第208話 帰還のための計画を
「――というわけで内通者に関しての報告は以上になります」
クレア達が内通者達からの聞き取りを行い、その情報を纏めてリチャードやルーファスに渡す。
「脅されていたのは二人。最初から看守側だった者が二人か。前者については他の人質達と同様に。後者は看守達と同様に扱うことを約束しよう」
リチャードはそれに目を通して答える。人質達については従属の輪を着けていた者と帝国内の支配状況に合わせて外されていた者がいた。帝国としては人質達の待遇を少し変える事で溝を作り一致団結をしにくい状況に追い込んでいた。
既に支配が成立してしまっているということもあり、従属の輪が最初から外されていた者達に関しては監視も厳しく帝国に帰るのが難しいために、内通者同様、クレア達への協力を申し出る者が多い。
帰還せずとも仲間を助ける事はできる。
クレア達の方針としては帰還にしろ従属の輪からの解放にしろ、秘密裡に行う事を前提にしているからだ。それならばと協力した方が最終的に仲間達を助ける事に繋がるだろう。
「はい。彼らもいち早い帰還や従属の輪からの解放を待ち望んでいるとは思いますので。彼らの状況、その仲間達が現在住んでいる場所を考えて、まず帝国内とその周辺の地図を作製。それと彼らの状況に合わせてどういう順序で回っていくのかが良いのかの計画を立てます。どちらにしても、従属の輪の偽物や帰還する方々の偽装関係の準備は必要となってきそうです」
「増幅器による長距離転移の準備にも時間が必要となりますから、隣接した地域に住んでいるようなら私の固有魔法ではなく現地での移動も視野に入れております」
クレアとウィリアムが言った。
「分かった。私の方でもジェローム達と共に持ち帰られた資料には目を通し始めている。魔法契約が済み次第、彼らを交えての計画立案に協力しよう」
「はい。よろしくお願いします」
リチャードが言うとクレアが一礼する。続いてルーファスに顔を向けた。
「ルーファス陛下、今後どうなさるおつもりなのか窺ってもよろしいでしょうか? 私の方で護衛部隊を編成することも考えていますが、こちらで囲い込むような形になっているとアルヴィレトの方々に誤解されてしまうのも本意ではありませんからな」
「そうですね……。聞けば、帝国はロシュタッド国内における諜報部隊が壊滅し、情報収集が難しくなっているとも聞きます。今しばらくの間は……アルヴィレトの者達と過ごす時間を長く取り、側近達と共に娘を逃がしてくれた者達の墓所参りをしておきたいと考えています。以後の長期的な警備体制も、考慮しておきましょう」
つまりは、開拓村でクレアやディアナと共に過ごす時間を作りたいという事だ。
「補足しておくが、開拓村にあるクレアの家の魔法的な守りは相当分厚いってのは師として請け負っておくよ。破壊や侵入は難しいだろうし、侵入が成功しても招かれない客には二重三重に罠がある。開拓村自体も日頃から帝国の間者に意識を向けていて、戦える者が多いって印象だ」
「ロナ殿がそこまで仰るというのは……相当なものなのでしょうね」
話を聞いていたロナが肩を竦めると、ジェロームが苦笑した。
「結界とは別系統での術ですね。招いていない侵入者や、一度受け入れはしても敷地内で家人に礼を失したり危害を加えようとしたり……。そうした行いをした者に対してだけ作用させる類の術もあるのです」
クレアが家の備えについて解説する。
呪法の類ではあるが、備えの一つとして機能させている。
対アルヴィレトに関して言うなら帝国側が一方的につけ狙っているような状態だ。それに関しては自分達に落ち度がないと胸を張って言えるだけに、呪法であってもリスクが大幅に軽減され、効果も増強されるという条件が整っている。
加えて発動した場合の効果を非殺傷のもの――音響や閃光、一時的な麻痺といったものに留める事で、呪いを返された場合でもクレアからの対応を容易なものとなるようにしているのであった。
「わかりました。少なくとも帝国側がクレア殿やルーファス殿の居場所を嗅ぎつけたと分かるまでは、開拓村で過ごされていても問題はないかも知れませんな。そもそも帝国はクレア殿を最優先で狙ってきている節がありますし、城に招いてお守りするというのであればクレア殿もそうせねば本末転倒というものでしょう」
リチャードはルーファスに目を向ける。
「暫定とはいえ同盟となる約束を取り付けた状況ですからな。警備の常駐を約束しましょう。ルーファス陛下もそれで構いませんかな?」
「勿論です。私も……こんな有様ではありますが魔法は使えますし、最低限の時間稼ぎや護身ができる程度には鍛え直しておきましょう」
ルーファスはそう言って微笑む。
そう。リチャードの目には最初からルーファスがただ庇護されるような対象には見えていなかった。確かにまだ病み上がりといった様子ではあるし、エルンストとの戦いの後遺症もある。それでもその身から感じる魔力は大きく、研ぎ澄まされてもいて、牙は折れていないという事が窺えた。
「流石はクレア殿の御父君ですな」
リチャードとジェロームはそんなルーファスに苦笑する。
「それから……折を見てリヴェイル陛下とも顔を合わせる機会を設けたいと思っております」
「それまでには同盟を結ぶ事の利点……技術面での提示ができるように準備を進めておきたいですね」
クレアの肩に座る少女人形が腕組みをしながら言うと、ディアナが首を傾げる。
「ふむ。クレアちゃんには何か案があるのかしら?」
「そうですね。個人的に少々考えているものがありまして」
「いやはや。何が出てくるのやら」
「まあ……これは割と突飛なことをするからねえ」
リチャードが苦笑するとロナが肩を竦めて見せるのであった。
それから2日もすると、人質になっていた者達との魔法契約も完了する。帰還を希望する者、残りたいと申し出た者。いずれも魔法契約自体に異存はなかったとリチャードはクレア達に言った。
仲間達が人質に取られている事もあり、帝国に打撃を与えられる好機でもあるし、情報を守るための保険があるというのは望むところであったのだろう。
ともあれ魔法契約も無事に取り交わしたという事で、リチャードはまず、彼らの情報を元に帝国内外の地図作りと帝国国内の情勢把握から始めていく事とした。それらが分からないと帰還の順番をどうするのか、計画の立てようもないからだ。
そんなわけでお抱えの職人達も動員して偽物の従属の輪の用意も含め、帰還のために注力している辺境伯家である。
帝国の侵攻阻止という辺境伯家の普段からの仕事にも直結しているため、普段している事の延長とは言えるだろう。
一方、クレア達はミュラー子爵領に戻っているパトリックとロドニーに手紙を出し、開拓村にて再びルーファスも交えて顔を合わせる予定を立てている。
パトリック達がやってくるまでの間、クレアは提示しようとしているものの製作作業を行いつつも領都の街中に出かけ、ルーファスやパーサ、外を自由に出歩けるようになったウィリアムやイライザと買い物に行く等の時間を取って過ごす事となった。
と言ってもルーファスの目撃情報が流れて帝国に情報が伝わるのも困るため、外に出るなら偽装や隠蔽の術が必須にはなるから完全に自由に、というわけではない。
それでもクレアの用いるそれらの術は強力なものであるから、ルーファスも周囲に意識を向けられるということなく行動することができた。
「トーランド辺境伯領は良い所だね。アルヴィレトとは気風が違うが、領民達に活力が満ち溢れている」
ルーファスは街を進みながらも行き交う領民の様子に目を細める。ルーファスにとっては本当に久しぶりの日常。久しぶりの街並みであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます