第153話 狼と開拓作業と
クレア達は少しの間孤狼達の感触を楽しんでいたが、やがて満足したのか、作業の続きに戻った。毛繕いに近い感覚があったのか、二頭の狼も心なしか満足そうな様子ではあるだろうか。
クレアは土を硬化させて地下室や家の基礎を作り、表面を樹脂によって特殊加工した木材を組んで家を作っていく。
「地下室がそれなりに大きくなりましたから、土が小山になっていますが、これも焼いて建材にしていくつもりです」
土は屋根瓦や大鍋、窯等々の素材として使う予定だ。
「合理的だし素材の使い方も面白いな。木材は組んでいるのではなく、溶け合わせるようにしているのか」
「そうですね。普通にやるよりも早くて頑丈に作れるかと。表面も加工してあって、燃えたり、水で腐ったりもしにくくなっていますので」
「ん」
組み上げた木材を見て興味深そうにしているリチャードに答えると、エルムが小さく声を上げる。
普通の工法とは違い、元々一本の木であったように溶け合っていた。
クレアの示す設計図に従って木材を組み合わせて骨組みができていく。床、柱と、梁と、家の輪郭ができるに従ってどんなものになるのかの完成予想図も見えてくる。
「中々大きな家になりそうですわね」
「応対部分や工房部分に加えて生活空間が必要になりますからね」
開拓村の民家としてはかなり大きな部類だ。
応対部分は診療所や店舗のように使うということを想定しているということもあるし、身内が寝泊まりすることも考えられており、人形作りやポーション作り、錬金術等の作業を行う工房も必要という事で、どうしても広い家になる。
「井戸を掘る場所も、良い場所がありそうだったから目印を置いておいたわ」
ディアナも開拓村の中で井戸を掘る位置にあたりをつけて目印を置いて戻ってくる。
「ありがとうございます。一通り出来上がったら、人払いの結界で隠して開拓が本格的に始まるまでは隠しておこうと思います。家具などは追々作って揃えていく、ということで」
「家具も作るのね……。建築はエルムちゃんの能力だけど、設計はクレアちゃんなんでしょう?」
ルシアが尋ねるとクレアが首肯する。
「一応ですが。人形用の小物という事で、色々調べたり研究したこともありました。自分で使う分には作った後で調整もできるし良いかなと」
「クレアの作る家と家具……完成が楽しみだわ」
「遊びに来てくれたら歓迎しますよ」
「ええ。是非」
王都だけではなく、辺境伯領での再会も約束するクレアとシェリーである。
そうしている内に料理も出来上がってくる。
孤狼と白狼用に細かく刻んだ山盛りの魔物肉。人用にはそれらの肉をパテにし、チーズや何種かの野菜と共にパンにサンド。自家製ソースで味付けをした……要するにハンバーガーだ。
手掴みでも問題はなく食べられるが、シェリーもいるために木皿に乗せて皆に配る形だ。孤狼と白狼用にパテに玉葱等を使っていないものも用意しており、それぞれに一つずつ、専用ハンバーガーも用意していた。
クレアは聞かれても仕留めた魔物の肉としか答えないだろうが、実際のところ今回の食材として使われているのは竜の肉だ。
孤狼、白狼の空腹を満たせそうなだけの量の魔物肉の持ち合わせが、鉱山竜のものしかなかったのだ。
護衛隊も護衛隊でスープを作っていた。野営用として一般的なものではあるが、シェリーが同行して兵士達が普段食べているようなものを食べて実際の様子を体感してみたいという要望を出していたためである。
「面白いわ。屋台で振舞われるものに似ているわね」
ハンバーガーを受け取って嬉しそうにしているシェリーである。
「何と言うか、慣れている感じがありますね」
「お嬢様は時折街中で屋台の料理も食べる事がありますから。私が先に頂くことも多いですが」
クレアが感想を口にするとポーリンが応じた。護衛であるから毒見として先に一口貰っている、という意味だろう。
「今日はその必要もないと思うのだけれど……ダメかしら?」
「お気持ちはわかりますし同意もしますが……例外を認めては私が怒られてしまいますよ、お嬢様」
ポーリンが苦笑して応じる。クレアも「大丈夫ですよ」と少女人形がぱたぱたと手を振って応じ、チェルシーも問題ないというように頷く。
クレアも他人事ではなくそういう扱いに慣れたり、自身としても暗殺には気を付けなければならない、ということもあるのだろう。
ただ、解毒の手段はクレアの場合は色々とあるので毒見役は必須ではないのだが。
自身の体内に固有魔法を用いる事ができるのだから、毒を体内や血中で分解したり、吸収されないように阻害したりというのも容易ではある。
ハンバーガーやスープが全員に行き渡ったところで昼食となる。
ハンバーガーは見た目にも洗練されているということもあり、気になっている者が多かったのだろう。食べ慣れたスープよりも先に手をつけて、あちこちから「おお?」とか「うめえな、これ……!」と声が上がっていた。
ナイフとフォークで切ってポーリンが一欠け食べて確認をして、シェリーもハンバーガーを手に取って口に運ぶ。
「ああ……。これは――美味しいわね」
使われている食材の相性が良く、見た目や食感の良さもあるが、何より使われている肉が美味だ。確か昔、王城で食べた料理で一度だけ近いものを味わった事があるような……と、シェリーは記憶をまさぐる。
レッサー種が献上されてどうこうと父が執事と楽しそうに話をしていた記憶があるが、クレアの用意した食材はそれよりも上等な味に感じた。帰ったら調べてみようと思いつつも、大樹海で狩れる魔物なのだろうと、そんな風に納得する。
孤狼と白狼はと言えば――肉の方から最初は少し口にして後は一気に。ハンバーガーも口の中に放り込んで咀嚼すると、しばらくの間余韻に浸っていた。
白狼は大きく尻尾を振ってクレアを見る。
「病み上がりですから、そのぐらいにしておきましょう。またの機会もあるかと思いますし」
そんな風にクレアが答える。白狼は少し残念そうではあるが、それでも納得はしたようだ。
孤狼は一見では白狼程尻尾に大きな反応は示していない。ぴくぴくと小さく動いているあたり、領域主だからという自覚なりがあるのかも知れないが。
どちらにせよ気に入ってもらえたようだと、満足そうに少女人形が頷く。
護衛隊の作った料理はベーコン入りの野菜スープだ。
「身体を温めてお腹の調子を整える、という効果があるようですね」
「ふむ。味も考えられているか。料理の出来は士気に関わるからねえ」
というのがクレアとロナからの評価である。身体を温めたり、整腸作用の効果が期待できる野草も入っており、兵士達の野営用として実益も兼ねていると、クレアやロナが感想を述べた。
普段ならパンとスープにもう一品といったところであるが、今回はクレアの用意したものがあるので護衛部隊側が用意したのはスープだけだ。
シェリーもそうした解説によく考えられている、と感心しながらスープを味わっていた。
食事が終わればクレア達は作業の続きに戻る。家だけでなく、ある程度開拓しやすくするということで一晩野営してから帰る形だ。
シェリー達は日が暮れる前に護衛隊と共に領都へ戻るが、クレア達は残り、整備作業の前に白狼の従属の輪の解除に移るのであった。
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