第155話 独り立ちに向けて

「では――次は王都で会いましょう」

「はい、シェリーさん」

「観劇、楽しみにしていますわ」

「劇場での観劇は初めてだが、楽しみにしている」

「私もだわ。ここ何年かはそういう機会もなかったもの」

「ふふ。楽しみにしてもらえて嬉しいわ」


 シェリーはクレアやセレーナ、グライフやディアナと言葉を交わして別れを惜しむ。

 シェリーが辺境伯領の領都から帰る日がやって来たということで、クレア達も見送りのために城へ訪問していた。


「ロナ様も、王都でお会いできる日を楽しみにしています」

「日頃の礼だとか弟子達の祝いもって名目なら仕方ないね。たまには観劇ってのも良いだろうさ」


 ロナは苦笑しながら肩を竦める。クレアはロナの分も観劇のチケットを用意していたが、普通に誘うとロナは乗り気にならないと思い、その理由に普段のお礼というものも付け加えたのだ。

 シェリーもまた、独り立ちをするのなら友人のお祝いもしたいという話をしており、王都でその席は再会した時にという話になっている。


 セレーナの討伐に関する褒章も同じ時期にあるはずで、その頃にはクレアも独り立ちを果たしているだろうという見込みだ。


 そういった弟子達に絡んだ礼と祝いということもあって、ロナも王都まで足を運ぶことを決めたのであった。


「では――私はそろそろ行くわ。王都に来た時は、もっと色々話をしましょう」

「はい、是非。シェリーさんも護衛の皆さんも、帰りの道中、お気をつけて」

「ありがとうございます。お嬢様のこと、これからもよろしくお願いします。それでは、またお会いしましょう」


 ポーリンもクレアの言葉に護衛隊を代表して一礼し、それから辺境伯家の武官達に護衛される形で城を出発したのであった。


「さてさて。予定も決まってしまいましたし、しっかりと庵を作っていきたいと思います」

「ああ。あたしは制圧の過程や庵の仕上がり見せてもらうよ」


 シェリーを乗せて遠ざかっていく馬車を見送りながらクレアが言うと、ロナが答える。


 庵を作ると言っても開拓村のように土地を整備したり建物を作ればそれでいいというものではない。庵周辺の魔物を討伐――ないし排除を行い、一帯の主としての立ち位置を確立し、土地を支配しているというのを魔法的に示す必要がある。


 その過程で誰かの力を借りる事はできない。クレア1人の力で進めなければならない事だ。

 その辺、セレーナやグライフ達はクレアの実力なら大丈夫だろうと思いつつも「自分達が手助けできないので心配もしている、という状態ではある。


 合図を出してくれたら助けに入る、と伝えてはいるが、その合図が出されるということは卒業試験とも言うべき庵作りの失敗を意味するのだ。その上で見ているだけというのは、もどかしいものがある。


 ただ、一帯を制圧できるだけの強い何かがいると、周辺の魔物達を屈服させてしまう形でもいい。必ずしも全滅させる必要はないというのはあるだろうか。

 もっとも……クレアは庵を作ろうと思っている近辺に出没する魔物も下調べを進めているが、遭遇した場合は勿論、時折大樹海の外にも被害を齎す類の魔物でもあるから、討伐に際して躊躇う理由もなかった。


「一帯の制圧には少し試してみたい糸の使い方もあります」

「それについちゃ、開拓地の方から探知で見せてもらうとしよう。どうなるにせよ、探知していれば状況も分かりやすいからねえ」

「はい」


 クレアの固有魔法はイルハイン戦以後精度が上がっている。使い方を日々研究しているという事もあり、ロナとしてはその辺の研究成果を見せてもらうのも楽しみにしていた。




 クレアはまず、白狼に偽物の従属の輪を渡すことにした。孤狼、白狼共に義理堅い性格に見えたから、庵周辺の制圧を始めた時に加勢に入られては逆に困るから、それも伝えておかなければならない。

