第43話 王女への復讐②(※ダンジョン編のみ)

―死の迷宮・聖域(グレア視点)―


 転移結晶を使ったことで、ローザは気を失った。衝撃的な状態と、今までずっと安全地帯にいたことで、いきなり戦闘に巻き込まれるなんて夢にも思っていなかったんだろう。無責任な王女が戦場のど真ん中に叩き落されてショックを受けるなというのが無理がある。


 だが、俺が味わった絶望は、それよりも深いものだ。信じていたはずの婚約者に裏切られて、間男から理不尽にも死刑宣告されたようなものだ。暴力と権力を使ってな。


 この女が現実から逃げようと、意識を失ったことも気に食わない。もし、俺がここに落とされた時、同じことをすればどうなったか。スーラによって身体ごと溶かされて、骨すら残らなかったはずだ。


 聖域に落ちていた食器を使って、池から水をくむ。そして、水を整った顔面に叩きつけた。


「きゃぁ」と思わず驚く王女は、ビックリしたように飛び起きる。あたりを見渡すそぶりを見せた後、自分の置かれた状況を理解したようだ。夢ではないかと何度も周囲を見るために頭を振る仕草が滑稽こっけい


「お目覚めかな、ローザ王女?」


「こんな屈辱。あんた汚い水を私にかけたわね。王女である私にぃ」

 怒るところがそれか。思わずあきれてしまう。


「汚い水? あの池の水が、お前の命を救うことになるんだぞ」


「何を言っているの。私があんな汚い水、飲むわけないでしょ。わかっているの? あなたは王族を誘拐したのよ。これがどんなに大きい罪か理解できているのかしら。死罪じゃすまないわよ」

 めんどくさいことばかり言う。俺は弓矢の先端を王女の右肩に近づけた。さすがにスーラの毒は仕込んでいない。この女は、王太子の最愛の妹だ。まだ、利用価値はある。


「いや、やめてぇ」と青い顔で震える王女に対して、俺はかする程度に突き刺した。


「いやああああぁぁっぁぁああああああああああ」

 聖域に、今まで他人に害されたこともない女は大げさに絶叫する。情報局に落とし穴に誘導された時は、もっと深く槍を背中に突き刺されていたんだけどな。


「今の状況がわかるか。私は、あなたの最愛のお兄様にもっと痛めつけられたんですよ。あなたに代わりに復讐してもいいんだけど?」


「いや、いやっ。死の迷宮なら、王国の守護竜がここにいるはずよ。そいつに頼めば、あんたたちなんて……それにお兄様が黙っちゃいないわ。絶対にここを突き止めて助けに来てくれるはず。そうなれば、あなたは終わり」

 残念ながら、守護竜は俺たちが討伐した。それに、さっきの場所からここまではかなり物理的に離れている。この聖域にかけられている結界もあるので、俺たちの許可がなければ、誰もここに入ることはできないんだがな。だが、自殺されても困るから、少しは希望を残しておいてやろう。それ以上に絶望を与えてやるけどな。


「そうだといいな。一応、教えてやる。ここは、俺の力で結界を作っている。だから、ダンジョンにいる魔物はここに入ってくることはできない。つまり、安全だ。外に出なければな……」


「外に出たら、どうなるの……」


「あそこにいる騎士団の生き残りがすぐに教えてくれるさ。あいつはこの部屋への入場を許可していない」

 グレアが指さす方向を見ると、足を負傷した騎士団員の生き残りが、必死にこちらに向かって、手を縦に動かしていた。何もないはずなのに、彼はこの部屋に入ることはできない。


「なにをやっているのよ。早く助けなさいっ!!」と王女は絶叫するが、彼は首を横に振って、後方を気にするそぶりを見せた後、透明な壁に身体を叩きつけられていた。何もないはずの空間が血に染まる。後方から青いオークが棍棒こんぼうを持って登場した。


 精強なはずの兵士は、なすすべもなくオークに蹂躙じゅうりんされていく。王女は、その様子を嘔吐おうとしながら見つめていた。


 オークはこの部屋に入ろうと、悪戦苦闘したが、ついにあきらめて姿を消していった。騎士団員の亡骸なきがらを掲げて……


「わかったか。この部屋から出たら、あの兵士と同じ運命になるからな」


 真っ白な顔で、王女は必死に頷いた。


「この聖域には、水とイモがある。太陽の魔石が日光の代わりになっているからイモが育つんだ。俺たちは、もうすぐ地上に戻る。お前はここでしばらくイモでも食べていろ」


「ひぃ、嫌だ。ひとりにしないでっ!!」


「大丈夫だ、王国の守護竜かお兄様が助けてくれるだろう。お前が言ったことじゃないか」


「やだ、やだ。ひとりは嫌だ」

 さっきまでの強気な口調は消えてしまい、まるで赤子のように駄々だだをこねていた。


「俺は、お前たち王族のせいで、ここに一人ぼっちで落とされたんだぞ」


「うっ……」


「ちなみに、この聖域の結界は、時間経過で消える。俺たちがここに帰ってくるまで残るかどうかは運次第だ。太陽の魔石を使い過ぎたら、効果が早くなくなるだろう」

 ここであえて嘘をついた。太陽石と聖域は何の関係もない。結界も半永久的に効果が持続するはずだ。だが、それを教えてやる義理もない。


「えっ」


「だが、太陽石を使わないと、イモが枯れて、最終的に餓死がしすることになる。うまくやるんだな」


「待って、待ちなさい。わかったわ。あなたが無罪になるように、お兄様にお願いしてあげる。だから、私を地上に戻しなさいっ」


「おい、まだ王女のつもりなのか。あわれだな。そもそも、俺はもとから無罪だ。お前たちに許される必要はないだろ」


「お金も……」


「はぁ。そんなもので、心を動かされるなら、こんな回りくどいことはしないよ。そもそも、このダンジョンで見つけた宝を売りさばけば、お前が用意できる以上の金は手に入るんだが」


「じゃあ、どうすればいいのよっ」


「どうすればいいか、一人で考えろ。運が良ければ、また会おう」


「いやああああぁぁっぁぁああああああああああ」

 甲高い絶叫を背中に聞きながら、俺は地上に向けて転移した。

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