第18話 これからの事と、少し昔の事
クレアとセレーナは二人で協力しつつ物置小屋作りや元々あった物置からの荷物の運び出しを行った。クレアは糸で土を操って平に均したり、また土人形を操って木材を軽々と切断したりと何やら様々なことに使っていた。セレーナは出来上がった木材や板を運んで、組み立てる時に支えたりと、その手伝いを行っていく。
柱や重い物を持ち上げる時にクレアがどこに魔力を集中させて強化させているのかなども「見せて」もらえたので、そのあたりは非常に参考になった。見様見真似ではあるができるだけ強化を使って模倣もさせてもらった。
数時間程で物置小屋はあっさりと完成し、そこから庵の中から様々な品々をそちらに運び込んだ。空いた部屋を掃除し、そこに寝台や棚、椅子といった品々を配置して、セレーナの部屋も日が暮れる前には無事に形になったのであった。
「出来上がりですねー」
「助かりましたわ。一人では何日かかったか。それにしても木材から家具まで作ってしまうなんて器用ですのね……」
満足げに人形を頷かせているクレアに礼を言うセレーナ。小屋作りの時もそうだが、クレアの木材加工は瞠目に値するものだった。糸で操られた土人形が木工作業をしたり、はたまたクレア自身が糸を使って木材を裁断したり、木自体を操って曲げたりしていたのだ。
「ふっふっふ。これから人形作りをする身としては良い肩慣らしというところですよ」
「人形作り?」
「そうです。街で買った素材で人形を作って、それを操って踊らせるわけです。これはまあ……修行とかじゃなくて趣味なんですが」
「何だか、楽しそうですわね」
嬉しそうな声色に、微笑ましくなったセレーナが相好を崩す。
「ええ。出来上がったらそっちでの人形繰りをお見せしますね。人に見せるための人形というのは初めてですので」
「楽しみにしていますわ」
小屋にしろ家具にしろ、簡素なものではなく細部に目をやれば多少の飾り気があってクレアの職人気質なり美意識なりが窺えるものだった。そんなクレアがどんな人形を作り、どんな人形繰りを見せてくれるのか。セレーナも興味が湧こうというものだ。
――庵にセレーナを迎えての新しい日々は、そうやって幕を開けた。といってもクレアとロナにとっては以前とそれほど大きく変わらない。修行をして大樹海で採取をし、加工をする。魔法の研究をし、余った時間は好きに過ごす。たまに最寄りの村や領都まで物品の売買をしに出掛ける、といった日々だ。
クレアの場合、余った時間を人形作りやセレーナとの交流に使うようになったというぐらいか。
一方でセレーナにとっては目新しいもの、初めてすることばかりで、慣れるまでは中々大変だった。強化を使っての日常の仕事は細かく何度も使用するものだから最初の一週間程は毎日クタクタになっていた。
だが魔法の得手不得手に関する検証や自身の固有魔法の魔力の動きを自覚するといった作業については確実に前に進んでいるという実感がある。ロナの指導やクレアとの検証で、いくつかの魔法を実際に行使することができたからだ。それ故に疲れてはいても充実感が強く、少しも苦ではない。
クレアに対して礼儀作法や貴族社会について教えるのもセレーナとしては対価としてというよりは楽しんで進めていた。指導に対する反応が素直で飲み込みも早いのでストレスがなかったし、クレアは魔法の検証や修行も手伝ってくれる。姉弟子として尊敬しながらも妹ができたようで、充実した時間を過ごすことができたのだ。
ロナに対しては様付けをしていたところ「柄じゃないから呼び捨てでもいいよ」とは言われたのだが、それは流石に、と固辞した。セレーナの口調や礼儀作法も幼少期から染みついたものであるため、抵抗感があるのだろうとロナは「ま、抵抗感があるのならそのままでも良いがね」と言っていた。ロナはそういう部分での干渉はあまりしない人物だとセレーナは受け取る。
不思議だったのは、クレアの剣の扱いだ。
ロナが作ってくれた訓練用の木剣は魔法がかかっていて、刃渡りも重量バランスも構造も愛用の剣と全く同じだった。ただ材質が木であるだけだ。
クレアの木剣も用意されていたが、セレーナの細剣とは構造の違う剣だ。ロングソードに見えるが柄が長めなのが特徴的だ。言うならば小振りなバスタードソード、だろうか。クレアの体格に合わせてバスタードソードを小さくすればこうなるかも知れない。
クレアは不思議そうな表情で木剣を握っていたが、やがて「素振りをしてみます」と言って庵の外に出ていった。セレーナもその後に続く。
そこで――自分の常識にはないものを見た。
クレアは確かに剣を握ったことがないらしい。掌には剣ダコもなく、剣を扱う姿もあまり慣れているようには見えなかったのだ。しかし。
