第233話 獣化族の合流
クレア達の申し出は獣化族には一考に値するものであったらしく、主だった者達も集会所にやって来て質問をして熱心に話に耳を傾けていた。話した内容はグロークス一族に対してしたものと同じだ。
ただ、ユリアンやエスキル、グロークス一族の戦士達の中から主だった戦士、その走竜達も同行しているという事で、クレア達の話の信憑性というものは増している部分がある。
避難先となる村やそこに住む者達の人となりについてもベルザリオから実際の様子を聞くことができるということもあり、判断材料としては十分なものになったようだ。
夕暮れ時には結論も出たという事で、ラドミールと共に獣化族の者達が集会所に集まった。
「待たせてしまったな。方針が決まった」
「お聞きします」
ラドミールにクレアが居住まいを正しつつ応じる。
「戦えない者達を安全な場所に置いて、戦士達のみで帝国と戦う事ができるというのは魅力的な話だ。我らはグロークス一族のように居住地を変える風習ではない故、帝国の力が削がれた後、いずれ元いた森に帰還することを目指したい」
ラドミールは握手を求めて手を伸ばす。
「その一助になれるよう、私達も力を尽くすことをお約束します」
クレアもその手を取って応じる。それからラドミールは獣化族の者達に向き直り、言った。
「では――皆を集めろ。これからの方針を伝え、客人歓迎の宴としよう」
ラドミールの指示を受け獣化族の者達も頷くと集会所を出ていく。
そうして、話し合いの結果がどうなるにせよ準備を進めていたのか、感謝と歓迎の宴が始まった。
獣化族の歓迎の方法は他にないものだった。
変身する事で各々違う獣人の姿となって、その状態で獣の声の特性を活かし、皆で声を合わせて歌うことで、独特の音楽文化を持っている。
いくつもの獣の声が重なるそれは、言うなればアカペラの一種ということになるのだろうが、後ろでリズムを取る者を複数重ね、目立つ声のものが普通の人の歌のように歌うことで、一つの曲となる。今回はベルザリオも歌声を響かせていた。
「これは――すごいですね」
その歌を聞いたクレア達も拍手を送る。シェリーが聴いたらかなり喜びそうだ、というのはクレアやセレーナの共通の感想ではある。
「様々な種の獣の声が合わさって歌になる事から、森の歌と呼ばれている」
ラドミールが獣化族の文化について説明する。森の歌。確かに、獣化族にしかできない歓迎方法なのだろう。
「しかし、ベルザリオは割と上手いのに気恥ずかしさがあるのか、あまり人前で歌いたがらなかったのだがな。それでも感謝の気持ちを示したいのだろう」
「気恥ずかしいっていうか……僕は戦士志望だから。強くなって、みんなの役に立ちたいと思ってた。だから、歌の練習とかより強くなる方が大事だと思ってたんだ」
ラドミールの言葉を訂正するようにベルザリオが言う。
戦士として大成することに重きを置くというのは、帝国が侵略して来ている状況と無関係ではないのだろう。
ベルザリオのそうした想いに、親であるラドミールは複雑な心境もあるのだろう。少しベルザリオの髪を撫でて言う。
「ベルザリオに限らず、そうした考えの子も増えているようではあるな。状況が状況故というところはあるが、まず矢面に立つべきは我ら大人だ。平穏に戻った時の喜びや楽しみを持っておくのも必要だというのも忘れないでおいてくれ」
「――うん。わかった」
ベルザリオもその言葉に思うところがあったのか、ラドミールを少しの間見てから頷くいた。
「けれど、こういう場面でベルザリオさんが披露してくれたのは嬉しいですね。私からも何か返礼をしたいところです。これは――私の平時の楽しみや趣味でもあるのですが」
それを見ていたクレアもそう申し出て人形繰りをして見せた。楽士人形の演奏を聴かせ、踊り子人形の踊りを見せると獣化族にグロークス一族、走竜達も盛り上がる。
