第20話 セレーナを迎えての探索

「そっちに一匹行きましたよ! セレーナさんの右です!」

「はい! 視えていますわ……!」


 クレアの声に答えたセレーナが横合いの茂みから飛び出してくる影に目掛けて細剣を突き出しながら身を翻す。

 飛び掛かってくる灰色の狼の攻撃から身を躱しながらも、寸分違わずに細剣がその眼に吸い込まれるように突きこまれた。茂みの中から奇襲をかけたはずが、完璧なタイミングのカウンターが迎え撃つ。物陰だろうと魔力を視る事ができるセレーナには、遮蔽物からの奇襲は意味がない。加えて動体視力も並外れているから、視界に捉えられた以上はこういう結果になるのは当然であった。


 二頭、三頭。正確かつ迅速に出合い頭に急所を貫いて確実に仕留めていく。魔力強化を用いての瞬発力と優れた動体視力、探知能力からの正確な捕捉。

 視界や視力を補強するような魔法は、セレーナと特に相性が良かった。探知魔法の一部には天性の才があったからこその芸当。


 一方でクレアに向かっていった魔物狼は――突然クレアの目の前に現れた人形集団の槍衾に突っ込んで悲鳴を上げる派目になった。

 クレアがばら撒くように放った人形達が元の大きさに戻り、ファランクスを形成したからだ。戦列歩兵人形は盾と槍を構えて突き出し、必要に応じて行進、方向転換をする。そんな単純な動きしかできない。吟遊詩人人形程凝った作りでもない。


 しかし密集方陣は個々の練度が高くなくとも、息を合わせて同じ動作をさせれば十分に機能するのだ。故に、クレアが人形繰りを戦闘に応用する初歩としては都合の良いものだった。


「そこですね」


 群れの後続が槍衾に気付いて足を止める。そのエリアを糸弓のキルゾーンとしている。足を止めた狼に針のような光の矢が降り注ぎ、迂回しようとした後続を横合いからセレーナが飛び込んだ。

 セレーナを囲もうとした狼達を、クレアが更に放り投げた戦列歩兵達が展開して牽制。糸弓と共に制圧していく。そうやってクレアとセレーナは、効率的に魔物狼の群れを狩っていった。


「それが最後です!」

「任せて下さいませ!」


 身体ごと飛び込んでの刺突。最後の一頭をきっちりと仕留めたセレーナのところに、クレアが走り寄ってくる。


 セレーナが大樹海に出て活動できるようになったのは、庵にやってきてから半年ほどが経ってからのことだ。

 セレーナの魔法修得の相性に関して言うなら、探知魔法や自己の身体強化、機能の拡張といった方向には良好であった。


 反面、隠蔽結界や火球など投射するタイプの魔法との相性は悪い。

 十分な時間を掛ければそれも実用レベルでの行使も可能になるのかも知れない。

 しかし大樹海で結界が通用するレベルに引き上がるまで待っていては、冒険者として実績を積んだり、金を稼いで実家に送金するのが遅くなってしまう。


 だから……ロナは自分でその都度状況に合わせて隠蔽結界を展開するのではなく、予め用意したタリスマンやコンパスを使って大樹海を探索させることにした。

 そのためのタリスマンとコンパスをセレーナ自身の手で作らせる方向に切り替えたのだ。そしてこちらは問題なく修得することができた。


 用意していた物品を使う形なので状況に合わせての応用力は落ちるが、それらを想定し、準備を入念にすれば補うことはできる。何より、隠蔽結界を展開するためのタリスマンに関しては売り物にできるのだ。


 ロナの指導によって作られる品々は――その品質はともかく、使われている技術自体は一般にもあるものだ。「ポーション作りしてるクレアとは競合しないってのも都合が良いだろ?」と、ロナは笑う。


 大樹海を探索するための技術と知識が身に着けば、必要になるのは魔物を討伐する実力だけだ。その点を言うのならば身体機能の拡張魔法を修得したセレーナは、元々の必死に学んできた剣術の技量と相まって、十分な水準に達していた。

