第304話 黒き竜人
責任者に従属の輪を付け、魔女の術で意識を虚ろにしてから命令を責任者に伝える。クレア達に不利益なことをしてはならない。自ら命を絶ってはならない。そんなところだ。簡単に後始末を追えるとポーションによる止血だけ行い、それからクレアは言った。
「……段々魔力が大きくなっています。私が最初に感知した時は、休眠していた印象ですが、覚醒して動き出そうとしているのでしょう」
大きな檻の中にいるそれを、クレアが映す。
「……先程は、魔力そのものは大きくとも静かな印象だったのですが……これは――」
セレーナもそれを見て眉根を寄せる。大きな黒い卵のようなそれの内部から、不穏な魔力が渦巻いて溢れ出してきている。そんな印象を受けた。
凄まじく攻撃的で、大きな魔力だ。
「行動を止める手段はないのか?」
「……そもそも従属の輪がつけられていないようですわ。契約系の魔法等で制御を受けているか、自意識がないのかも知れません」
他の者達が従属の輪を付けられていることを鑑みるに上階の存在が例外的な扱いを受けているのが分かる。
どちらにせよ男の言うように、それに応じた動きをするということだ。責任者達がまともな命令を下せない状態にのみの動き。ならば証拠の隠滅であるとか、侵入者の排除が取られる対応だろう。先程の男の言葉も、それを裏付けている。
「強さや性質、来歴が分からない以上は、私が相手をするのが良いと思います。対応をどうするにしても、融通が利きやすいですから」
クレアが言う。その言葉に、ユリアン達は任せることを申し訳なさそうにしながらも頷いた。上階の魔力。そのプレッシャーは魔術師ではない彼らにも感じ取れるほどだ。
はっきり言えば、危機感を覚えさせられるほどのものであった。かつての仲間だったかも知れない相手。そんな迷いのある状態では、そんな強敵とは戦えない。
探りを入れるにしても時間を稼ぐにしても。クレアの固有魔法ならどんな状況、結論であっても対応できる応用力を持つ。
「みんなは、上階を中心に結界を展開し、戦いの余波で侵入が発覚することや、余裕がなくなった場合に地下牢の人質が危険に晒されることを防いではくれませんか?」
「分かったわ。必ず」
「承知した」
シルヴィアやグライフが答える。常駐している兵達が異常に気付いてしまった場合。その時の対応に当たるのもグライフ達の役割だろう。階下の状況に気を配り、動く必要がある。場合によっては施設内の残敵の殲滅もだ。
とはいえ……階下の兵士達の討伐に関しては、元々はそのつもりだった。クレアからは仕込んだ地下牢の防護結界の展開であるとか、施設外に続く魔法装置の無差別起動による封鎖であるとか、その程度しかサポートを望めないが、それで十分とも言える。
施設が外部から封鎖されている状態であるのなら、牢や檻に捕らわれている者達の安全を確保するために先手を打って彼らを倒してしまう、という考え方も有りだろう。
作戦や方針も固まったところで、クレアは上階に向けて歩き出す。その際、檻の中に捕らわれている者達に向かって、クレアは仮面を外し、意識的に表情を作って見せた。安心させるような笑みを向ける。
「もう少しだけ、待っていて下さい。安全を確保したら、みんなと一緒に帰りましょう。必ず救出しますから」
「……今の俺達じゃ大したことはできないが……無事で帰って来てくれ。上階の奴は相当やばいと聞いている」
「武運を祈っている」
「気を、付けて」
彼らの言葉を受けながらも、クレアは上階へと向かった。クレアが踏み込むと同時に、シルヴィアとディアナが結界を張る。
それは――広々としたフロアの奥で、檻に閉じ込められる形で鎮座していた。
黒い卵のような形状。生物とも非生物とも判別できないそれから、強い魔力が吹きつけてくる。
クレアが数歩フロアの奥に進むと、卵の表面に光る亀裂のようなものが走った。亀裂、と言って良いのか。六角形を組み合わせたような人工的な亀裂が全体に走ると一気にばらける。その六角形の卵の殻は辺と辺で連なり合い、何条かの帯のような形状になった後、重なり合って一点に集束するように収納されていった。
