第156話 制圧

 クレアは制圧に向けて瞑想をし、体調や魔力を整えて万全のコンディションで望めるようにしていた。そして、3日が過ぎる。


「では――始めたいと思います」

「ああ、行ってきな」

「お気をつけて」

「応援している。未知の相手には気を付けてくれ」

「頑張ってね、クレアちゃん」


 ロナ達と共にセレーナ達が応援の言葉を口にする。クレア1人でということで、従魔達も心配そうに待機しているがクレアはふっと口元に笑みを見せてスピカ、エルム、チェルシーの頭を撫でた。エルムやチェルシーは在り様が特殊ではあるが、自由意志を持っているから今回は待つということになっている。


 孤狼と白狼も開拓地に姿を見せており、事の成り行きを見届けるつもりのようであった。


 他者の助力は得られない。しかし、武器や道具や人形の使用は自分で作ったものであれば自由。制圧のやり方も自由だ。


「それじゃあ、行ってきますね」


 帽子の鍔を上げ、笑顔を見せてからクレアは身を翻す。全員に見送られながら大樹海に向かって進む。

 隠蔽結界は展開している。庵を作る中心点まで移動してから術を解き、それから制圧を開始するという流れだ。それがロナ達への開始の合図にもなる。


 大樹海の様子はいつも通り。孤狼達が隠蔽によって姿を見せなくなって数日が過ぎているので、寧ろ魔物達の動きは活発化しているだろうか。ただ、それも誤差の範囲内だ。魔物の分布や数が大きく変わるようなものでもない。


 活動している魔物達の種類の確認をしながらもクレアは大樹海を進む。


 こうして大樹海をただ一人で歩くのは久しぶりな気がする、とクレアは思う。

 セレーナと知り合って以後、大樹海でも誰かと行動することが多かった。


 久しぶりにただ一人で歩く大樹海だ。誰かが隣にいてくれるのは心強い事だと今更ながらに実感しつつも、奥へと進めば進むほどクレアの集中力は高まっていく。

 時間で言うなら、単独で狩りをしていた期間の方が長い。その頃のことを思い返す……というよりもスイッチを切り替えるように立ち返り――研ぎ澄まされていくような感覚がクレアの中にあった。


 魔物や虫の声。木々が揺れる音。周辺の臭い。探知魔法に頼らずとも得られる情報は多い。氾濫している程と言っても良い。その中から必要となる情報だけを拾っていく。


 やがて――クレアは自身が地面に埋め込んだ目印まで辿り着く。余人はいない。それを確認してから深呼吸を一つ。そして。


「始めますか」


 隠蔽結界も偽装も解除し、手を頭上に掲げ、己の力を誇示するように。宣戦を布告するかのように魔力を解放する。


 波紋のように魔力が周囲に広がっていった。一瞬、大樹海が静寂に包まれ――その後ざわめきが返って来る。

 ざわめき。そうとしか形容しようがない。

 獲物を見つけたと思ったのか。宣戦布告を受け取ったのか。突然現れた見知らぬ魔力に警戒しているのか。それは分からないが自分達の縄張り近くに突然現れた魔力の持ち主は、一帯のパワーバランスを崩す何かだ。だから、大樹海の魔物は排除しようと動き出す。


