第162話 王都の別邸にて
「おお。お待ちしておりましたぞ。フォネット伯爵家の当主、マーカスです」
「パメラ=フォネットと申します」
領都に向かうとマーカスとパメラとも顔を合わせる事になった。
マーカスとパメラはにこやかにクレア達を迎え、ロナや新しく増えたメンバーということで、チェルシーに対しても自己紹介をし、ロナは普段通りに挨拶を返す。
チェルシーは小人化していないもののクレアの陰に隠れつつ顔を出し、おずおずと挨拶をしていた。
「チェルシー……です」
チェルシーに関してはシルキーを模した
これが開拓村の家や庵にいる時はもっと社交性も上がって堂々としている。モチーフになったシルキーの性質が現れていると言えた。
「お帰りなさい、お嬢様!」
「魔女様達もいらっしゃいませ!」
フォネット伯爵家の屋敷に向かう中で、領民達からセレーナの帰還を喜ぶ言葉やクレア達の再訪を歓迎する言葉をかけられた。領地の英雄だと昔からいる領民達は知っているからだ。
領都はクレア達が以前訪れた時よりも活気がある。人が流入してきたことで商売等も盛んになっているのだろう。王都等、他の場所に出稼ぎに行っていた者達も戻ってきている。そうした者達は地元に基盤があるからこそ、外で得た知識や技術、人脈やノウハウを生かして領都で精力的に動いているのだとか。
「状況の変化は進んでおりますが、昔から領地を支えてくれた者達は大事にしてやりたいという想いはありますな」
「同時に、戻って来てくれた者達と新しく来てくれた者達にとっても良い所だと思ってもらえるよう頑張っていきたいという話をしていたんだ」
マーカスとカールが言う。
屋敷に到着してから商会に関しても話題に出たが、パトレックが訪問してきて鉱山再開発のための道具、資材であるとか人の流入に合わせて必要になるものの用立ても申し出てくれた、とのことだ。
セレーナが提供した竜素材により領地経営、鉱山開発共に当面の資金面も不安はなく、商会も手頃な価格で取引してくれるようだ。
商会は南方で実績を上げていて評判が良く、クレアやセレーナとも人脈があるからこそマーカス達も応じているところはある。
商会自体も王国に販路を広げ、信用を積み重ねたいということでそうしている部分がある。クレアやアルヴィレトの者達のためという理由があるにしてもその為の方法は信用を積み重ねて商会を大きくし、帝国に対抗する力をつける、というものだ。
クレアの考え方に触れ、その方針はより強固なものになっている。
また、自分達でアルヴィレト出身の職人達、魔術師達を抱えていて武器防具、道具や魔法道具を作りつつも南方の海洋で貿易をしているため、自前で用意できる品、外から調達できる品の種類も豊富だ。伯爵領が必要とする品々を用立てられるというのは有難い話だろう。
そんな経緯もあって商会は伯爵領と辺境伯領――開拓村までの販路を確固たるものにしつつある。
帝国が行動を起こした時。或いはアルヴィレトの者達が動く時。商会からの十全な支援を得る事ができる、というわけだ。
そうやってフォネット伯爵領や商会の現状を聞きつつ、クレア達は伯爵家に一日宿泊する。
それから明くる日。伯爵家の馬車に乗り、クレア達はマーカス達と共に王都に向けて出発することとなった。
箒よりも時間はかかることになるが、馬車による移動を含めての予定を立てている。王都までの道のりは平和なものだ。
王都側、伯爵領側問わず巡回も多く、伯爵家の紋章を付けた馬車ということで兵士達に挨拶を受けながら王都へと向かった。
クレア達が王都に到着してまず向かったのはフォネット伯爵家の別邸だ。王都にいる間は宿を取らず、別邸に滞在する予定である。
セレーナが褒章を受ける際に竜討伐を果たしたことがどうせはっきりとするのだし、それならばセキュリティが高く、人目を気にしなくても良い場所として待ち合わせもできるだろう。
