第200話 王家の口伝
夜になり、夕食をとってからルーファスやアストリッドを交えて話をする。これまでの事とこれからの事だ。
まずはお互いこれまでどうしてきたのか、という話からだ。ルーファスについてはオーヴェルやディアナ達を脱出させた後の話という事になるだろう。
「私は……王として民を逃した後、王城と運命を共にするつもりだったのだがね……。そんな中でも脱出を固辞した者達がいた。128名」
ルーファスはどこか遠いところを見るような、悲しげな目をする。
一部の少数の武官や兵士達だ。ルーファスも「こんなことに付き合う必要はない」と彼らに脱出するよう説得しようとしたが「篭城し、少しでも王都に人員と目を引き付けて時間を稼ぐ事で他の者達が逃亡もしやすくなる」と笑って応じられて、彼らは脱出をしようとしなかった。
自分達も大切な人達を守りたいのだと。そう言って。
「私も、脱出は致しませんでした。城に隠れておりまして。脱出が難しそうになってから顔を出せば断られる事もないかなと」
パーサもまた少し悲しげな眼をしながら自嘲気味に笑う。残った者達の食事作り、薬の作製、手当などなら役に立てる。少しでもルーファスや皆の力になりたいと。そう言って。
圧倒的な寡兵ながらも結界と王都外壁。王城外壁にて3ヶ月も戦い続けた。少ない手勢はゴーレム兵と魔法道具。防衛装置や城下町に仕掛けた罠で補い続け、100人少々としては考えられないような戦果を出している。
最後には食料も尽きかけたが……最初から王も含めて全員が死兵だ。食料が尽きた後、体力が尽きるその前に打って出た。
「王城からの秘密の脱出路を使ってね。城壁外に布陣している敵の本陣目掛けて夜襲を仕掛けた」
「私が残っていると分かった時、その通路を使って逃げるようにと陛下には言われたのですが」
結局パーサはそれを逃げるために使う事はなかった。その代わり最後の最後に敵軍を混乱させるために活用したというわけだ。奇襲にはパーサも参加し、魔法を使って戦った。
目論見は成功し、本陣を夜襲。敵軍を率いていた魔術師を討ち取ったのだ……が。
「皇帝エルンスト当人が痺れを切らして出てきていた。城攻めの部隊より更に後方に野営し、本陣の状況を見た上で、制圧をしに来たというわけだね」
そう言ってルーファスは目を閉じる。金獅子帝エルンストと王都に進軍するまでの野戦を指揮していた魔将ネストールと側近達だった。
ただ、その場で戦ったのはエルンスト本人だけだったという。僅かに残った者達と共に戦ったが魔剣を振るうエルンストに次々と討ち取られてしまった。パーサは魔法で支援をしたものの、エルンストに武官を投げつけられ、その下敷きとなって意識を失ってしまったのだという。
ルーファス自身も剣と魔法を交えたが――。
「最後はどうやって敗れたのか、よく分からない。ただ……金色の、疾風のようなものが見えた。そう思った次の瞬間には足を引き裂かれ、地に倒れ伏していた。寸前、知らない魔力波長も感じた。恐らく……あれは固有魔法だろうね」
「皇帝の固有魔法……」
「持つとは聞いています。固有魔法は機密扱いで、特に皇族のものは情報を秘匿されていますが」
ウィリアムが言った。皇帝エルンストの固有魔法は不明。しかし、
ルーファスは命を捨てる覚悟ではあったが、意識を取り戻した時にはルーファスとパーサを除く者達は戦死していたのだ。
ルーファスにとっては拾ってしまった命等惜しくはなかった。情報を与えるつもりもなかったが、エルンストは言った。
「貴様が自ら命を捨てるのならば、これから捕えるであろう者達も、王妃と鍵以外は慈悲なく殺す。もう一人の生き残りは乳母であったか。本来なら生かしておく価値はないが、ルーファス王は余との戦いで立ち居が困難になったようだからな。身の回りの世話を命じることしよう」