 草木を自分の周囲から除けるための森林歩きの術も、タリスマンを使用している。後はそれらに魔力を供給するだけだ。


 そうやって、クレアとセレーナは共に大樹海を探索することとなった。

 クレア自身も身に着けた技能を活かして他者と組んで戦う技術を修得する機会を得られるのは喜ばしいことだ。セレーナ以外には見せられない技術も多いのだから。

 組んで戦い、連携の精度や戦術の幅が増えることで安全に狩れる魔物も増えていく。


「これで群れは全滅です。感知できる範囲内での討ち漏らしは有りません」

「――依頼達成、ですわね」


 細剣の返り血を払い、クレアの言葉を受けてセレーナは安堵の息を吐く。

 魔物狼の群れについては冒険者ギルドで討伐依頼が出ていたものだ。いつも立ち寄る村とは別のところからの依頼であったために少し遠出をすることになったが、風上から囮の臭いを流して群れごと誘き寄せて迎え撃った結果である。


「素材や作った物品も溜まってきましたし、そろそろまた領都に行きましょうか」

「そうですわね。ギルドに報告もしなければなりませんし」


 売却する素材については一緒に集めたものなので半々に分けて。作った物品についてはそれぞれが作ったものを売却する。ロナは二人が行かないエリアから採取してきた素材を使っているので特に競合することもないのであった。




 ――ロシュタッド王国北方に広がる大樹海を通り過ぎ、更に北。そこにヴルガルク帝国はある。

 北方に乱立していた小国や民族を、圧倒的な武力を背景に吞み込んで大きくなってきた軍事国家だ。それ故、諸侯諸民族の反乱や離反を防ぐために、恐怖で支配する圧政を敷いていた。


 その大国の頂点に君臨する大帝やその一族が住まうのは、帝都中心部にある宮殿である。

 女。女が白い柱の立ち並ぶ宮殿の廻廊を歩いていた。

 いくつもの絵画。天井画。彫刻。いくつもの美術品や宝石。色とりどりの装飾と赤い絨毯で彩られた廻廊を進んだ女が、大きな扉の前で足を止める。女が扉を叩いて口を開く。


「エルザでございます、グレアム殿下」

「入れ」


 若い男の声。エルザと名乗った女が入室すると、そこに若い男がいた。

 大きくウェーブがかった長い黒髪の男。燃えるような赤い相貌。歳の頃は17、8程だ。顔立ちは整っているが、冷たい印象を受ける人物であった。

 第六皇子グレアム。母親の身分が低く後ろ盾もない。帝位の継承権も低い、とされているものの、固有魔法を持っていると噂される人物であった。


「殿下から命じられていた追跡調査に関する報告がございます」

「……例の鍵の行方か?」

「はい。南方に派遣していた人員が、目撃情報を持って参りました。彼の者達が大樹海に向かうのを、辺境に住まう狩人が見たと」

「大樹海……」


 グレアムは思案しながらもエルザが机の上に広げた地図を覗き込む。


「狩人が住んでいるのはこの地です。そこから――大樹海に入っていくのを見たとの事。時期や特徴も一致します」


 エルザが指し示した地点にグレアムは呆れたように言った。


「このような難所から大樹海に入るとは正気とは思えんが……その後の展望は? 大樹海に何かあるのか……? いや……一度難所に入ると見せかけ、核心部を迂回して大樹海を抜けて……ロシュタッドを頼ったか……?」


 グレアムはエルザに問いかけるというわけでもなく、独りごとのように呟きながら考えていたが、やがて顔を上げる。


「王国の北方を中心に人員を差し向ける。大樹海内部の調査も必要だが……危険度が高い。それについては私から父上に許可を取ろう。詳しいことは後程詰めるが、先んじて腕利きを招集しておけ」

「畏まりました」


 グレアムの指示を受け、エルザが部屋を出ていく。


「……鍵、か。全く面倒なことだ」


 グレアムは呟くと、父親と面会するために部屋を後にするのであった。

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