第6話 少女の見る景色

 それからクレアの日々の修行に、森で各種素材の回収や狩りも追加されることとなった。

 日常の中で魔力を用いる基礎修行は今まで通りだ。ロナに週1、2回ぐらいの頻度で課題を貰うという新たな修行は増えているが。

 課題というのは薬の調合や錬金術や料理に必要な素材を大樹海で集めて持ち帰り、それらを使って期間内に指定の物品を作る、というものだ。

 必要な素材の中には魔物の素材も混ざっていて。必然的にクレアは目標となる魔物を狩ることとなった。


 持ち帰ったそれらの素材を調合したり料理に使ったりという修行の日々を過ごしていたクレアであったが、そんな日常に変化を齎したのは、やはりロナの一言からだった。


「さて。今日は人里に出てみるかねぇ」

「おー……ついに人里デビューですか」


 腕に抱えられた少女人形が興奮したように両拳を握るような動作を見せる。


「デビュー?」

「初登場とか初舞台的な意味です」

「ふむ。あんたのとこの前世の言葉かえ」

「ですです」


 そんな会話を交わしながら二人は外出の支度を進めていく。鞄に薬や素材を詰めて、携帯食や水を確保したら準備は完了だ。


「人里に出て、やることは分かってるね?」

「はい。私が作った薬や狩った素材を売って、ロナの知り合いの商人と私の顔を繋ぐ、ですね」

「そうだ。それによってあんたは生きるための最低限必要なことを一通りこなした形になるってわけだ」


 最低限必要な技能と知識の一通り、だ。あくまで最低限。憶えるべきことや向上させなければいけないことはまだまだある。

 例えばもっと使える魔法や作れる薬。狩れる魔物の種類を増やし、固有魔法の研究開発を進める。

 それに……クレアが追われていたことを考えるなら、今の世情についても詳しくなっていた方が良い。出自について考えを広げるならば、それに見合った知識や技能――例えば相手や場面に応じた礼儀作法や舞踏など――ももっと学んでいく必要があるだろう。


 方針としては今まで通りではあるが、修行内容をより高度なものに発展させ、クレア自身の過去が絡んで来そうな部分に対しても備えておくというわけだ。


(とはいうものの、ねぇ……)


 世情だとか礼儀作法だとかは、ある程度のところまでは教えられるし、実際に座学の上で触れてはいるが……大樹海で隠者のように暮らしているロナの得意とするところではないのだ。


 今に繋がる過去の歴史については教えている。国々や貴族家の歴史を教えれば現在の世情を推測することにも繋がるだろう。

 だが、少し前の事ならばまだしも、今現在の当主やその子弟の性格や評判がどうだとか、どこそこの景気の良し悪しだとか、そういった時事にはロナとて詳しいわけではないのだ。


(ま、折角街まで出るんだ。集められる範囲で情報でも集めておくかね)


 ロナはそう言った内容について詳しいであろう知己や書店を頭の中で思い浮かべながら、クレアと共に庵を後にした。




「……ところで、ロナはどうして大樹海で暮らしているのですか?」


 大樹海の外へと向かう道中、クレアの抱える少女人形が何となく、といった様子で首を傾げて尋ねてくる。そうやって話をしながらも、周囲に展開している隠密結界や探知系の魔法の集中は乱れていない。修行の成果がしっかり出ていて、大樹海での歩き方もしっかり身についてるのが窺えた。


「……そういう生き方をしてきたから、かね。面倒な輩と関わらないで済むってのもあるし……大樹海で暮らすことは魔女としても術者としても修行になるってのは分かるだろ?」

「はい。人目を気にしないで研究もできますからね」

「それも利点の一つさねぇ。そのお陰であんたの固有魔法の研究と開発も大分進んだ」

「色々応用が利く性質だったというのもあります」


 クレアのアイデアや知識を基に、ロナが魔法の組み立て方を指導して開発するといった形だ。固有魔法はそういうところがあるが、クレアのそれは特にそれが顕著な性質を備えていたというのもある。


