第313話 糸繭からの目覚め
シェリーの固有魔法で活性化を受けたクレアは一晩をゆっくり過ごし、明くる日の少し遅めの時間帯に目を覚ました。朝の支度を終えて糸繭の様子を見て、異常がないのを確認した後でクレアは食卓についた。
「なんだか、至れり尽くせりな感じですね」
朝食の席で肩の少女人形がどこか嬉しそうにしながら言う。朝食は既に用意されていた。シルヴィアやディアナが作ったものだ。シルヴィアは王妃ではあるが、元々星見の塔で育ったシルヴィアはそうした家事全般も手慣れている。ましてや反抗組織として野営をすることも多かった。
ディアナもディアナで妹のシルヴィアと似たようなものだ。星見の塔の導師であり、逃亡生活中は自活もしていた。
母と伯母の手料理で、しかもアルヴィレトの家庭料理であるという。芋とチーズを使った、素朴ながらも美味しい料理という印象だった。それにパンやスープ、サラダ等がついていて、師匠や家族や友人と食卓を囲むことができ、クレアとしてはこれ以上ない一日の始まりというところだ。
昨日の今日でもあるために、気を遣ってくれているのだろう。クレアとしても研究施設のことは衝撃ではあったが、あまり沈んだところは見せないように振る舞う。表情には出ない性質だが、昨日のシェリーと同様、親しい相手には伝わる。スピカやエルムも心配してくれているのか、昨晩は寄り添ってくれていた。
自分ばかりが心配をかけないようにしたい。他の者達だって、同じものを見てきているのだから。
そうやって温かな食卓での時間を過ごした後、クレアは体調も回復していたことから村に滞在しているリチャードの所へと向かったのであった。
集会所と隣接して迎賓用の宿泊施設も作られている。リチャード達はそこに滞在していた。村の規模の割に賓客が訪れることから、新しくそうした施設も作られた形だ。救助者達も集会所だけでは一晩を過ごせない人数であったため、リチャードの許可を得てそちらにも宿泊している。
「おはようございます。ご心配をおかけしました」
「良い朝ですな。顔色も大分良くなったご様子で、安心しました」
リチャードはクレアを見ると穏やかな笑みを浮かべて応じた。ルシアやニコラス、ウィリアム達とも朝の挨拶をしてから、クレアは帝国国内に向かってからのことを順番に話していく。
といっても昨日の内に報告自体はしていたから、クレアからの視点での補足という形ではある。
特に、糸繭で包んで何をしているのか、についてはクレアにしか解説できない。
「ですから――解析の段階で、彼らの身体が固定されて命として正常な状態になってしまっていることに、気付いてしまったのです。その状態では――シェリーさんの固有魔法に頼れないかも知れない、と」
「そうね……。私の固有魔法は……正常な状態にあるものを別の状態に作り変えるということをしたことがないから……。もしかしたら、研究すれば応用術でそういうこともできるかも、知れないけれど……」
クレアの言葉に、シェリーは眉根を寄せた。
「どうしたらいいか。そう悩んでいる時間もなかったのです。ローレッタさんもオルネヴィアさんも、自分が私を傷つけるぐらいならとか、これから先も帝国に従っているぐらいならと、自分で自分の始末をつけようとしていて。希望的な言葉ではなくて……状況を解決するための方法を示さなければ、それを止めることが、出来なかった……」
竜人との戦いの流れ。それが誰で、クレアが何を見て、何を想って戦っていたのか。オルネヴィアの内心だけは伏せつつ、それをクレアは話していく。固有魔法の説明には、クレアの心情の説明は必要なものだ。発動した寓意魔法の、根幹に関わる部分であるから。
その話を、皆静かに聞き入っていた。
「竜人の動きを抑えながら……思考がどんどん加速して。自分でもどうしてそういう結論に至って実行できたのか。説明しきるのは難しいのですが……」
「あの時のクレア様の魔力は――イルハインとの戦いでロナ様に助力するために、アルラウネ人形を作り出した時とよく似ていましたわ」
「それだけ――集中していた、ということなのかも知れませんね。あの時も思考はしながらも直感的に動いていましたから」
セレーナの言葉にクレアは腑に落ちたというように応じた。
「ですが、そうですね。セレーナさんの言った通りです。エルムが私のところに来てくれたのだから、もう一度似たような事ができるんじゃないかと、そう思ったのです。糸と糸車は、運命の寓意。繭は幼虫や蛹から、羽化する変化の寓意。そういう想いや意味付けを、糸に込めての寓意魔法でした」
「つまりは――」
クレアのしたこと。行使した魔法がどんなものだったのか理解したのか、リチャードの表情に驚愕の色が混ざる。驚いているのはロナもだ。顎に手をやり、少し身を乗り出す。
「はい。内包する因子を分けるようにそれぞれの運命を紡ぎ直し――繭の中で幼虫が成虫になるように彼らの身体を再構築している。言葉にするのなら、そういうことになる、のだと思います」
「――糸の固有魔法であるが故……というべきなのでしょうかな」
クレアの言葉を聞いたリチャードは、少しの間を置いてから静かに笑って応じた。
「まあ、イルハインの奴を討伐した時もだったが、集中すると思いもよらない魔法が飛び出すようだからねえ」
そう言って肩を竦めるロナ。
「糸繭の中の人達は、いつ目を覚ます……のかしら」
「それほど時間はかからない、と思います。私の見立てだと、早い人はそろそろではないかと思うのですが……」
シルヴィアの疑問に答えたクレアが、糸で自分の家に安置された繭の様子を映し出す。クレアとしても初めて行使するような術ではあるが、何となく感覚的なところで上手くいっている、という確信めいたものがあった。見立てもそう間違ってはいないだろう。
そう言っている間に繭の内一つが揺らいで、自然にばらけていくのが見えた。
「どうやら、そのようだ。様子を見に行ってみるか」
リチャードの言葉に頷き、クレアの家へと向かう。
クレア達が家の中に入ると丁度糸繭が解け切ったようで、一人の人物が横たわって寝息を立てていた。添い寝をするように、鳥の魔物も横たわっているあたり、因子は綺麗に分かれ、正しく再構築がなされたらしい。竜人の例に倣うなら、帝国式のキメラは因子と共に魂をも取り込んでしまうようだから、こういった形の再構築になるのだろう。
留守を預かっていたエルムが、身体が冷えないようにと毛布をかけていた。服は囚われていた際の簡易なものが一緒に転がっていたが、実験しやすいようにと作られた物で、あまり身に着けていたいと思える仕立てでもない。
服の類ならば避難民用に用意もあるということで、クレアは魔法の鞄から着替えを用意しつつ、まだ眠っている鳥の魔物を見やり、どうしたものかと思案を巡らせる。
そうしていると、その鳥の魔物が目を薄っすらと開けて、クレアを見る。身体を起こすと、首を動かして自分の身体を見回した後、嬉しそうな声を上げる。それから敵意はないというようにクレアに向かって頭を垂れて見せた。
「状況を理解してくれている、ようですわね」
セレーナが魔物の様子に表情を綻ばせた。折角助けた相手だ。戦闘等にならなくて良かったと思う。
「人の意識とも繋がっていたはずですから、私達が助けにきた、元に戻すと伝えていたのも理解していたのではないかと」
「様子を見て、危険がなさそうならそのままにしても問題はない、か」
グライフが言って、視線を巡らす。あちこちの繭にも変化の兆候が見られる。そして――ローレッタとオルネヴィアの繭にも。
ゆっくりと、音もなくその糸繭が解けていった。
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