少し思案していたようだったが腰のあたりに人形をしがみつかせて木剣を実際に構える。足腰、や肩、腕といった各所に魔力強化を施しているのが見えた。
「これで……こう、でしょうか」
腹話術による声と共に、剣を振るった瞬間。
「え――」
思わずセレーナの口から声が漏れる。その一閃が、あまりにも様になっていたからだ。二度、三度。太刀筋を変えて振るうが、そのどれもが鋭いもので――しかし魔力強化の配分を間違えたのか、バランスを崩してたたらを踏んだ。
「えっと。剣を握るのは、初めて、なんですわよね?」
「そう、ですね。普段は固有魔法で斬撃を放つ時に使っているのですが……元々の話をするなら、人様の斬撃の見様見真似と言いますか、そんな感じです。けれど、魔力強化だけで動きを再現というのは、すぐにボロが出てしまいますね」
人形が残念というように首を横に振る。
「人形を踊らせるのが日常の振る舞いであり、趣味でもあるから、人の細かな動作ってのをつぶさに見てるんだろうがね」
「そういうことですのね……」
クレアの生い立ちや交友関係を知らないが故に、セレーナはロナの言葉で納得をする。木材も切っていた糸だ。振り回せば斬撃にもなるだろう。
初心者には向かないバスタードソード風の木剣も、きっと模倣元になった人物が使っていた剣をクレアの体格に合わせて小振りにしたものなのだろうと推測ができる。
「セレーナにとっちゃ刺激になりそうかい?」
「はい。武器の種類は少し違いますが、異なる流派の方の動きを体験できるというのは勉強になりますわ」
そう言って、これからのクレアとの剣の稽古や人形繰りも、楽しいものになりそうだと微笑むのであった。
……――昔。昔の事を覚えています。
それはロナと出会うよりも前の事。今の
赤く爛々と輝く獣の二つの瞳。叩きつけられるような炎と爆発。それから、舞うように振るわれる白刃の輝き。夢に見る事もあるし、未だに思い出すこともできます。それだけ当時の私にとっては衝撃的な光景だったのでしょう。
剣を振るう、その人物。その人物が私を守ろうとしているのだと、何度か夢に見て、その記憶を幾度か振り返っている内に理解できました。
私を嚙み千切ろうとする獣の襲撃に割って入ってそれを斬り伏せ、迫る刃や炎を散らして切り込んでいく……その動きを。閃く白刃の輝きを。私は美しいと思いました。
だからロナと固有魔法の研究を重ねていく中で、その剣の動きを真似た糸の斬撃を見せた時。ロナは何か武術でも学んでいたかと尋ねてきたのです。
それにまだ幼かった頃の私は正直に答えました。
その人は自分を守ってくれたが多分、亡くなっている、とも。
「……あんたはそいつのことを知りたいかい?」
「――はい」
ロナは――私の眼を見て尋ねてきました。
「仇を討ちたいから?」
私は、少し考えてから首を横に振りました。多分、そうではない、のだと思います。あの人達の事を考えると怒りだとかではなく……少し寂しく悲しく、何も知らずにいる自分の現状に焦ってしまうような。そんな感情を覚えるのです。当時の私は、ロナにこう答えました。
「わかり、ません。いのちをたすけてくれたひとなのに、そんなこともわからないぐらい、あのひとたちのことを、わたしはなにもしらない。どうしてそこまでしてくれたのか、わたしは……わたしだけはしって、おぼえておかないといけないと、そうおもうんです」
「……そうかい」
ロナは暫く黙っていましたが、やがて「ついてきな」と言って庵の裏手にあった墓所へと私を案内してくれました。
ロナは大樹海で亡くなった人達をここに埋葬したということを教えてくれました。
本来ならもっと大きくなってから伝えようと思っていた、とも。
それは――私の内面が普通の子供だと思っていたからでしょう。けれど、私は人の死ということも、彼らが私を守ろうとしていたことも知っていたから……。だからロナも教えてくれたのだろうと思います。
「あたしもあの剣士達のことはよく知らない。名前も聞けなかった。ただ――あの剣士はあんたの事を心配してた」
主より預かった大切な人だという、最期の言葉と共に……あの剣士のことを教えてくれました。私を守ったのは誰か――恐らく私の両親への想い故に、でしょうか? 理由はどうであれ私が今ここにいるのは、あの人達が守ろうとしてくれたお陰です。
どうして追われていたのか。彼らのしてきた行いが正しかったのにそんなことになってしまったのか。それとも間違っていたからそんな風に追い込まれてしまったのか。それは――分かりません。
けれど、その日から私にとっては彼らの事を知る事が、したい事の一つとなりました。その想いは今もまだ――変わってはいません。
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