第268話 蹂躙

 複雑な文様を描いた糸が、駐屯地自体を円で囲う。探知魔法で保護すべき戦奴兵達――というよりは従属の輪の魔力反応――を探知して捕捉。


 魔力を高めたクレアが、一気に術を用いる。消音結界と封鎖結界により、戦奴兵達がまともに命令に従えない状態にしながら個別に隔離する。


「戦奴兵を無力化しました!」

「皆聞いたな! 行くぞ!」

「おおおおおおおぉおっ!」


 巨人族が咆哮を上げる。隠蔽結界が解除されるよりも早く、巨人族が斜面を下りながら帝国軍の駐屯地に向かって殺到していた。


 堪ったものではないのは帝国軍だ。警戒を掻い潜っての予想外の襲撃。しかも巨人族の方が数も多い。


「なんだ!? 何が起こった!?」

「きょ、巨人共だ! どこから出てきやがった!?」

「冗談じゃねえ! あんな数相手に戦えるかよ!」


 混乱と恐怖の声が巻き起こり、やや遅れて巨人族の大規模な奇襲だと事態を把握した指揮官が声を張り上げる。


「あ、足止めだ! 戦奴兵共! 我らの盾となって逃げる時間を稼げ!」


 そう、叫ぶも。


 意味がない。命令に応えられる戦奴兵がいないのだ。寧ろそんな風に叫んだことで、巨人族からの注目を集める結果となった。


「覚悟せよ」

「ひっ!」


 先陣を切って突っ込んできたのはヴェールオロフだ。戦斧が唸りを上げて指揮官を斬り伏せ、逃げようとする帝国の魔術師を吹き飛ばす。


 遅れて後続の巨人族が殺到した。歩幅が違う。普通の帝国兵であれば巨人族の方が移動速度は速い。武器が振り抜かれ、襟首を持ち上げられ、蹴り倒されて。そこかしこで帝国兵が宙を舞い、吹き飛び、叩き潰された。


「出番がなくなるな、これは……」

「相当強いね、巨人族は……」


 ユリアンやベリザリオがその光景を見ながら言う。


「我らはまだ補助に徹しよう。今の段階であまり目立って、協力している側に注目されてしまうのもなんだしな」

「あたしもまだ、前には出ないでおく。力を使うとどうしても目立っちゃうし、帰って来たって帝国に伝える必要はないもんね」


 ミラベルとアストリッドも言った。それに、巨人族の者達も今まで耐えてきた分の鬱憤を晴らすかのように暴れ回っている。花道を持たせるというのも大事なことではあるだろう。


一方で反抗組織の面々はと言えば――帝国兵の後方に結界を展開して退路を断ち、そのまま押し潰すように巨人族が殲滅していく。


その光景を――戦奴兵達は呆然とした目で眺めていた。自分達は攻撃の対象外ということを理解したのか、へたり込んでいる者もいれば、武器を置いている者もいる。命令が下っていないし、できることがないからだ。見逃された、ではなく明確に助けられた、ということを理解しているのだろう。敬礼の仕草を見せる者すらいる。従属の輪をつけていない異民族もいることはいる。ただ、重要視されているか否かは装備品の質を見れば分かるのだ。


望んで付き従っているような者には良質な装備を。冷遇している者には貧相な装備を渡しているから見た目でも分かりやすい。装備品の質が悪い者に関しては、巨人族も手心を加えて降伏を呼びかけ、そうした者達もさして抵抗せずに応じていた。


 そうやって……程無くしてその場にいた帝国兵は壊滅状態となる。

 降伏した兵は――クレアの使う魔女の術によって意識を奪われる。空から目に付かない結界内に移動させた上で防寒の結界を施し、後でイライザの固有魔法を使って形だけの降伏かどうか精査すればいい。


