第41話 地上の喜び&監視員全滅

 俺たちは、ダンジョンでは食べることができない新鮮なフルーツの盛り合わせを食べる。あと、野菜がたくさん入ったポトフと生野菜サラダを頼んだ。魔獣の肉とポテトを中心に食いつないだ俺にとっては、安い料理なのにご馳走ちそうだ。


 向こうでは、野菜とか奇跡的に手に入ったとしても、しょっぱいピクルスやザワークラウトくらい。しなびれた生のキャベツや芽が伸び切ったタマネギが関の山だった。だから、身体は新鮮な食材を欲していた。あと、魚料理も食べたいな。さすがに、あのダンジョンで釣りができるような場所はなかったから。日常的に食べていたものがこんなに美味しかったなんて……なにもかもが輝いて見えた。


「よろしいのですか、主様? 我らも好きに注文して……」

 ボールスはおどおどしながら聞いてきた。ボールスとマーリンの大人組は、ナッツとフルーツをつまみにしながら、ブランスタイン12年を飲んでいた。


「安心してくれ。さっき、ダンジョンで手に入った使わない宝とかを現金化できたからな。大人が数年は働かなくても食べていけるくらいの金貨がある」

 袋には大量の金貨が入っていた。これは自分の手で稼いだお金だ。大事に使わないといけない領民たちの血税でもない。だから、ある程度自由に使わせてもらう。庶民的な料理が好きな父上の影響もあって、晩餐会ばんさんかいやパーティーの時は豪華な食事を食べたが、普段は黒パンとシチュー、サラダのような質素な食事も多かった。


 今にして思えば、父上の配慮だったのかもしれない。大貴族の後継者として、領民たちのことを思えと……無駄なぜいたくをするのではなく、投資や領地が豊かになることに金を使え。口癖のように言っていたな。


『このシチュー美味しいねぇ、グレア』とスーラは、ぐにゃぐにゃの身体を使って器用にシチューを飲んでいた。やっぱり、冒険者相手に飲食を提供している店だ。まずかったら、歴戦の戦士たちとトラブルにだってなり兼ねない。だから、冒険者御用達の店は、味の保証がされている。ボールスの長年の経験を教えてもらっておいて正解だった。


 ちなみに、ロッキーは水の入ったグラスをちびちび自分の身体にかけている。適度な水分がないと体を維持しにくくなるらしい。


「そういえば、今日はなにか外が騒がしいな、マスター。なにか、あるんですか?」

 外の喧騒に気づいたので、マスターに確認すると、コップをきながら、優しそうに答えてくれた。


「ああ、なんでもローザ王女がこの街にお出ましになるそうですよ。その準備で、いろいろ忙しいそうです」


「へぇ、あのローザ王女がね……」

 憎き王太子が溺愛している妹君の名前を聞いて、自分でも驚くくらい心が冷えるのは感じた。そして、今まで心にしまっていた復讐心がマグマのように沸き上がっていく。


 これはチャンスだ。ダンジョンで鍛え上げた自分の本能がそう語っていた。


 ※


―王都(とある強欲な情報局員視点)―


「おい、コウライ。本当かよ。あの横領で粛清されたマルスの隠した財産が、東の軍事倉庫にあるってのは?」


「ああ、本当だ。俺はあいつにとどめを刺しただろ。最後の断末魔で、あいつはうわごとのように東倉庫の黄金って言ってたんだよ」

 俺は、コウライたちと公爵邸の監視業務についていた。いつものように動きなしだ。公爵が娘のように可愛がっているナタリー=アンダーウッド女子爵が、夕食を食べに来ているようだが……そんなことはいつものことだ。


「だから、俺たち以外の監視員は持ち場を離れて、倉庫に行っているのか。くそ、俺もポーカーで負けなかったら……」


「さすがに、全員で持ち場を離れるわけにはいかないだろ。俺は気心知れる仲間たちと組める今日をずっと待っていたんだよ。ポーカー仲間のお前たちなら信用できるからな」


「仕方ねぇか。少しくらい取り分が減っても……マルスも最期にいいことしてくれたぜ。あいつ性格は最悪だったけどな。これでポーカーの負けた分の借金返済もできるってもんだぜ」


「調子に乗って、マルスの遺産もすぐにスルなよ」


「はは、違いねぇ」

 水筒の安酒をあおった。いつもと少しだけ違う味がしたような気がする。なんだ、これはと不思議に思っていた、その瞬間、東の方角から巨大な爆炎が上がっていくのが見えた。轟音ごうおんと衝撃波が一気に王都を包んでいく。仲間たちが向かっていたはずの軍事倉庫の方角だ。


「おい、コウライ。やばくねぇか。あっちは、軍事倉庫のほうだよな。あいつら、大丈夫かな」

 本気で心配していた俺に向かって、コウライは冷たい笑みを浮かべていた。


「どうしたんだよ、コウライ。皆が心配じゃないのか」


「なぁ、お前、まだ気づかないの?」


「なにを……だよ。まさか……」


「ポーカー仲間ほど信頼できない関係はねぇだろ」


「お前もしかして……うっ……」

 口の中に鉄の味が広がった。これは、毒か……水筒の酒に仕組みやがったな。やっぱり、コウライは、俺たちを裏切って……


「な、ん……で……」

 息も絶え絶えになりながら、恨みの視線を賭博仲間に送る。


「坊ちゃんを……俺たちの恩人であるグレア様を苦しめた情報局は、全員、俺の復讐対象なんだよ。悪く思うな、公爵家に通じていた裏切り者さん?」

 コウライは、倒れ込む俺の目の前に、手紙のようなものを投げつけてきた。


 その筆跡は、俺の癖に似せて書かれていた。マルスと共に公爵家に内通していたことを自白する内容と、追及が迫っていることに焦りをおぼえて自殺するという内容を読み絶望に襲われる。違う、本当の裏切り者はコウライだ。俺じゃない。こいつを局内で生かしておいたら危険だ。内部から切り崩される。だが、伝えるべき仲間たちは……たぶん、さっきの爆発に巻き込まれて……


「公爵様が、王都を脱出する際に、軍隊に邪魔されるのが一番怖いからな。さすがに数の暴力にかかれば、俺たちは少数派。だが、軍隊は、倉庫の爆発の対応に四苦八苦して、使えなくなるだろ。はたして、少数の情報局員たちで、公爵様を止められるかな? 監視員は、全員排除された。これで不審な動きをしても、当局が気づくのはかなり後のことになるだろう」

 毒の効果で、舌を動かすこともできない俺は、自分でも意味のわからない言葉を吐きながら、意識を失っていく。


「グレア様にわびながら、死んでいけ。この外道たちがっ……」

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