第42話 王女への復讐(※ダンジョン編のみ)

―ノランディ地方(王女視点)―


 まったくどうしてこんなに遅いのよ。いつもなら離宮に到着して、ゆっくりできている時間じゃない。このままじゃ、日がくれちゃう。せっかくのバカンスなのにぃ。


「ねぇ、もっと馬車のスピードを出してよ。そうしないと、到着がもっと遅れちゃうわ。あんたたち、天下の近衛騎士団員でしょ。ちゃんと仕事しなさいよ」

 凶悪なモンスターや魔獣の大量発生のせいで、いつものルートが使えない。迂回うかいしなくてはいけない。だから、遅れてしまう。どうして、王女である私が、魔物に道をゆずらないといけないのよ。まったく、この地方の軍隊はちゃんと仕事していたの? 司令官を交代するように、お父様とお兄様に申し入れないと……


 そもそも、近衛騎士団員は最低でもC級上位クラスの冒険者と同等の力がないと入ることができない。そうよ、それだけ強いなら、護衛の近衛騎士団で魔物を倒しちゃった方がよかったのよ。失敗したわ。


「これも、ローザ様のご安全を確保するためですから……ご理解ください」


「ふんっ」

 護衛の騎士がなだめようとしてくる。いつまで子ども扱いするのよ。まぁ、いいわ。こいつは騎士団きってのイケメンだから、そばにおいてあげている。目の保養イケメン鑑賞でもして、心を落ち着かせるしかないわね。そう思った瞬間だった。私の運命は、一瞬で変わってしまった。


 馬車全体に衝撃波が響き渡る。何者かによる攻撃だ、と護衛の人たちは騒然そうぜんとなった。


 攻撃? 私は王女よ。王族が乗っている馬車に攻撃なんて、死罪どころか一家郎党皆殺しになるほどの罪。そんな愚か者いるの??


「ローザ様、どうか離れないでください」

 イケメンは、力強く言葉をかけてくれる。そうよ、大丈夫。だって、近衛騎士団よ。襲撃者に負けるわけがないわ。


『おい、土人形とグリーンスライムだ』

『なんだって、どっちもA級クラスの怪物じゃねぇか』

『どうして、こんなところに……うわあぁぁっぁぁあああああ』

『やめろ、来るな。ぎゃあああぁぁぁっぁああああああ』


 護衛の兵士たちは10人はいたはず。少しずつ絶叫が増えていく。馬車の中で、私は恐怖に震えていた。あと、何人残っているの……本当に私は助かるの?


「おい、負傷者はおいていく、王女殿下の安全が第一だ。早く馬車を出せっ」

 護衛責任者のイケメン騎士は、すぐに移動しようと、荷台から身体を乗り出して、伝手に指示を出す。でも、それは決定的に遅かった。


 その声を聞いてすぐに、巨大な爆発音とともに、馬車は横転し、私は身体を外に投げ出された。着ていたドレスが泥にまみれる。全身がうちつけられたせいで、ズキズキと痛い。「だれか、私はこの国の王女よ。早く助けなさい」と痛みに耐えて、大声を発する。


 その言葉を聞いてくれたんだろう。さっきの騎士が私の元にすぐに駆けつけてくれた。すでに兵士のほとんどは負傷したか死亡したかで地面に倒れていた。


「早く逃げるのよ」

 護衛の騎士に必死にそう伝えるが、彼は一歩も動かなかった。なによ、どうしたのよ。私を守るのがあんたたちの仕事でしょ。恨み節をこめて、私は視線をイケメンの顔に向ける。


「えっ」

 だが、彼の凛々りりしい顔はもうどこにもなかった。大きな緑のスライムが、私たちの近くに来ていて、騎士の身体はスライムに包まれて、消滅していた。上半身を失った騎士の脚は、力なく私の眼前に倒れていく。


「いやああああぁぁっぁぁああああああああああ」

 悪夢のような場面を見たことで、悲鳴を止めることはできなかった。恐怖と絶望、そして、最悪の状況を目撃したことで、胃の中のすべてを吐き出してしまう。やだ、死にたくない。


 誰か助けて。


「どうだ、理不尽に命を奪われそうになっている時の気持ちは……苦しいだろう、怖いだろう、悲しいだろう?」

 人間の男の声が聞こえた。ハッとして声の方向を見ると、ここにいるはずのない男が冷たい表情でこちらを見ていた。


「グレア、ミザイル? どうして、あなたは死んだはずなのにぃ」

 私の言葉を聞いて、グレアは怒りを込めて言葉を返す。


「その言葉を聞いて、安心したよ。王太子だけじゃなくて、王族全員が腐っているってわかったからな」

 私の知るグレアは、いつもニコニコしている弱い男だった。お兄様のような王の器もない覇気のない男が……冷たい復讐鬼のような笑みを浮かべている。


「こんなことをして、ただで済むと思っているの? あんたたちは皆殺しよ」


「おいおい、バカなことを言うなよ。俺は死んだはずなんだろ? どうして、死人が裁かれるんだ」


「えっ……」


「お前には、尊敬するお兄様が俺に対してやったことをそのまま返してやるよ。お前たちは、自分に都合が悪いやつらを死の迷宮ラビリンスに追放して、死ぬのを喜んで待っていたんだよなァ。じゃあ、俺がお前たちと同じようなことをしても文句言えないよな?」


「何を言っているの。あんたまさか……」

 私の左腕を、グレアは強く握った。抵抗しようとしても、女の力ではどうしようもなかった。


「ようこそ、死の迷宮ラビリンスへ」

 グレアは、天に向かって魔石の様なものを掲げた。私の視界は、一瞬にして暗闇へと落とされていく。

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