 クレアのスイッチが切り替わる。狩りの際のそれからもう一つ先。即ち戦闘用に。

 同時に、両手から魔力の糸が四方八方へと伸びて、鞄の中から、人形達が姿を見せた。クレアの作った楽団人形。ファランクス人形や妖精人形達だ。


 姿を隠さず、正面突破。楽団が音楽を奏で出す。士気を鼓舞するような勇壮な音楽だ。


 クレアや人形達の身体が、淡い輝きを纏った。糸を通して――というよりは人形達も基点にして輝きを纏っている。


 大樹海で音楽を奏でる。普通に考えるのなら魔物を集めてしまうような狂気の沙汰ではあるが、クレアの楽団人形が奏でる音楽は普通のそれではない。


 魔力も身体能力も増強される。


「来ましたね」


 呟くようにクレアが言う。最初に突っ込んできたのは大きく鋭い嘴を持った鳥の魔物だった。

 ランスバード。地上を高速で走る空を飛ばない鳥である。大人よりも体高があるが、上体を屈めて疾走してきて、嘴で獲物の腹を穿つように突っ込むという狩りを行う。

 鉤爪も鋭く、すれ違いざまに引き裂かれることもある。そんな危険度の高い魔物だ。


 それを――ファランクス人形の一体が真っ向から迎え撃つ。重い激突音が響いた。


 動かない。ランスバードにとって必殺であったはずの突撃は、しかしファランクス人形の持つ盾を貫くに至らなかった。人形の体勢も崩れていない。動きを止められた次の瞬間、人形の手にした槍があっさりとランスバードの身体を貫いていた。


 ファランクス人形の槍の穂先や盾も、竜素材が組み込まれて攻撃力と防御力も向上している。その上で人形楽団の魔曲演奏による強化が行われている以上、ランスバードでは人形単独でさえ太刀打ちができない。


 余韻に浸る間もなく、ランスバードよりは足の遅い魔物が大挙してくる。大挙だ。


 クレアは今も尚自分のいる場所を知らしめるように曲を奏でている。魔力の持ち主の意図は明白だ。魔物達としては狩らねばならない。排除しなければならない。そうしなければ自分達が縄張りを失うのだ。

 例え自分より強いと理解していてもだ。今ならば数を頼みにかかれば、倒せる可能性は上がる。それが大挙してくる理由でもある。


 だがクレアが自分の居場所を誇示するのは、待ち構えて迎撃する形の方が普段の狩りに近いからだ。位置と進行方向、その数と種類を探知により捕捉し、初手で狩るというのがクレアの平常なのだ。


 変則的ではあるが、同じ形に持ち込んでいる。


 クレアの魔力のランスバードの魔力反応が消えた間合いは魔物達も理解している。だから、そこに魔物達の群れが踏み込むよりも遠い間合いで、その攻撃は来た。


 クレアが宙に掲げた手を握ると、糸矢が四方八方から降り注いだ。光の雨どころか地面と水平に放たれているものもある。クレアも人形達も、微動だにしない。

 凄まじい密度と数の矢があらゆる方向に放たれるが、射線はクレアや人形には一本たりとも通っていない。仲間が近くにおらず、人形達の動きは完璧に把握できるからこそできる攻撃だった。


 ごっそりと魔物達の魔力反応が大量に消失する。魔力の動きを隠していないということは、周囲から見ても間合いを詰めた魔物達に何があったかが明らかだという事だ。


 ろくに交戦すらできずに返り討ちにされた。警戒をさせるには十分。その瞬間、クレアの放っていた魔力が消失する。

 隠蔽結界だ。だが、人形からの魔力反応は残っている。演奏も継続中だ。


 そんな状態の中、木立の間を縫うように魔物達に向かって飛翔してくるのは妖精達だ。


 光る糸を尾のように引いて正面から飛んできた妖精人形が弓矢を構える。


 それを見た熊の魔物は――殺傷力の高さを感じたのだろう。正面の防殻を厚くする、が。


 攻撃は横から来た。隠蔽結界で本体の姿を隠して高速移動。真横から防殻の薄くなっている部位から急所を通すように撃ち抜いていく。


 クレア本人の魔力反応が最初とは違う位置に現れ、すぐに消失する。人形の反応はその間にも一つの意思に従い動いていた。妖精だけでなく、ファランクス人形もだ。


 ファランクス人形は本来防御用だ。槍衾の圧力と頑健さで攻撃からの盾になる。そういう役割であり、攻撃力と機動力には欠ける人形ではあった。

 だが竜素材を用いた槍によって攻撃力を上げ、演奏による増強で踏み込みの速度も速くなっている。それぞれに厄介だと思われる魔物に突撃し、鉄壁の防御と防殻をあっさりと貫く刺突によって確実に始末していく。


 視界外の魔物と人形達を交戦させることができるのは、探知魔法で正確にその動きを把握しているからだ。

 セレーナやグライフとの近接戦闘訓練もそうした人形の動きに反映されていた。

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