 虜囚となった者達は自分達の使っていた天幕を移動させ、反抗組織の魔術師達に隠蔽と防寒の魔法を施してもらってから次の目的地に向かって動き出す。


 後は勝手に帝国飛竜兵の斥候に戦闘の痕跡を見つけてもらえばいい。察知されれば後方に伝達が行き、ヴァンデルも動くだろう。


 そうやって巨人族はクレア達と共に動き、進軍していく。


 道中に配置された巨人族側の斥候役と合流し、何かなかったかの報告を受けて更に進む。


「あの崖の上。帝国兵側の二人組の監視役か斥候がいますね」


 探知魔法と糸による視覚情報で敵の位置、姿を掴んでクレアが言う。


「ふむ。飛竜兵と違って通常の斥候は逃がしてやる理由もないな。ここで見逃して妨害工作に走られても困る」


 それに、どこにどんな順番で攻撃を仕掛けたか。それを早い段階で分析されるのも歓迎できない。氷晶樹の群生地に辿り着けないまでも、方向をある程度絞れるからだ。

 巨人族が土地を離れた後、氷晶樹の群生地を荒らされるのも――致命的ではないにせよ看過はできない。


 だから山中にある帝国の拠点を襲撃するルートも真っ直ぐに要塞に向けて襲撃するというよりは、把握している敵軍の位置からある程度のランダム性を持たせる計画だ。後顧の憂いを払って――つまりは出払っている兵を叩き潰して――要塞に攻め入る、攻め入れるという空気を出しながらも、最終的にヴァンデルを誘い出し、有利になる場所で待ち受けられればそれでいい。


 いずれにせよ斥候を放置するということはできない。ヴェールオロフの返答を受けたクレアはスピカに言った。


「スピカ。無力化をお願いできますか?」


 クレアが言うと、隠蔽結界に守られながらもスピカは声を上げて空に舞い上がる。

 襲撃は一瞬のことだ。高所にいる斥候達に狙いを見定めると音もなく降下。確実に相手を捉えられる間合いまで詰めて――。


 立て続けに二回。隠蔽結界と無音の接近から衝撃波を叩き込めば、それは完璧な奇襲として機能した。背後から衝撃波の直撃で斥候の二人は意識を刈り取られる。


 クレアは倒した斥候達に虜囚としての術を掛け、糸繭の中に閉じ込めて連行する。自力で動ける状態になったら、次の拠点で虜囚にした者達と一緒に結界の中に閉じ込め、事が終わるまで処遇を保留にすればいいだけだ。


「ありがとうございました、スピカ」


 スピカにそう伝えると、嬉しそうに一声鳴いてクレアの所に戻ってくる。そのままクレア達は帝国軍の次の拠点、更に次の拠点へと場所を移しながらも、最初の拠点同様に潰していく。


「身分の高そうな将兵を見かけたら、なるべく生かして捕らえるのだったな」

「はい。他者の従属の輪を外すことができる立場なら、戦奴兵の方々をまとめて解放できますから。ただ――そういった人達は要塞にいる可能性が高いですが」


 今のところはそういったことを気にせずに制圧していけばいいと、クレアはヴェールオロフにそう応じる。巨人族も頷き、襲撃した帝国兵を吹き飛ばしながら蹂躙していた。


 そうして襲撃と適度な休憩を挟みつつ、段々と要塞方面に近付いていたが――。


「竜騎兵が、襲撃された場所に気付いたようですわね。慌てて引き返していくのが見えますわ」


 セレーナが言いながら上空を指差した。

 クレアもセレーナの示した方向を糸による望遠で確認する。

 と……そこには慌てた様子の竜騎兵が要塞のある方向に向かって移動しているところが映った。


「……なるほど。程無くして要塞側に情報が伝わりますね」

「次あたりの戦場を占拠して、誘い出す場所を考えることになるか。こちらの動きが変わったから、帝国も竜騎兵による偵察を出してくるはずだ」


 クレアの言葉にグライフが応じる。


「次に向かう場所は吟味するか」


 ヴェールオロフの言葉にシルヴィアも頷き、空中に幻術による周辺地形図を映し出す。


「現在、近場で敵が駐屯しているのがここ……それからここだな」

「では、誘い出すならば――」

「ならばこの場所に――」


 言葉を交わして手早く方針と作戦を定めると、クレア達はそちらに向けて移動を開始するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る