第136話 友人の来訪に向けて

 庵を作ると決めた座標に向かうためにコンパスの術を設定し、その場所まで森歩きの術を使って移動していく。

 庵周辺や道中を縄張りにしている魔物の種類や密度は。立地はどうか。外縁部から移動した場合にどれぐらいの手間がかかるか等々を確認しておくためだ。

 

 大樹海だけあって魔物はあちこちにいるが、特段多いというわけではない。数が少ないというわけではなく、大樹海ならば普通の密度というところだろう。


「強い魔力反応は――あれですね」


 探知魔法を使い、周囲一帯を探るクレアが強い反応があった方向を見て言った。ディアナも探知魔法を用いて口を開く。


「この反応は……群れを率いているのかしら……?」

「そうですね。しかし群れであるだけに討伐すれば、逆にこの辺り一帯の主として収まる事ができるかと。群れを率いている主も、この辺一帯では一番大きな反応ですが……対応可能な相手だと思います」


 クレアが言う。とはいえ、今すぐに何かをするというわけでもない。

 あまり早くに討伐してしまうと、そこが空白地帯になってしまうので他の魔物が入り込んでくる。そうなると二度手間になってしまうということもあり、あくまで今日は現地の下見である。


「地形も問題はなさそうだな」

「魔力や植物等も大樹海の他の場所と大きくは変わりませんわね」


 グライフとセレーナが周囲を確認しながら言う。鬱蒼とした大樹海の光景ではあるが、整備する分には起伏に富んでいるわけでもなく、特に問題はないと思われた。


「後は利便性ですが。井戸が掘れそうか、ディアナさんから教わった占術で調べてみますね」


 クレアはそう言って糸を伸ばして地面に触れるようにして術を用いる。糸に淡い光が宿り、地面に波紋のような光が広がっていった。

 クレアは暫く目を閉じていたが、やがて目を開き、左手方向を指差す。


「あっち側ももうちょっとだけ歩いたところから綺麗な地下水が採取できそうです。地脈の上にもあるし、良いのではないでしょうか」


 そう言いつつ、地下水が採取できる場所まで先導するクレアである。


「おお……。安全性まで分かるというのは便利ですわね」

「それも含めての占術というわけね。クレアちゃんの役に立ったのなら嬉しいわ」

「ありがとうございます。場所としても問題無さそうですし、この場所に決めました。座標を記録しておきます」


 クレアは庵を作る場所を決定すると、鞄の中から小さな白い石ころを取り出し、術を掛けてから地面に埋め込んだ。こちらはロナから習った術で、魔法的な目印をつけておくことで配置したものをコンパスの術と連動させて目印として使ったり、持ち物が紛失した時に行方を追う事ができる。


 とはいえ魔法の理解度が高い者であれば術を解除することも可能だから、例えば術がかけられた品が盗難された際などにも必ず役に立つ、とは言えない。

 それでもこの場合はこれで十分と言えるだろう。正確な座標が分かっていなくとも、大体の場所は分かっているのだから。


「では、一旦帰りましょうか。魔物の種類も分かっていますし、後は時期が来るまで独り立ちの準備に努めようと思います」


 そう言って、クレア達はロナの庵へと帰る事となった。

 ロナの庵と、クレアの庵の建設予定地の道中はどうかと言えば、領域が間に挟まるという事もなく、順調に進めば直線的に移動できるため、そういう意味でも利便性は悪くないと言えるだろう。


 そうして帰って来たクレアが、ロナに場所を決めた事を伝える。


「この場所に決めました。頃合いを見て、庵を作りたいと思います」


 クレアが糸の地図を作って場所を示し、ロナは暫くそれを見ていたが静かに頷く。


「なるほどね。大体の場所は理解した」

「はい。実際に作り始める前に一帯の制圧を始めます」

「分かった」


 良いとも悪いとも言わず、ロナはクレアの言葉に頷く。庵作りに関してはクレアの独り立ちにおける課題だからロナは助言しない。


「それまでは準備を進めつつ、普段通りに過ごしたいと思います。一先ずは墓守関係の技術を使って、人形を動かせるようにしてしまおうかと」

「ふむ。そっちについちゃ気兼ねなく話もできるね。日常の手伝いをするための人形って言ってたが」

「はい。庵や開拓村の家で留守を任せたりできるように、と考えていますよ」


 留守番、掃除、畑仕事や家畜の世話といったような仕事を任せる運用を考えているとクレアは言う。要するに、ロナがゴーレムを使ってやっている事の延長ではあるだろう。


「戦闘には使わないつもりですが、自己防衛や防犯用の手段ぐらいは持たせようかなと」


 クレアが考えているのは小規模な防護結界、隠蔽結界を張るだとか、街中なら空を飛んで逃げられるようにする、大きな音を鳴らして危険を知らせるといったものだ。


「自動人形は中々面白そうではあるね。金属心臓と、それに魔法的に紐付けられた自動人形の血で構成される形か」

「墓守はその血というのがあの身体そのものでもあったわけです。目のような感覚器を構成させたりもできましたし、音を感じる事で耳にもなっていました。そして、瞬間的な硬化ができる流体で構成し、金属心臓で血と定義されたものを制御することで攻撃と防御の両面に使っていた、というわけですね」


 墓守は金属心臓をその身体の中を上手く隠し、内部で動かす事で本体を守っていたのだ。クレアの作ろうとしている自動人形は、そうした設計とはまた変わってくるが、墓守を構成していた身体自体の解析と再現もできている。自動人形を動かす動力とし、目や耳のような感覚器を構成させるのは墓守に使われていた部分を用いる事になるだろう。


「制御法と部分的な運用が同じなら、同等の事ができるってわけだね。目的が違うから出来上がりはまるで別物になるんだろうが」

「はい。目的の調整は慎重に進めていますので、もう少し、といったところですね。身体自体は人形の身体で、内側に流体を通して動かす形になりますし、調整が終われば完成までそれほど時間はかからないはずです」

「完成が楽しみですわ」


 クレアとロナの会話を聞いたセレーナがそう言うと、グライフやディアナも頷き、スピカとエルムも後輩ができるのが嬉しいのかそれぞれリアクションを示していた。


 そんなスピカやエルムをクレアは軽く撫でてから「では、早速作業を」と金属心臓を持ってきて調整作業に移るのであった。




「あー。村にポーションを届けてきたら、あんた宛に手紙が来てたよ」


 それから少しして。クレアはロナの庵で研究開発をしたり大樹海で魔物を倒して薬を作ったりと、普段通りの生活をしていたが、近隣の村に向かっていたロナが戻ってきて、クレアに手紙を渡してきた。


「私にですか?」

「ああ。ギルドの連中が届けにきたって話だ」


 渡された手紙を確認し、少女人形がこくんと首を縦に振る。差出人のところに、シェリーの名があったからだ。


 手紙の内容に目を通してクレアは言葉を続ける。


「トーランドの領都にご本人がやって来るそうですよ。ドレスを受け取った後も数日滞在する予定なので会えたら嬉しい、と書いてあります」


 その日付も書かれている。ロナも古文書解読のために領都へ足を運ぶ予定がある。

 合わせてクレア達も領都に向かうというのが良いだろうという事でクレア達の間でも話が纏まった。


「それまでには自動人形も動かして安全確認もできそうですね。上手くいったら、従魔扱いで登録してこようかと考えています」

「まあ、扱いとしちゃゴーレムの延長みたいなもんだからね。使っている技術が別ってのは傍から見ても分からないだろうが」


 クレアは頷き、その日までに間に合わせようと、機嫌が良さそうに作業を再開するのであった。

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