第24話 最強への道&浮気の代償

―死の迷宮11階―


 10階を踏破した俺たちは、一度聖域で体力を回復し、地下へと潜った。11階は、迷路型の階層だ。


 敵とふいに遭遇そうぐうする危険性や狭い通路内に隠されているかもしれない罠におびえながら、前に進むのが普通だ。だが、俺たちは……


「ロッキー、分身を前後に配置しろ。俺たちよりも距離を取って歩かせるんだ。これで敵の奇襲攻撃も防げる。罠を見つけたらスーラと協力して、排除してくれ。これで最短ルートでこのフロアも突破できるな」

 スーラの天敵である魔力地雷もこれで完璧に防げてしまう。さらに、ロッキーの分身がモンスターを発見したら、俺とマーリンによる遠距離攻撃で、相手の視界範囲外アウトレンジで処理すことが可能だ。ロッキーの分身も、肉弾戦であれば、強力なパワーで援護してくれる。


 魔力耐性がある魔物だった場合は、ボールスの強力な斬撃が後詰として襲いかかる。狭い通路の場合は、魔物も1体程度しか俺たちとは戦えないから、この連携は無敵を誇る。


「まさか、冒険者最大の難関である迷路型ダンジョンをこんなに楽々通過できるとは思いませんでしたよ」

 元冒険者のアンデッドは、苦笑いした。本来なら、熟練した盗賊シーフなど罠を解除できる人間が前衛となって一歩ずつ慎重に罠を解除もしくは発見しながら進むのが鉄則。ただし、それでは軽装の盗賊シーフが、モンスターに奇襲される危険性を常にはらむ。かなり、ストレスが高まる行動だと言える。


 だが、俺たちはロッキーとスーラのユニークな特性を最大限に利用しつつ、簡単に前進できた。


 そして、迷宮を抜けると、また大きいフロアに出る。ただ、ロッキー達と戦ったほどの大きさではない。魔石が灯りをフロア内に向けるとぎろりとこちらを見つめる目が光った。巨大な動物の目。俺たちは臨戦態勢に入る。おそらく、このフロアのあるじ的な存在だろう。


 5mはあるだろう青い毛に包まれた巨大な身体。牛のような角を持ち、両手には巨大な棍棒を2本持っている。今までこのダンジョンで出会った中でも、特に巨大な怪物。


「フゴ、フゴ」

 俺たちの存在を目視したことで、奴も臨戦態勢に突入した。どしんという巨大な足音をとどろかせながら、こちらに近づいてくる。だが、俺たちは笑っていた。普通に考えれば、最悪の強敵との遭遇だ。恐れて震えたり、逃げることを考えてもいいだろう。


 幾度いくども強敵と戦い窮地を乗り越えた俺たちは、お互いを信頼していた。こいつらと一緒ならどこに行こうが怖くない。どんな敵とも互角以上に戦える。こんな奴に負けるわけがない。


「みんな、行くぞっ」

 そのかけ声とともに、俺たちは怪物に突撃を始めた。


 ※


―学園―


 かつての親友に呼び止められて、私たちは寮の中庭に移動した。

 話をするなら人気のない場所でと、彼女の目が泳いでいたから。昔は、どんな場所でも仲良く笑い合っていた私たちの関係が完全に壊れてしまったことを突きつけられて、心をえぐられる。


 本当なら、中庭のバラでも見ながら、楽しく会話できるはずなのに……

 彼女は、オドオドしながら目を伏せて、話しにくそうにしていた。


「それで、話って何?」

 悲しい。私はこの地獄から逃れたくなって、話をうながす。


「ごめん。ずっと聞きにくくなっちゃったから。失礼なことかもしれないけど、聞いてもいい?」

 その後に何が来るか、痛いほどよくわかった。そして、その続く言葉は、私たちの関係が完全に壊れることになる死刑宣告のようなものになることも……


「ええ、あなたには何でも答えるわ」

 それが親友だった彼女にできる最後の……


「ありがとう。嘘だよね? ソフィーさんが、殿下と浮気して、それが原因でグレア君が失踪しっそうしたなんて……何か言えない事情があるんでしょう。王族と関係があるとかで……そうじゃないと、信じられないよ」

 学園、いや王都に流れている噂は、簡単に言えばこうだ。「私が王太子殿下と禁断の恋に落ちて、何度も逢瀬おうせを重ねていた。その事実に気づいたグレアは、私たちの不貞に絶望して、王都から失踪し、おそらくどこかで自分の命を絶った」というシナリオ。何も関係がない庶民たちは、ロマンス小説のようだと無責任にも盛り上がっているけど……


 私は貴族社会において完全に居場所をなくすほど、信用を失った。この件に関して、公爵家は激怒し王太子派の貴族たちとも対立を深めている。もし、私を擁護しようものなら、公爵家に仲間だと思われて、将来の禍根かこんを残すことになる。


 王族に次ぐ権力者である公爵家ににらまれるのは、家の没落に繋がりかねない。だから、私の周囲からは誰もいなくなった。


「……」

 何も言うことはできなかった。


「どうして、答えてくれないの? だって、ソフィーさんもグレア君もあんなに仲が良かったじゃない。たまに、後輩の女の子を連れて、一緒にピクニックに行ったりしてたよね? ふたりはずっとお似合いのカップルだったのに。それなのに、あなたが浮気するはず、ないよね?」

 私を必死に信じてくれようとする親友の一言一言が重く心に突き刺さる。


「……ごめんなさい」

 かろうじて、それだけは言葉にできた。


「謝ってほしくない。私は否定してほしいのっ。なんで、いつも皆に優しくしてくれるあなたが……品行方正ひんこうほうせいを絵にかいたようなあなたが……」

 彼女は、私を信頼してくれていたのがよく伝わる。それを私は裏切ったんだ。マリーさんは、我慢できずに、目から涙をこぼしていた。


「ごめんなさい」


「浮気は、魔が差してしまったのかもしれない。でも、なら、どうして……グレア君がいなくなってもそんなに平然としていられるのよっ! なんでちゃんと話をしなかったの?  あなたしか、彼を止めることはできなかったんだよ?」

 それができれば、どんなによかったか。あの現場にいなかった彼女はわからないだろう。殿下に殴られたグレアは、寮の医務室に運ばれて……


 私が話をする前に……その日の夜には彼はいなくなっていた。

 どうすればよかったのよ。私はどうすればよかったのよ。


 もう我慢はできない。私は彼女と同じように泣くことしかできなかった。

 そして、彼女は、泣いている私を見て、我に返ったのだろう。「ごめんなさい」と冷たく言って、中庭を離れた。


 こうして、私はすべてを失った。最低の私には、お似合いの状況ね。私は本当に何もかも失ってしまった現実に、冷たく笑った。バラをつかみ、その棘による鈍痛で自分が生きていることを自覚する。バラの花びらがひらひらと舞って、レンガブロックへと落ちていった。

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