音楽に合わせて走竜達も尻尾を振って頭を揺らしたり、歌うように唸り声を上げたりといった仕草を見せて、その様子に獣化族達もまた笑顔になる。
ラドミールが言っていたように、子供達も戦う事を身近に捉えて我儘を口にしなくなったりしていたから、こうやって戦いのことを忘れて無邪気に喜ぶ姿を見せるというのは久方ぶりのものだ。その光景を見てラドミールは手を組む選択は間違っていなかったと穏やかに目を細めるのであった。
料理や宴席を経て、獣化族は避難と出立の準備を整える。ウィリアムの固有魔法で非戦闘員を後方へ。
クレア達と共に行く者達は志願した戦闘能力の高い者達だ。熊や狼等々、いわゆる猛獣と分類される獣の姿になれる者達が揃って志願している。
グロークス一族と獣化族。人数が増えたこともあり、クレアと現地で一緒に行動する人数も調整することとなった。
増幅器についても魔力の蓄積容量が増えて使い勝手が向上している関係もあり、拠点との行き来がしやすくなっている事を考え、後方待機して休息を挟む班を作るというわけだ。勿論、発見した敵の規模によっては休息班を合流させて戦力を調整したり、別動隊を作って伏兵として用いたりする、という考えであった。
グロークス一族の戦士達と獣化族と。それぞれで何人かを選出して同行する。そうするのは、これから向かう先の特性も考慮してのことだ。
「交代要員の移動と非戦闘員の避難が済んだら、ダークエルフ達の住まう地下都市を目指します」
「地下都市の入口は別に隠されてはいない。そこからが問題でな」
獣化族も加わったという事で、ミラベルがこれから向かう地下都市についての話をする。
「都市部まで続く地下道は広く複雑。魔物もいるし、ドワーフが罠を仕掛けてもいる。平時なら案内人がいるし地精や闇精の加護により、道迷いや崩落の危険もない。だが、今は帝国が攻め入ってきているだろう?」
「そうしたものは招かれざる客には期待できない、ということだね」
「その通りだ、ニコラス殿。案内役なら私にも務まるが、魔物や帝国兵と鉢合わせになる可能性を想定しておくべきだ。道中は危険だと理解しておいて欲しい。特に、はぐれてしまった場合には」
はぐれた場合、と聞いてグロークス一族や獣化族の表情が引き締まる。罠や地形、戦闘などで分断されてしまうということは十分に有り得るからだ。
「そこで、これを用意しています。地下道へ突入する際はこれを着用していて下さい」
クレアは何か、紐のついた小さな巾着袋のようなものを取り出す。
「口の閉まる袋の中には紐を通した小石が入っています。小石には目印の魔法がかけてあり、袋には簡易の隠蔽術式が掛かっている、というわけですね。はぐれてしまった場合、袋から石を出して首にかけておけば、目印の魔法で探すことができる……というわけです。必要のない時はそのままの状態にしておいてください」
必要のない時は目印の魔法で敵から探知されないように袋に入れておく、という寸法だ。渡された者達は作りを見て頷いたり、早速首から掛けたりしていた。
「マルール達は地下道に入れるのか?」
「物資を運んだりする関係で、地下道はそれなりに大きなものだからな。アストリッド殿も通ることができる。もっとも、アストリッド殿や走竜達には少し手狭というのは否定できないが」
「戦い方は考える必要がありそうかなあ」
アストリッドが思案しながら言う。
「必要なら加減して小人化をかけるという手もあります。同じぐらいの背丈になるぐらいなら戦闘などになっても私の方も問題ありませんし」
「それなら普通の感覚で戦えそうだね。相手が同じぐらいかそれ以上の大柄、みたいな感覚になりそうだけど」
呪いの反動に関しても問題ないということでアストリッドが笑顔になり、マルール達も嬉しそうに声を上げるのであった。
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