第173話 罠と誘い
ルーファス。アルヴィレト王国国王の名だ。つまり、クレア――クラリッサ王女の父親である。
落城の際に脱出を断り、自ら逃げる者達の囮となって城と運命を共にした。そう思われてきたが、実際にその最期を確認した者がいない。
普通ならばどこそこの王国を滅ぼした。王族はこのような処遇になると、公にするものだ。虜囚の身となったと伝えるだとか王家が断絶したと知らせるだとか、戦後処理の一環として必要なものだからだ。
だがアルヴィレトに関してはそうはならなかった。
自分達の存在を外部に秘匿していた魔法王国ということもあり、帝国側としてもその秘密を独占するために情報を可能な限り伏せたいという思惑があったのだ。
だからルーファスがどうなったのかは帝国の一握りの者だけが知っている。生存の可能性という点ではゼロではなく、帝国側から見て鍵――運命の子の消息が不明という点を踏まえれば、人質や血統を残すため等々……様々な意味での保険として生かしておく利点はあった。
また、手紙には期日が記してあって、そこに書かれていた刻限はまだしばらく先だ。情報が伝わって反応するまでの時間を見ているのだろうが、過ぎた場合は帝都で処刑を行う等とも書かれていたという。
「……わかりました。領都まで行って今後についての話をする必要があるかも知れません」
「そう……。クレアも準備や考える時間が必要でしょうし、詳しい話はその時にね」
「相手が帝国に関することなら、父上やウィリアム達も交えて話をした方が良いだろうからね」
クレアの返答にルシアとニコラスが答える。
「お二方とも……ありがとうございます」
クレアが帽子を取って頭を下げると、二人は笑う。
「良いわ。クレアには私達も助けられているから」
「僕達は、少し村の様子を見たら先に戻るよ。今日は本当に伝言に来ただけだから」
「お昼ぐらいは食べて行って下さい。用意しますよ」
「うん。ありがとう」
「ありがたく頂いていくわ。クレアちゃんの料理は美味しいものね」
クレア達が食事の準備をしている間、村の開拓具合を見てくるという事で二人は家の外に出ていった。
発展が早いので訪問してくる度に変化があって楽しいとは言っている二人であるが、この場合、その辺を名目にクレア達に考える時間等をくれた、と考えるべきだろう。
「ルーファス陛下は――クレア様のお父様、でしたわね」
「はい」
クレアが頷く。
「……手紙を送って来たのは帝国ね」
「策が空振りであったとしても帝国は大した労力は割いていないし、帝国が王国側の情報を持っていなくとも取れる手段だ。だが心当たりのある者に届くのならば、何か行動を起こしてみろという……罠の類だな」
グライフは険しい表情をして言った。
加えて言うなら、ルーファスの生死や所在を確認する方法がないため、帝国の言っている事が本当かどうかすらわからない。処刑というのもだ。民衆に知られていないのだから、処刑を宣言していたとしても適当な替え玉を「ルーファス」なる人物として処刑すれば帝国に痛む懐はないのだから。
ただ――アルヴィレトの者達が王女を既に見つけ出しているだとか、辺境伯とアルヴィレトが繋がっていると仮定するならば揺さぶりとしては有効な手だと言える。
王を人質に取っていると示唆されて見捨てたとなれば王女の求心力に打撃を与える事ができるし、辺境伯の出方次第では王女の関係性に亀裂を生じさせる事ができるかも知れない。
いずれにせよ、出方を見て王女の所在や考え方等に探りを入れるつもりなのだろう。
当人が本当に姿を現すとまでは帝国も考えていないだろうが、実際に動いた者を捕えれば手掛かりになる。
「実際の文面を見たり、ウィリアムさんに話を聞かないと判断できないこともありますが……私の出自が帝国に滅ぼされた小国の出身で、人質に使おうとしている人物が私の父、という部分は辺境伯に話しても問題ないかなと思います。どう対応するべきかはともかく、この件で私が積極的に動くためには、名前を出された人物と関わりがあるのだと、明かさないわけにはいきませんから」
そう言われたディアナは少し思案を巡らす。
「そう……。そうね。辺境伯には帝国側に対して何かの動きを見せる理由がないでしょうし」
誰かも分からない者のために帝国側に諜報員を送るだとか、救助に向かうだとか、そんなリスクを冒すということは考えにくい。帝国への諜報であれば、それこそ辺境伯家としても行ってはいるのだろうが。
「救出や調査を考えるにしても、ウィリアムに話を聞いてみないと足掛かりもないな」
「はい。協力を仰ぐためにも、事情を話すのは筋かと思います」
「ただ……帝国側が鍵に対して陛下を結び付けてきた、その理由を気にするかも知れないわね」
「そうですね……。とりあえず昼食の準備をしながら考えておきます」
「ええ。後は……商会に連絡を取っておく必要があるわね。前の手紙ではこっちに訪問してくると言っていたし時期的にもそろそろのはずなのだけれど……行き違いになってしまう事を考えて、手紙を用意しておくわ。こっちは喫緊だものね」
「はい。ぎりぎりまで待って、出発する時にスピカに頼みましょう。ロナとチェルシーには今日中に連絡しておきますね」
ディアナも頷いてクレアの家の筆記用具を借りて、スピカも一声上げて答えるのであった。
食事を終えてルシアとニコラスは領都へと戻る。準備もあるので数日以内には領都に向かうとクレアは二人に伝えた。
ロナとチェルシーに連絡を入れ、帝国に対してどう動くべきか。話し合いをしたり準備をしていたが――領都に向かう日よりも前に、開拓村にフォネット伯爵領からやって来た馬車が辿り着いた。
「いやあ、これは快適でしたな」
「そうですね。まだ道の再整備が進んでいないところがありますが、乗り心地は良好でした」
「新型の馬車は中々のものですなぁ」
そう言いながら馬車から降りてきたのはパトリックとラヴィルだ。ディアナが開拓村にいるという事で様子を見に来たという体である。商会としても関わりがあるという事もあるが。
二人とも商会の中心人物だが、帝国の情報網が壊滅状態になっているというのは聞き及んでいる。こうやってクレアとグライフ、ディアナの様子を見に来る事ができるというのはそうした理由でもある。
「ふむ。開拓村はまだ日が浅いと聞いておりましたが……中々の充実ぶりですな」
パトリックが周囲を見回しながら言って、ラヴィルが村人に尋ねる。
「失礼。ここに魔女様が暮らしていらっしゃるとお聞きしてきたのですが、どこに住んでいらっしゃるか分かりますか?」
「魔女様ですか? あの道を進んで真っ直ぐ行ったところの、大きな家です。ちょくちょく大樹海に出かけていますが、今はご在宅ですよ」
「ご親切にありがとうございます」
ラヴィルは丁寧に一礼する。話しかけた村人もアルヴィレトの者で、顔見知りではあるが、両者ともおくびにも出さない。パトリックもラヴィルも、村に知り合いであるディアナを訪問してきただけで、あくまでも村人達は初対面、という事になっている。
パトリック達がクレアの家の戸を叩くと、クレアが顔を出す。
「ああ。お二方とも。お待ちしていました。まずは中へ」
クレアが言って、二人を招き入れる。パトリック達の到着を待っていたという事もあり、店内にはロナやチェルシーも含めて人が揃っていた。
「ふむ。来たようだね」
「私の師であり、育ての親のロナです」
「おお。これは――お話は伺っております」
クレアがロナを紹介すると、パトリックとラヴィルが改まってお辞儀をしてから自己紹介する。チェルシーも紹介し、それから話をすることとなった。
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