第132話 ドレスの完成に向けて
生地作りに染色も終わらせて、どんなデザインにするか等も纏まる。
クレア達は一度領都に出かけ、仕立て屋に顔を出して人間用の服で着心地を良くするための工夫について相談をしに出掛けた。
クレアが王都でシェリーとの出会いやドレスの作製を依頼され、その依頼を受けたことを話すと、仕立て屋の店主は喜んでいた。
「良い物が分かる人というのは、ちゃんといるものね。確かに、王都からやってきた人から、クレアちゃんの事について聞かれたことがあるわ。王都から買い付けに来てくれる人もいるわね」
そこで店主が答えたのはシェリーがクレアに伝えた通りに師匠がいるというもので、その正体までは明かしていない。
「秘密にしておいて下さったのは有難く思っています。ありがとうございます」
クレアがお辞儀をすると店主は嬉しそうに微笑む。
「それで……私は人形用の服しか作ったことがないので着心地の良さとか、その辺の知識が足りていないと思っています。ですから、ちょっとお話を聞きたくて。情報に謝礼もお支払いします」
「なるほど。いえ、普段お世話になっているし、お金はいらないわ。今後も色々見せてくれれば、それで十分よ。クレアちゃんは商売仇にもならないし、秘密も漏らさないものね」
「では。今後もよろしくお願いします」
その言葉に少女人形が頷く。クレアは服飾で食っていくつもりはない。
アルヴィレトの王女として生きていく道を既に決意として固めているが、それは表に出せる情報ではない。一先ずはポーションや薬を作っているだけでも食っていくのに困ることはあるまい。
「そうねえ。聞いた感じ、シェリーちゃんはクレアちゃんと同年代なのよね……? だとしたら、成長による体格の変化も加味しつつその調整をできるようにする。そうしても見た目の印象が変わらないような工夫を入れるというのは良さそうね」
店主はそう言ってその具体的な方法を話してくれる。服の装飾の中に折り込み隠し、そこを調整することで成長に合わせたサイズの調整を可能にするというわけだ。
「なるほど……。参考になります。スカートは立体的にして針金で支えたりもしますので、その辺でも丈を調整できそうですね」
「それから、人形と違って動作で擦れて負担のかかる場所に肌触りの良い裏当てをしたり綿を入れたりかしら。でもクレアちゃんは人形を動かすから、動いた時にどこに負担がかかるかとか、その辺は大丈夫かしら」
そう言いつつ店主は普段どんな工夫をしている等々の知識を惜しみなくクレアに披露してくれる。クレアは少女人形と共にふんふんと頷きながら、それらの知識を吸収していくのであった。
仕立て屋での用件も終われば、ドレス作りの作業も先に進められる。ロナはトーランド辺境伯家に向かい、解読作業の続きと孤狼についての話をしに行った。
ウィリアム達の様子も見に行ってくれるという事であるため、そちらはロナに任せ、武器と防具作りでしばらく領都に来ていなかった分も合わせ、領都での買い出しや孤児院への顔出し、冒険者ギルドにポーションを届けに行くと共にドレスの一件の話を通しに行く等々の細々とした用件を済ませていく。
それからクレアは早めに宿に向かい、宿屋の一室でドレス作りの続きを進めていくことにした。
「さてさて。では――続きをやっていきましょう」
出来上がっていたデザインの構造部分に仕立て屋から言われた事を小さなサイズで作った人形服のウエスト部分やスカート部分を折り曲げて重ねたりと、調整法を試行錯誤しながら皆の意見を求める。
「こんな感じでどうでしょう。実際はこの部分は背中側ですしリボン等の飾りで隠れるので、どの大きさに調整しても見た目の変化は出ないはずです」
「確かに、装飾の一部のように見えますわね」
仕立て屋の店主から聞いた方法としては、今そうしているように飾りに隠してしまうとか、折り重ねておいて広げたり狭められるようにしたり、調整用の紐や帯自体をデザインとして組み込んでしまう、といったものだ。
ウェスト部分は背中側で装飾に隠し、裾は飾りの中で折り重ねる事で身長が伸びても見た目は変わらないといった具合になる。
「情報を貰ってから組み込んだとは思えない完成度だな」
「本当にね。固有魔法があるとはいえ仕事が早いわ……」
そう感心するグライフとディアナに少女人形が照れ臭そうに後頭部に触れるような仕草を見せる。
「色々これまでに作ってきているのでその応用ではありますが。けれど決めました。どの方式も全部入れてしまいましょう」
そう言いながら人形服の構造を一部作り直して別の形式にして意見を求めたりしていたクレアであったが、やがて納得がいく完成図が見えたのか、鞄の中からマネキンを取り出す。
術を解くとシェリーの背格好とほぼ同じ大きさ、同じ髪型と髪色のカツラを被せたマネキンとなった。
更に鞄から生地や生糸を取り出してドレス作りを進め始め、それを他の面々も興味深そうに見学する。
生地の裁断から縫製まで、固有魔法で進める事ができる。空中に浮かぶ生地と糸が淡い輝きを纏いながら、鋏も針も無しに切断され、縫われて形を成していく様は、物語の中の魔法使いを見ているようで、幻想的な光景だという感想をセレーナは抱く。
ドレスは基本となる本体部分、それから薄手で透けたレースのヴェールや布製のコサージュといった外側の装飾部分から構成されており、ヴェールやコサージュ、ボレロやショール等を交換することで装いや雰囲気自体をがらりと変える事ができる。
例えばスカートなら外装を交換することで、フリルによって飾り付けた甘やかな印象のものにする事もできるし、ドレープを目立たせた豪奢なものや、細かな刺繍が入ったストレートラインの重厚な装いにもできる。スカートの外側に透けたヴェールの外装を重ねれば、また違った雰囲気に変化する、といった具合だ。
成長に合わせて交換することで出席する会のコンセプトに合わせたり、その時々の気分や流行に合わせた外観に変える事が可能というわけである。
外装次第で雰囲気は変われども、基本的にはどれもクレアが人形に着せるならばこういったものになる、という趣味嗜好を前面に出すと共に、知っている技法を注ぎ込んでいる形だ。
この辺はシェリーがクレアの作るものに入れ込んでいるからで「全てお任せするわ」と言われた結果ではあるだろう。
クレア自身人形を着せ替え、組み替えて遊ぶからのコンセプトではある。成長に合わせて変化を出せるという理由もあるが。
「面白いわね……。宴席から式典まで対応できるのではないかしら」
「自分で使うなら色自体を抜いたり再度染め直したりも簡単にできるので、一式だけで結構長く使えそうな気もしますが……まあ、固有魔法前提なのでシェリーさんにお渡しするものはそういうわけにもいきませんか」
染色はエルムが形成した青い果実……のようなものを原料としている。完璧に色を抜いて完璧に染め直すとなれば、固有魔法前提の話になるだろうから、アフターサービスでもそういうわけにはいかない。
ドレスの色は青を基調としている。これもシェリーの希望だ。「――そうね。青がいいわ」と、クレアのつけていたブローチを見てシェリーが言ったので、基本の色合いもそれに近い物になるようにしているが、外装次第でもっと淡い色の印象にもできる。
やがてドレスの基本部分が出来上がり、追加される形で次々と外装部分が形を成していく。マネキンを何度か着せ替えさせるようにして、それらの仕上がりと印象の変化を一つ一つ確かめていくのであった。
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