その言葉によって……ルーファスもパーサも自ら死を選ぶという選択肢が取れなくなってしまった。従属の輪とて本人の意思が固ければそうした行動を完全に防ぐことはできないのだから。
「それからは囚われの日々だ。情報は吐かないようにはしたけれど……帝国の目的は私の口から情報を聞き出す事ではなく、保険として血筋を保存しておく事だったのだろうね」
ルーファスは少し眉根を寄せる。監獄島では時折人目につかない時間帯を見計らって外に出して陽の光に当たらせるだとか、本を読む程度の自由は与えられていたし、体調管理のために薬等も提供された。そのあたりはルーファスの心身を健康に保つという意味合いがあったのだろう。パーサもまた、ルーファスの身の回りの事ができるのならばとそのまま過ごしてきた。
クレアはその話に頷き、自分もこれまでの話をする。オーヴェル達が大樹海に逃げ込んだこと。そこで帝国の追手に追いつかれて大樹海の魔物達も含めての戦いとなって彼らも命を落としてしまったこと。ロナに拾われたこと。そこで見習い魔女として魔法を教わって育ったこと。
ルーファスもパーサもアストリッド、それに詳しくは聞かずにいたルシア達も……クレアの話を静かに聞いていた。
ルーファスとパーサはオーヴェル達の死も覚悟をしていた事ではあったが、クラリッサが生きていただけにもしかしたらと思ってしまうところはある。
それだけに確かな情報として聞かされるのは辛いのだろう。クラリッサ王女を預けた者達は、全員顔見知りで信頼していた者達なのだから。
「あたしの庵に墓所がある。落ち着いてからでも墓参りに来ると良い」
「それは……有難いな。王として……父として、娘を立派に育ててくれたことと合わせ、深く感謝する」
ルーファスと共にパーサも頭を下げる。
「いいさ。好きでやったことだからね」
ロナは肩を竦める。
クレアは頷いてから更にそれからの話をしていく。主に帝国の動きと合わせての話ではあるが、開拓村の話もする必要があったため、鉱山竜を討伐した話も交え……そんな内容にルーファス達は流石に驚きを禁じ得なかったようだ。
「いやはや。我が娘ながら波乱万丈な事だね」
ルーファスは苦笑していたがふと真面目な表情になって、周囲を見回すと少し娘と二人で話をさせて欲しいと伝える。王族としてかそれとも親子としてか。クレアに伝えたい事がある、ということなのだろう。他の面々も頷き、一旦隣の部屋に移動してくれた。それを見届けるとルーファスは消音結界を展開する。
「すまないね……普通の……親子としての話もしたいのだが……」
「いえ。大事な話があるという事は分かります」
王妃や王女を大事にしているということも。
「だから、大丈夫ですよ」
クレアは笑みを見せる。ルーファス目を細めて頷くと、言葉を続けた。
「アルヴィレトの王族には口伝があってね。今から話すことは王家と塔の一部の者、重鎮達にのみ伝えられる内容だ。時来たらば王家に運命の子は現れる。それを示すは種火。祭壇の水晶の中に宿る青き炎がそれを指し示すだろう、というものだ」
「祭壇……」
「アルヴィレトの王城の地下にある水晶の柱だね。クラリッサが生まれると同時に水晶の中に種火が宿り、口伝が事実だったと私達も理解したんだよ」
ルーファスは遠い目になり、天を仰ぐ。
「――運命の子を導け。揺蕩う運命は希望であり、変じれば破滅ともなる。正しく導き、慈しんで育てよ。さすれば希望となり、運命の子は彼の地へ至る扉を開くであろう」
「扉……」
帝国の言う鍵と繋がってしまうような話ではある。扉を開くための手段としてしか見ていないから鍵と呼称しているのかも知れないが。
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