第40話 一般冒険者からみたグレア&怒りに狂う王子
―酒場(とある中堅冒険者目線)―
カランカランと、入口のドアが開いた。なんだとばかりに、冒険者たちはそちらに目を向ける。この酒場は、気が荒い冒険者御用達の店だ。トラブルなどを恐れて、初見ではなかなか入ることはできない。気弱なやつだったら、酔っぱらった誰かに吹っ掛けられて、身銭をはがされてしまうからな。俺たちは、先頭から入ってくる優男を見て、にやついた。良いカモになりそうじゃねぇか。誰もがそう思ったのだろう。
だが、そんな思いは後ろから入って来た面々によってかき消された。
白銀の鎧を身にまとった騎士。鉄仮面を被っており、表情は一切見えてこないが、そのたたずまいから
「来るなら来い。命が惜しくなかったなら……」と気迫で語っている。ここにいるのは、中堅以上の冒険者たちだ。だからこそ、酔って動きが鈍くなった身体で、一瞬のスキもない剣士に襲いかかればどうなるかよくわかっている。
「ちっ、狙い目だと思ったのによ。なんだよ、あの剣士。何人も殺したような雰囲気してやがる」
「というか、誰だよ。この街にあんな凄腕の戦士いるなんて聞いてねぇぞ」
「俺にはわかる。少なくともA級はある。それが、なんであの優男とかと一緒にいるんだ。あの実力であの気迫だぞ。誰かの下に立つような奴じゃねぇよ」
さらに、紫のローブをまとった細身の男も入って来た。どうやら魔術師だな。それもトップクラスの……
魔術師は大なり小なり身体から魔力を放出している。魔力
「おい、どうした。真っ青だぞ」
「誰か、相棒がいきなり倒れたんだ」
魔力を敏感に感じ取れる魔術師や神官は、次々と身体の不調を訴えていく。
異次元レベルの魔力
「すまないマスター。俺は
優男は、この酒場に似合わないほど丁寧な物腰だった。
「大丈夫ですよ。常連さんにもいますからね」
「ありがとう。おーい、スーラ入っても大丈夫だぞ!」
外にいる魔物に声をかけた。命知らずかつ負けず嫌いの武闘家が「なんだよ、兄ちゃん。かわいいスライムとか従えてるんだろう?」とはやし立てた。
「いや、スライムはスライムなんだけどさ。スーラ、店の中では戦闘モードになるなよ。皆の迷惑だからな。あとロッキーも、暴れるなよ」
全員が、青く小さいスライムを想像した。だが、店に入って来たのは、巨大なグリーンスライムだった。スライム族でも最上級レベルの危険度を誇る怪物だ。
「おい、あれって……」
「ああ、
「じゃあ、あいつら
「階層主を従えているなんて……」
スライムの後に続いて、トコトコ入ってくる怪物も冒険者たちの視線をくぎ付けにした。土人形だ。最悪の怪異。発生すれば小さな集落をいくつも崩壊させるほど、危険なモンスター。冒険者ギルドの脅威度もドラゴン系列に次いでA級脅威に位置付けられている。
「おい、あの優男たち何者だ?」
「俺、ちょっとちょっかいだして来ようかな? あのモンスターテイマーくらいなら勝てるんじゃないかな」
さっきの武闘家が命知らずの言葉を紡ぐと、この酒場の主であるA級冒険者のマリオさんが、愛剣をかざして命知らずを必死に止めた。
「どうして止めるんですか、マリオさん?」
命知らずが不服そうに言った。
「やめておけ。あの優男が、一番ヤバい。あの剣士と魔術師は、常識的なレベルで強いが……あいつはけた外れの怪物だ」
どんな強敵でも愛剣ひとつで斬り倒してきたはずのトップ冒険者は、普段見たこともないほど青い顔で震えていた。
※
―学園寮(王太子視点)―
珍しく2日続けて、ソフィーの部屋に来ていた。この女は、怪しい笑みを浮かべながら、俺を出迎える。妹は、別荘に出向いてしまい、王都で暇をつぶすには女の部屋に行くくらいしかなくなった。
ソフィーが、アンリ侯爵令嬢に暴言を吐いた噂は聞こえてきた。この女も随分と俺好みになったな。虫も殺せない。自分の婚約者をたてて、表に出ようとしなかったこいつが……
自分を犠牲にしてでも、他人を助ける行動原理を持っていた清楚な淑女が。
敵対者にたいして、冷酷に反撃し、メンツをつぶすようなことを平気でするようになったのか。感慨深い。さらに、俺が部屋に入ってきたら、自分から誘惑するようになった。
清楚な女の人生をゆがめたことに、満足感を持ちながら、いつものワインを飲む。事後の達成感も合わさって、最高の瞬間だった。
しかし、その幸福感は、すぐに崩れ去った。
部屋を叩く音が聞こえた。
「誰だ!」という声に、情報局の顔なじみの名前を告げられた。
「殿下、大変です。ミザイル公爵が、王都を脱出しました。当局の監視員は、全滅しましたっ」
「えっ……」
裸体のソフィーは驚くような声をあげる。元婚約者の父親がこの行動を起こした意味は大きい。公爵家は、王族との敵対を選んだか。
「何をやっているんだっ!! あれほど、王都からの脱出を防げと言っておいただろうがぁ」
「ひっ」とか細い女の声を気にせず、ワインの入ったグラスを叩き割る。床に血のようなワインが広がっていった。
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