第19話 吟遊詩人と響く音色

「できました……!」


 クレアが少し興奮した様子に人形と共に居間に飛び込んでくる。魔法がかかった道具のメンテナンスをしていたロナと、読書をしていたセレーナがクレアに視線を向ける。


「ああ。人形かい?」

「そうですそうです……! ついに出来上がりました……!」


 少女人形が嬉しそうに両手を上げてジャンプする。セレーナが庵にやってきてからというもの、クレアは修行や交流の傍ら、自分の自由になる時間を使って木工や陶工、縫物に錬金術等……様々な技術を駆使しながら連日人形作りに取り掛かっていたが、それがようやく完成に至ったということなのだろう。


「おめでとうございます、クレア様」


 そうやって嬉しそうにしているクレアに、セレーナも微笑んで祝福の言葉を伝える。


「ふふふ。ありがとうございます」

「もう人形は動かせるのですか?」

「はい。お手隙な時にでも見て頂けたら嬉しいです」

「あたしの作業はきりがいいとこまで終わってるよ」

「私も本を読んでいただけですから。クレア様の人形繰りの方が気になりますわ」


 二人の返答にクレアは人形と共に頷くと「では、組み立てた人形を持ってきますね」と、自室に向かった。

 程無くして戻ってきたクレアに続いて、人影――人形が居間に入ってくる。クレアが作っていたパーツのサイズから二人には分かっていたことではあるが、クレア自身より背丈のある人形だ。

 大きな人形を躊躇いもなく作れるのは、小人化の鞄があって保管や持ち運びに困らないからというのが大きい。操るにしても固有魔法があるから苦にならず、人前でこちらの人形を操って見せる場合は小型にしたままですれば良いのだ。


 クレアの持ってきた人形は――羽付き帽子の吟遊詩人といった装いをしていた。

 陶磁で作られた顔は細面で美しい造形。唇の部分は釉薬の種類を変えているのか、ほんのりと色がつけられている。

 眼の部分はガラス玉。瞳孔や虹彩まで再現したものがその中に埋め込まれていた。


 髪の毛は魔物の毛だ。一本一本が丁寧に埋め込まれているために綺麗な毛並みをしているが、糸状のものなら固有魔法で簡単に自由にできるから、当人からしてみれば手間ではなかった。もし手作業で普通に進めれば間違いなく気の遠くなるような代物であっただろうが。


 裁縫も同様に、クレアにとっては簡単に進められるものだ。糸と針を使った作業である以上は複雑な縫製も凝った刺繍を施すことも自由自在である。糸一本一本の色を組み合わせて織り方にも工夫をすることで、裾や袖など、衣服の一部がグラデーションになるようにしているのは、手作業であれば尋常ならざる作業量になる。


 生地自体はそれほど高価なものを集めたわけではないが、組み合わせと加工によって落ち着いた品の良い色使いながらも、全体的には華やかで高級そうな雰囲気を醸し出していた。


「これはまた……凝ったもんだね」

「人形というよりは芸術品ですわね……」

「ふふふ。固有魔法で大きさに関わらず自由に動かせますし、作業量も増やせますからね。色々やりたい事を詰め込んでしまいました。結構動かすと思うので外で人形繰りをしましょうか」


 三人と人形が連れ立って庵の外に出る。ロナとセレーナが見守る中、糸で操られた人形が脱力したように項垂れた。


「では――」


 少し離れたところに立ったクレアが言って、その手から伸びる魔法糸を輝かせれば、人形は命が吹き込まれたように顔を上げる。不意に意識が戻ったというように周囲を見回し、腰に手をやって優雅にロナとセレーナに向かって一礼をして見せた。隣でクレアもローブの裾を摘まんで揃って一礼する。


