第106話 悪へのいざない
「そっか」
思わず納得してしまう自分がいた。そうよ、私だけが悪いんじゃない。そもそも、私は少しだけ疎外感を感じていた。私はしょせんグレアにとっては政略結婚の相手。お互いに、一番好きな人は別にいて、家の事情だけで仮面夫婦を続けていてもいいんだ。
そうよ、本当ならグレアはナタリーさんと一緒になるべきだし……
私の最愛の人が別にいることは問題ない。
「ソフィー、お前は真面目過ぎるよ。いいか、表面的には、グレアと結婚したっていいさ。だが、それは政略結婚で、本当の愛じゃない。なら、義理程度でいいんだよ。今だけは俺の恋人でいてくれよ、ソフィー。愛してるよ」
その愛の告白は、自分の乾いた心を潤していくのを感じる。
「貴族社会なんて、ただの仮面舞踏会だ。その時に合った仮面をつければいい。今は、俺の恋人としてふるまってくれ」
「そんなこと言ったって……」
「じゃあさ、少しだけお遊びをしよう」
「お遊び?」
私は不思議そうに聞き返す。そして、彼は邪悪な笑いを浮かべる。
「ここで、グレアに対する悪口を言えよ。ソフィーは、どんなことがあっても、あいつのことを悪く言わない。それは、美徳だと思うけど……ここでは、たとえ嘘でもあいつを悪く言ってほしい。そして、俺を受け入れてほしい」
「そんなこと言えません」
理性がかろうじて本能を止めようとした。そんなこと無駄だとわかっているのに。
「どんなに優しくても、少しは不満くらいあるだろう。それを大げさに言えばいいんだよ」
まるで、地獄に引きずり込むような悪魔のように不敵な笑みを浮かべる。その笑みに、私は心の甘さを突かれてしまった。
「不安なんです。彼は、私を愛してくれているんだろうかって。ずっと、ずっと不安だった」
誰にも話したことがない本心を打ち明けてしまった。もう、自分には殿下しかいない。彼とならどこまでも堕ちていける。そう確信した。
「それは……辛かったな。俺だったら絶対にソフィーにそんな思いさせないのに」
なぜだか、それは本心のように聞こえた。ずっと被っていた仮面の下の素顔をやっと見ることができた気がする。
「グレアは、優しいけど、優しすぎて……小さい男です。私のことなんて、ただのお飾りみたいに思っている。そんな感じがする」
「もっと、吐き出していい。我慢しすぎていたんだ」
「ありがとうございます。殿下が初めて。私にこんなに寄り添ってくれるのは、あなたが初めて」
感情が暴走する。今までずっと大事にしてきた場所を汚していく感じがする。罪悪感と背徳感で、心が高ぶっていく。
「なあ、ソフィー。一つだけ教えてくれ」
もうすべて心を許した愛しい殿下は優しく語り掛けてくれる。
「はい」
すべてに答える覚悟ができていた。
「俺とグレア。どっちが好き?」
もう答えは決まっていた。殿下の恋人の仮面を被って答える。
「殿下です。グレアなんかよりあなたのことがずっと好き」
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