね。埋もれていた遺跡の空気という感じではないですが」

「確かに。土の中にあったものですし、もっと暖かくてじめっとしているのかと思っていましたわ」

「生きている遺跡だからね。空気の質が保たれてるのかも知れないね。この壁の紋様が何か、魔法的な仕掛けに見えるが、破損したからか今は機能してないようだね」


 クレアが言うと、セレーナとロナが感想を口にする。


 ランタンで照らされた壁の材質は不明。黒い石で作られており、壁には一面に複雑な溝が刻まれ、さながら紋様のようになっている。

 通路は二方向に伸びているが――。


「襲われた方向はどちらでしょうか? 警備を配置するということは、そちらに重要なものがあるのではないかと推察しますが……」

「あっちだ」


 調査員の質問にカイレムが一方の通路を指し示す。


「では後続班は、退路の確保。何かに攻撃を受ける等の非常時は、呼び笛を鳴らして全体に知らせて下さい」

「分かった」


 調査班の方針も定まり、カイレム達の案内の元に遺跡の奥へと進んで行く。一度墓守に攻撃を受けているということもあり、二度目でもカイレムの動きは慎重だ。


「壁だけでなく、天井や床も、亀裂や隙間がないかはしっかり見なければならないな」

「壁は……模様があるからすぐには判別しにくいな」

「つーか何で出来てんだ、この遺跡……。床と天井は建材の継ぎ目すらないんだが……」

「最初に見た時は俺達も驚いたよ」


 カイレムと斥候役を担っている冒険者達がそんな会話を交わしながら少しずつ進んで行く。クレア達は有効距離を短くした代わりに精度の高い探知魔法を用いて、奇妙な魔力反応がないかを確認する役回りだ。


 そうやって万全の態勢を整えていても肌寒く、暗い遺跡の中は静寂に包まれており否が応でも潜入班の面々は緊張感に包まれながらの探索となった。

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