 吟遊詩人の人形は振り返るとクレアにも一礼し、それからダンスに誘うように手を差し伸ばす。クレアも頷いて人形の手を取り――そして人形とその主が踊りを披露する。


 それはセレーナがクレアに教えたものだ。夜会や舞踏会で踊るためのもの。

 クレアと吟遊詩人はくるくると回りながらステップを踏む。最初はゆっくりと優雅に。段々と速く。

 踊りの主導権を握っているのはクレアではない。人形の方がリードしているように見えた。勿論、実情はクレアが操っているものなのだが。

 パートナーであるクレアの腰に手を回し、軽やかに主の小さな身体をくるくると回して。踊らせているのは人形なのか主の方なのか。


 吟遊詩人とクレアが離れると、互いに一礼して二人の踊りが終わる。しかし人形繰りはそこでは終わらなかった。

 吟遊詩人はどこから取り出したのか、いつの間にか竪琴を手にしていた。セレーナは目を瞬かせるが、ロナには小さくしていた竪琴を元の大きさに戻したのだと理解できる。

 竪琴に使われている弦はクレアの魔法糸で構成されている。吟遊詩人が弦を弾くと温かみのある音色が響いた。


「これは――……」


 ロナがぽつりと言葉を漏らし、セレーナが目を見張る。竪琴から音と共に魔力の波が発せられており、それを浴びると身体の内側から力が湧きあがってくるような感覚があった。


 吟遊詩人が演奏を終え、クレアと共に一礼したところでロナとセレーナが拍手を送る。


「素晴らしいものを見せていただきましたわ……」

「くっく。魔法で人形を操れるから出来る動きってわけかい。それに……新しい糸の使い方だが、中々面白そうなもんを見つけたじゃないか」

「人形繰りの時に実際に楽器を演奏させてみようと試していたら、偶然発見した副産物ですね。人形に演奏させた方が、効果も増幅されるというのと……それから演奏する曲調によって効果自体も変わるみたいで」


 曲によって差異はあるが音の届く範囲内にいる任意の相手に、強化バフ弱体化デバフの効果を与えることができるというものだ。


「まあ……演奏やそこに魔力を込めるのに手一杯になってしまいますから、味方が多くないとあまり意味はないですし、大樹海では出番も無いと思うのですが……」


 そう言って少し遠い目をしたクレアが言う。前世も人形漬けだったし内気だったので、結局パペッティアにはなれても交友関係は広くはならなかった……と、思い返すクレアである。

 今もクレアが共に組んで行動する知り合いや友人、仲間は現状少ない。ロナとセレーナだけだ。いずれにせよクレアが攻撃に回れない分を補って余りある程の効果かというと疑問符が付く。

 大樹海では、術の性質上目立ってしまうというのも問題があった。ロナの展開している結界内ならいざ知らず、わざわざ周囲の魔物に自分達の存在を知らしめるのは悪手だ。

 もっと多数の仲間と肩を並べて戦うような状況なら話は変わってくるだろうが。


「問題が分かってるなら十分さ。手札として持っておきゃどっかで出番もあるだろ。それから……人形が演奏すると効果が増幅される、だったかい?」

「はい。効果の種類やその辺の理由については研究しないといけないなあと」

「ふむ。人形が演奏した方が効果も強くなるってのは、何となく理由も分かるよ。あんたの固有魔法は、あんたの想いを端に発して、強く結びついているものだ。人形繰りはその本命だろ?」

「なるほど……納得しました」


 クレアが生来身に着けていた固有魔法について、以前ロナは仮説を立ててそれを伝えていた。何かを見せて楽しんでもらいたい、驚かせたいという、前世からの想いが固有魔法として結実したから、糸の性質を変化させたり違う術の効果を乗せたりと、多彩に使うことができるのではないかというものだ。

 だから人形を介すると効果が強化される特性を持つのだとすれば、クレアとしても腑に落ちるものだった。


「固有魔法の選択肢が増えるとなると色々と考えてしまいますね」

「研究しがいがありそうな話ではあるね。今後大樹海で使う事を考えてるなら、慎重になりな」

「分かりました」


 例えば戦闘用の人形であるとか、そういったものの製作も視野に入ってくる。

 そのための素材や資金に関しては大樹海や領都から得ることができるから、製作自体に困る事はなさそうだとクレアは人形を見て、ほんの少しだけ微笑むのであった。

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