 錬金術で色合い、質感の良く似た贋作を作る。人形やその小物作りと同じ要領でもあるから、クレアにとっては手慣れたものだ。

 クレアは開拓村付近――大樹海ではない方の森に向かい猟師用の小道を少し整備したりどんな薬草が採取できるのか等を調査しながら待っていたが、やがて近くに孤狼、白狼の魔力反応が現れたので、開拓地の方へ向かう。


 隠蔽結界を切っていたので孤狼達もそれを察知して移動してきた。


「こんにちは。従属の輪の偽物を作ってきましたよ」


 クレアが鞄の中から従属の輪の贋作を取り出してみせると、孤狼が探知魔法を用いて、それを探る。


 見た目は従属の輪と同じだが、魔力反応は違う……と孤狼には感じられた。

 そう。小さいながらも魔力を宿しているのだ。贋作から魔力を感じるというのは何か理由があるのか、と孤狼がクレアを見て首を傾げる。


「そうですね。実は魔法道具になっています」


 クレアが贋作に込められた魔法を発動させる。

 クレアの魔力反応が周囲に拡散し、同時に白狼の姿をした幻影が大きく横に跳んだ。

 その出来栄えに、ディアナが満足そうに頷く。ディアナが教えた魔法と技術を基に作られたものだ。


「使い手の魔力反応が周囲に拡散され、幻影を放ちながら、使い手側は認識阻害の術を纏います。簡単な術の組み合わせですが、魔力の拡散や認識阻害によって、魔法の発動地点なども分かりにくくなり、幻影側に注意を払ってしまった相手は本体の場所も見失う、と。咄嗟の幻惑効果はかなり高いかと思いますよ」


 回避や逃亡、攻撃に転じる方法としても使える。そんな魔法道具だ。

 クレアのそんな説明に孤狼と白狼がにやりと笑う。元々白狼も相当強力な魔物種なのだ。そんな相手に隙を晒せば致命的な事態になる。


 そんな孤狼達の反応を見てから、クレアは言葉を続けた。


「それから……私は師の下を離れ、魔女として独り立ちできる実力があると示すために、大樹海の中にも庵を作る必要があります。これは私1人で行う必要があるので、この前案内した場所で私が1人で戦っていることを感知しても、加勢等はしないでいただけると助かります」


 クレアがそう言うと、孤狼達は揃って頷いた。

 自分達がうろついていては大樹海の魔物にも影響を与えるだろうと、孤狼達は少しの間身を隠しておこうと隠蔽結界を纏う。


「必要とあらば隠蔽まで使えるのですね……」


 セレーナが言う。領域主達は余計なものを寄せ付けないように寧ろ自身の存在を誇示している節がある。だから、普段ならば隠蔽等を使う必要もないのだろう。その方向での研究はしていないのか、然程高度な隠蔽結界ではないが、そうした手札――というよりは知識もあるという事だろうと、クレア達はそう理解した。


「ふむ。こっちの心配もいらなさそうだね。いつから始めるんだい?」

「んー……そうですね。近辺の魔物も、孤狼が狩りをしてこないことを理解しているのか、案外落ち着いているようですし。2日後ぐらいには一帯制圧から始めようと思います」

「良いだろう」

「ギルドでの下調べも終えているんだったな」

「そうですね。領域主以外の魔物分布は、ギルドの方が詳しい場所もあります。ただ――」


 クレアはグライフに尋ねられ、少し思案するように言葉を詰まらせる。


「ただ?」

「過去の記録を当たると、あの近辺で冒険者が行方不明になっているというのが、少しだけ多いのですよ。大樹海の魔物から返り討ちにされてしまったのだとしても、捜索して痕跡が見当たらないというのは、ギルドに把握されてる魔物の種類とは状況が合いません。領域主とか、そういう存在はいないのは確認していますが……一帯を支配している個体がいる、ということです。それとの戦いにはなりますね」


 そう言うクレアの魔力は、狩りや戦いの前のように揺らいでいる。その存在を確信しているし、それと渡り合う腹積もりで戦意も漲らせているようであった。

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