「それに魔力が濃い場所で暮らし、そこで得られた糧を食って生きるってのも、魔力を高めることに繋がるのさ。あんたの場合は生まれ持っての魔力量でもあったがね」


 クレアの少し先を行くロナは肩を竦める。昔の事、自身の事はあまり語らないロナではあるが、少し考えた後で言葉を続ける。


「――魔女の究極の目的ってぇのは話してなかったかね」

「究極の目的?」

「そうだ。あくまであたし以外の魔女の話さ。カビの生えたような教えで、あたしにとっちゃ全く以って趣味じゃないんだがね」


 ロナは語る。魔女は魔力の濃い自然の中で暮らし、そこで日々の糧を得て修行し、周囲に同調して自らを高めていくものなのだと。


「最後には土地に住まう精霊になったり、古木なんかと一体化して霊木だとかになるんだとさ」

「精霊……霊木……」


 そうした生き方は……クレアの前世の知識に照らし合わせるなら、何となくドルイドっぽいなと、クレアは思った。

 ドルイドは地球では魔女と呼ばれて迫害された歴史がある。この世界で魔女と呼ばれる者達は、特段迫害されているわけではないが。


「そんなのを目的にして生きて、何が楽しいのかって話さね。そういう魔女の教えに反発して、あたしは修行が終わったら、さっさと里から出て都会に行ったのさ。魔女は元々一人前になったら独り立ちするもんだし、そういう意味じゃ都合が良かったかね」

「おお……ロナの若かりし頃……」

「そこで気の合う仲間や友人もできた。そいつらがまあ、冒険者って奴でね。あたしはそっちの仕事を本職に考えてたわけじゃなかったが、何度かその縁で力を貸したり、あたしも便利に使って一緒に探索をしたり……そうして大樹海にも挑むなんて話になってね」


 それから、色々あってこっちに居着いちまったってわけだと、ロナは肩を竦めて言葉を続ける。


「気が付けば大樹海で里の魔女みたいな暮らしをしてたと思ったら、弟子までとってるんだから、先の事ってのは分からないもんさね」


 肩越しに振り返って、にやりと笑うロナである。


「そこは有難いと思っています」

「くっく、ま、色々興味深い弟子ではあるかね」


 首を傾げるクレアにひとしきり笑った後で、ロナは少し真剣な表情になる。


「だがねぇ、クレア。魔女に育てられたからって、あんたは別に魔女としての生き方を選ぶ必要はないんだ。あんたの思うようにするといい」

「私の……思うように」

「そうだ。したい事があるのなら、あたしに遠慮することはない。こんだけ手間暇かけて育てたってのに、庵で誰にも知られず腐ってるってのも、いかにも勿体ないからねぇ」


 ロナが立ち止まり、振り返る。しばらく二人は向き合っていたが、やがてクレアがその目を見て頷いた。


「そう、ですね……。ちゃんと考えておきます」


 修行の方針を考えるなら確かにそうなのだ。独り立ちし、自分で生きていけなければ修行の意味がない。その上で思うようにして良いというのは……クレアを認めてくれているからこそでもあり、ロナの考え方、生き方に基づくものでもある。


「それでいい」


 クレアの返答を受け、ロナはにやっと笑って身を翻して歩みを進める。


「ちなみに、魔女の独り立ちというのは何時頃でしょう?」

「大体、14、15歳ぐらいかね。伴侶を見つけて里に戻ってくるのさ」

「そう、ですか。伴侶はともかく、したいこと……はあります。けれど、それで庵を出ていっても、時々は顔を見に戻ってきても良い、でしょうか?」

「……ま、好きにすりゃ良いさね。あたしも弟子の成長の度合いには興味はあるからね」

「はい。そこは好きにしますね」


 そんな会話を交わす二人。ロナは前を進んでおり、互いにその表情は見えない。

 そのまま二人は大樹海の中を進んで行く。進行方向の木々や茂みが勝手に避けていくために、二人の移動速度はかなり早い。たまに迂回したり立ち止まったりすることはあっても、直線でほぼ最短距離を移動しているために、大樹海を踏破しているとは思えない速度であった。


 やがて――大樹海の「外」が見える。


「おおお……」


 クレアの動きが固まり、人形が声を上げた。鬱蒼とした木々が途切れたかと思うと、一気に視界が広がり、明るい場所に出る。そこは――草原だった。遠くに山々。草原の間に道が続いている。明るい陽光の下で風が吹いて、草花が風に揺れる。大樹海のすぐ近くということを除けば美しい光景であった。

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