順番としてはまず王城でのセレーナへの褒章。次にシェリーとの観劇。それからクレアの祝いの席、という形だ。
褒章を受け取るまではまだ3日ほどの時間的余裕がある。フォネット伯爵家の面々は別邸に荷物を置いてから到着の報告と本番の打ち合わせのために王城へと向かう。
「お構いできずに申し訳ありませんな。本来ならすぐさま歓待したいところなのですが」
マーカスが言うと、クレアは首を横に振る。
「いえいえ。誰かが残ってはきちんとした打ち合わせもできませんし。私達はのんびり休ませてもらいますね」
竜討伐に関する話では目立たないようにしているということもあり、別邸に客がいるから伯爵家の家人が揃わず別行動しているとなればそこで注目を集めてしまうということもあるだろう。
「夕食時までには戻ってきますわ」
「はい。では、後程」
そう応じると、ロナも口を開く。
「ふむ。王都は久しぶりだね。あたしも少し出てくるか」
「でしたら案内しますが」
「いや、気にしなくていい。観光とかじゃなく、昔知ってたとこが今どうなってるのか軽く見てくるだけだからね」
その言葉にクレアは頷いた。ロナと王都での関わりと言えば、まずヴィクトール達を始めとした仲間達に絡んだ話だ。
イルハインも討伐されて敵討ちが成されたということを考えれば、弟子であっても立ち入るべきではない時間というのはあるだろう。
そうして、フォネット伯爵家の面々とロナは揃って別邸を出ていった。
クレアとグライフ、ディアナに従魔達が残される形だ。クレア達は皆が戻ってくるまで話でもしながら待とうということになり、談話室にて寛ぐこととなった。
観劇が楽しみだとか、シェリーはどうしているだろうかと話をしていたが、その中で話題がふと、アルヴィレトについてのものになる。
「王都といってもアルヴィレトとは大分違うものよね」
「そうだな。賑やかは賑やかではあるが、こちらの王都よりももう少し落ち着いた場所だった印象がある」
「お二人が嫌でなければその頃の話を少し聞いてみたいところではありますが――」
ディアナの言葉を受けてクレアが言う。二人にとっては振り返るのがつらい記憶かも知れないからと、興味はあっても積極的に聞いてはいない部分ではある。
「クレアちゃんが聞きたいなら是非」
ディアナはそう言って笑って言葉を続ける。
「そうね。落ち着いた雰囲気というのは国外との行き来があるわけではないから、都ではあっても人の出入りがなくて顔見知りばかりということもあるのかしらね」
「かも知れない。建物も統一感があって綺麗な街並みだったな」
「そうね。塔から見える広場で、子供達が身体を鍛えて剣や槍を振るっているところをよく眺めたものだわ」
アルヴィレトは小さな国だ。帝国とぶつかる事になってしまっては民を逃すことしかできなかったが、それでも皆が国を支えられるようにと、子供達の内から武芸を修めたり、学問、技術を学んだりするのだという。
「子供達は色々な知識や技術を学び、その中で才を見出されれば更に専門的に武芸を磨いたり、塔や職人への弟子入りをする。俺は選択肢がなかったから、小さい頃は少し彼らが羨ましく思った事もあったな」
グライフは少し苦笑して言った。騎士家の生まれではあるがその実暗部を司る家だ。表には出せない技術や知識も引き継がなければならない以上は、他の子のように向いているものを見出してその道を選ぶ、などということもなく、修行と鍛錬の日々を送る事となる。
「そう、だったんですか」
クレアは静かに目を閉じる。グライフは確かにそうした暗部の技術を受け継いではいる。けれど、その人柄は穏やかで子供達にも優しく、そうした仕事を好むような性格ではないとクレアは認識している。
だから……暗部の騎士であることを引き継がなければならなかったという事には多少なりとも思うところがあるのだろうと、そう受け取った。
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