第39話 地上に出たグレア&後輩の本心

 ボールスが、地上の情報局員を倒してくれたので、俺は2カ月ぶりの地上を堪能していた。日がサンサンと俺の身体を焼いている。この日光と風によって運ばれる土の香りが、なぜか愛おしく感じてしまう。地上にいた時の俺は、この幸せを毎日味わっていたんだろう。当たり前のことが、地下で長く過ごした自分には最高の時間だと感じられた。


 湿気もほとんどない。昼夜の境目がよくわかるこの地上の優しさが、俺にとっては最高の感動だ。風が吹くだけで心地よい幸せが全身を走った。


 楽しい。明るい場所を、自然豊かで呼吸が苦しくない場所を歩くだけで、こんなに幸せなんだな。昔の俺がこんなに贅沢ぜいたくしていたのか。どれだけ、自分が愚かだったか、痛感していた。


 日が満ちている世界を歩く幸せを堪能していた。今は、ダンジョン生活で制限された野菜とフルーツを腹いっぱい食べたい。俺たちは近くの街に向かっていた。


『グレア、僕たちが街を歩いていても大丈夫なの?』

 スーラが心配そうに声を出す。


「大丈夫だよ。あの街は死の迷宮ラビリンスに挑む冒険者の拠点になっているはずだ。魔物使いモンスターテイマーの才能がある人間は少ないが、最強ダンジョンの城下町には珍しくないはずだ。だから、敵対視されることはないよ」


『そっか、そうならいいんだけどなぁ。もしかして、ドランさんに会えるかな? 一緒に美味しいもの食べる約束忘れてないといいなぁ』

 ダンジョンで再会を誓った老戦士のことを思い出す。きっと、あの人はトップクラスの冒険者だったんだろう。だから、拠点となっている街では有名人のはずだ。思った以上に早く再会できるかもしれない。


「だと、いいな。ドランさんに会えるのが楽しみだ」

 生きて地上を歩けるとは、最初は思わなかった。情報局員たちによって、落とし穴に落とされた時は、自分が翌日まで生きているとは思えなかった。結局、一緒に落ちた小男は数分で死んでしまったことを考えれば、俺は幸運なんだろうな。


 あの最悪のダンジョンでいろんな冒険者と会えた。おそらく、ほとんどの人は地上に帰ることもできずに亡くなったと思う。でも、あの一瞬の奇跡的な出会いは俺たちの奇跡を支えてくれた。感謝しかない。


 あの最悪のダンジョンで、重ねた縁を次につなげていく。だから、俺は生かされているんだと思う。死の迷宮ラビリンスでつないだバトンを今度は自分がつなぐ番だ。あの死と隣り合わせの世界で生き抜いた自分には、無念に散った冒険者の願いを繋いでいくだけだ。


 俺は、かつての日常を取りもどすために、近くの街に走った。


 ※


―王都(ナタリー視点)―


「そうしなければ、私は父親として一生後悔するだろう。そんなことはしたくない。明日の夜、我々は王都を脱出し、ノランディ地方に向かう。ナタリー、キミはどうする?」

 私はそう問われた。もう決心はついている。だから、何も怖くない。


「センパイを助けることができるのなら、喜んで死地にでもどこにでも向かう決心はついております。絶対にご同行させていただきますよ」

 自分の貴族としての地位なんて、彼と同じ時間を過ごせないのならいらない。わたしにとってはグレア先輩が人生のすべて。青いかもしれないけど、それだけが真実だった。彼のいない今後の将来なんて生きている意味がない。私は本気でそう思っていた。


「いいのか?」


「亡き父も、ここでご子息を選ばなければ、娘である私を許さないと思います」

 私は一度、センパイをあきらめてしまった。中央政界の意向。その免罪符めんざいふによって、言い訳をして、自分の中で最愛の人を……


 だから、もう手放さない。もう絶対に手放してなんかやらない。


 ※


「本当にごめんなさい。私があなたからグレアを奪ったようなものなのに……ずいぶん、長く借りてしまったわね。本来いるべき場所に……グレアをあなたに返すわ」


 ※


 姉のように思っていたはずの女性と最後に話した内容が頭をよぎった。彼女が浮気に走ったのは、ある意味優しすぎるから。私の気持ちに気づいて、きっと罪悪感に心を押しつぶされたから。でも、私からすれば何を贅沢を言っているんだと思う。私がずっと欲しかったものを、手に入れることができる立場にいたはずなのに、自分から優しい彼を裏切ったのは、誰でもないソフィーさん本人。やっぱり、裏切られたショックが大きい。最初から手放すつもりなら、どうして私たちの淡く純粋な気持ちを踏みにじったのよ。怒りに震える。だから、ここで宣言する。本当はもっと早く言うべきだった。でも、立場や世間体を気にして言えなかった言葉を……


「私は、グレア先輩を……ご子息を愛しています。だから、連れて行ってください」

 本当ならもっと早く言うべき言葉を、私は罪悪感を込めて、父親代わりの公爵様に伝えた。目の前の父親は申し訳無さそうに首を縦に振る。私の本当の気持ちなんて、公爵閣下にはわかっていたのだろう。老政治家の表情には、悔恨と嬉しさの相反あいはんする気持ちが混在しているように見えた。


「わかった。ナタリー、君には我慢ばかりさせてしまってたね。大切な気持ちは尊重させてもらうよ。あと少しで一生後悔するところだった」

 こうして、私たちによる国家への反逆は、引き返せないところまで来てしまった。国よりも愛する人を選ぶ。そんな、子供じみた選択肢を取った我々は自分たちをなぜか誇らしく感じている。いよいよ、大切な人の奪還作戦が始まろうとしている。

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