殻の中にいたのは、人型の何か。膝を抱えるようにしていたそれがクレアに背を向けたままでゆっくりと立ち上がる。
通常の成人男性よりは、一回りぐらいは大きな体格。二足歩行の黒竜と言えば良いのか。全身を覆う鱗が鎧のような形状をしていた。キメラだとするのなら、竜種や高位のリザードマンか、爬虫類系の魔物。そのあたりの因子を取り込んでいるのかも知れない。
流線形で刺々しいシルエットをしているが、生物的でありながらも鱗で形成された鎧の形状や六角形の殻など、人工的な印象も強い。
先程の六角形の殻――或いは鱗は――首の後ろに収納されたようだ。
それがゆっくりとした動作で立ち上がり、振り返る。獰猛な爬虫類の虹彩。竜の顔と人間的な頭髪。クレアを視界に捉えると更に魔力が膨れ上がり、びりびりと空気を震わせるような咆哮を響かせた。
クレアが身構えると同時に、それが錐揉み状態で突っ込んでくる。クレアの糸は既にフロア内に展開されていた。人間的な回避行動を見せないままにクレアがあらぬ方向に跳ぶ。
羽根の呪いと糸の移動により、初速から凄まじい速度で、クレアの姿がその場から掻き消えるように動いた。
砲弾のような速度で回転しながら突撃してきた竜人の鉤爪が、空を引き裂く。が――完全に回避したとは言えない。その手首にある溝のような器官から、先程の六角形の鱗が射出されたからだ。
鞭のように連なるそれは、大きな斬撃となってクレアに迫る。竜人の一撃は巨大な斬撃としてフロアを切り裂くように奔る。ディアナとシルヴィアが展開した結界は建物ごとの両断を防ぐように火花を散らし――クレアはそれを糸鞭で迎え撃っていた。
最初の卵の殻の挙動から、そういった攻撃も有り得ると予期していたからだ。ぶつかり合って、互いの武器が弾かれる。お互いの魔力が込められた一撃は反発し合って大きく弾かれた。
クレアは床や壁、天井には手足をつけずに軌道を変えた。糸から糸へ。移動しながら竜人の鞭剣による斬撃を回避。糸弓の弾幕を叩き込めば、竜人は手から伸ばした六角の鞭剣で床や天井に触れるなり何やら魔法を発動させて、結界壁に鞭剣を張り付かせ、引き戻すようにして高速の動きを見せた。
竜人もまた、閉所での立体的な戦いに慣れている節があった。実験室内での戦いではあるが、他の実験体との戦闘訓練を積み重ねてきた。研究所における最強の存在として他の実験体にとっての越えられない壁となっていた。
そう。文字通りの壁だ。竜人相手の戦闘訓練において、倒すとまでは言わずとも善戦するなり良い結果を残すことができるなら、いずれ強化魔導兵としての技術が確立した暁には研究所から外に出してある程度の自由を認める、というような条件まで出されている。
戦奴としての自由ではあるが、それでも使い捨ての実験体として終わるよりは希望が持てる。優秀な成績を齎せる能力を持ち、実験に協力的な者であるならば、それは帝国にとっても戦奴として有用なのだ。使い捨てにするには惜しい。
が、ただの一度として竜人が敗北を喫したことはない。善戦ですら稀だ。
新しい方式の強化が施された実験体がどのぐらい長く竜人相手に戦えるのか。そういう形でのデータの収集実験になっているというのが実際のところであった。
勿論、戦闘訓練といっても実験体の怪我や命に頓着はされない。できるだけ殺さないようにと竜人は命令されているが、それでも怪我を負うことは日常茶飯事で、それなりの技量が伴わなければ酷い怪我を負う。
実験に対して非協力的で、従属の輪が発動しない最低限程度でやる気を見せない者や、技量が劣る者に対しては、良いデータがとれないと判断されて竜人が処刑人代わりにもなることすらあった。
だから――竜人は死に物狂いで抵抗してくる、様々な能力を付与された実験体達を幾度となく退けてきている。
そんな、豊富な戦闘経験を積み重ねてきた怪物であった。
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